残山剰水
困ったわね。
外でクレアと待機していたのにいつの間にか中に入っていたみたい。
「……って、そんな訳ないわよね。」
いきなりの移動。
前にもこんな事があった。
「ジェニトーレアフリカ支部。そこであったし会ったなアックアーリョ・アリスレット。」
「……あら、誰かと思えばアフリカ支部にいたマジシャンじゃない。」
「マジシャン何て物と同等にするな。あんな物は俺の力の一端に過ぎないのだからな。」
「へー。つまり貴方のアートは『人を移動させる』だけ、じゃないのね?」
「勿論だ。」
となってくると、少し面倒ね。
私のアートは相手にばれている。
その上『ネヴェ・グラヌローザ』と『テンポラーレ』を以前の戦いで使ってしまった。
……まあ今から使う意味がないと言う訳ではないし、この二つだけが私の持ち技という訳でもない。
だったら―――
「負ける筈がない、か。それは間違っているなアリスレット。」
「……!」
「心を読んだ、その通り。伊瀬部雨には敵わないが、俺も表層を読むくらいの事は出来る。」
……本当の事みたいね。
確かに読まれた。
人を移動させる力、心を読む力。
人が持てるアートは一つしかない。
今までに複数の力を持つアート使いは例に無い。
こんな所でいきなり例外にぶつかるなんて、日本のアニメや漫画じゃあるまいし有り得ない。
そこから考えられるのは、一つの力がその二つの力を有する物だという事かしらね。
「その通りだな。心を読む事も一端に過ぎない。」
「でしょうね。」
「しかし真相は分からないだろう。ならば教えてやる。我が名はイニーツィオ・テッラ。」
……始まりの大地。
「そうだ。そして俺のアートは『テッラ』。水程度のアリスレットでは決して敵う事のない力だ。」
「……貴方、中々面白い事言うわね。『アクア』。」
言いながら、私はナイフを使って自分の両手首に傷をつけ、軽く出血させる。
そこにベルトから引き抜いた500mlペットボトルの中の水を掛ける。
水は一滴も滴り落ちる事なく、手首に纏わり付き、さながらブレスレットの様にその形を変えた。
そして倍に増量。
両手に500mlずつ纏わせる。
「ああ、そういえば。」
イニーツィオが何かを言いかけているが気にはしない。
ブレスレットから小さな水の槍を3本生成し、イニーツィオに投げつけ―――
「アリスレットは俺がアフリカでアリスレット相手にアートを使っていない、そう思っていた様だが、それは間違っている。」
「……あ。」
下腹部に違和感。
これは、前にも経験した事があるわね。
じわじわと熱さが広がり、顔から血の気が引いていく。
本当に、嫌な感覚だわ。
「俺のアートはオンオフを操作出来ない。何故なら、それが世界にとって必要な事だからだ。」
「あらそう……。そんな説明はもういいから、さっさと私から離れろ!」
腹部に刺さった、多分木を水の刃で切り裂き、勢いそのま後ろにいるイニーツィオに向けて改めて水槍を投げ付ける。
「まあ、俺もアリスレットになど近付きたいとは思っていない。離れろと言われれば直ぐに離れる。」
「……。」
また移動した。
……腹部には貫通したまま木が刺さっている。
見える範囲は目で確認し、体内はアートを使って探る。
取り敢えず出血はしていないわね。
幸いって言うのも変だけど、刺さっている木は細い。
木というよりは枝ね。
そのお陰というのもやっぱり変だけど、傷はそこまで酷くない。
体内を通り貫通しているのに内臓を全く傷付けていないのは、意識してかしら?
「その通りだが、それくらい口に出して尋ねたらどうだ?」
「お断りよ。貴方みたいな人間と話したくなんてないもの。」
これは取り敢えずそのままでいいかな。
抜いて出血するのは嫌だし。
飛び出ている部分だけ切り落としておこう。
「腹に木が貫通しているのに随分と余裕だな。……ああ。痛覚が衰退しているのか。」
「勝手に読まないでくれるかしら。」
「ふむ。一見有効な能力だ。事戦いの最中には、痛みによる一瞬の動揺で勝負が決まる事もあるからな。だが、痛みに鈍感なのは限界が分からない事も意味する。意識は耐えていても、体は耐え切れない。」
ぐだぐだぐだぐだぐだぐだぐだぐだ煩いったらありゃしないわね。
敵に高説垂れられるくらい苛々する事はない。
「そうだろうな。逆の立場なら、辟易して相手をさっさと殺してしまう。」
「そうね。なら私もそれに倣う事にさせてもらおうかしら。『ネヴェ・グラヌローザ』。」
左手の水、500mlを全て水蒸気に変えて周りに散布する。
ただの水蒸気じゃない。
一粒一粒が刃を呈した水蒸気。
触れれば切れる。
筈なんだけど……。
「一度見たが、やはり美しい物だな『ネヴェ・グラヌローザ』。刃の水蒸気が光を纏い乱反射し、虹を形成する。相手を血染めにする技とは思えない。」
「そんな美しい物に殺されるなんて、素敵だと思わないかしら?」
「素敵、確かにそうかもしれない。自然の恩恵を受け、その結果が死だと言うなら、それは最も『素敵』だろう。だが、駄目だ。その程度の技では死ねない。」
イニーツィオの言う通りね。
『ネヴェ・グラヌローザ』じゃ殺せない。
確かにイニーツィオは傷を負ってはいるけれど、霞の真っ只中にいる割りにはその傷が少な過ぎる。
多分、防ごうと思えば全てを防げるんでしょうね。
「その通り。アリスレットを嘗めていると考えてもらっていい。」
「……みたいね。それくらい心が読めない私にだって分かるわよ。『テンポラーレ』。」
右手の水を使って水の竜巻を幾つも形成して嵐を巻き起こす。
そこに『ネヴェ・グラヌローザ』を取り込み鋭く大きな刃に変える。
「アフリカではただ竜巻をぶつけただけだったけれど、どうかしらね。次は無事で済むかしら。」
「さあな。ぶつけてみればいいだろう。」
「その通りね。」
「!」
もうぶつけさせてもらったけど。
前のアフリカでも、そして今も、わざわざ竜巻を作ってみせた。
それは手元でなければ水を用いて何かをするという事が出来ないと思わせるため。
実際は違うのに、馬鹿ね。
心が読めるのに気付かないなんて本当に馬鹿。
私のアートが及んでいる水は全て操れるのに。
「……それは分かっていた。だが、まさか離れた所にいきなりこんな物を起こせる事までは分からなかったな。いや感心したよ。」
「私は刃の竜巻を受けながらぴんぴんしてる貴方に感心するわね。」
……一体何がどうなってるのよ。
水蒸気を防ぐならまだしも、あの竜巻の直撃をくらってまるで怪我をしないなんて。
「だから最初に言っただろう。たかが水程度のアリスレットでは俺に敵わない。」
「一々そういう言い方されるとホントむかつくわね。」
でも事実ね。
二つの大技を使っても殺せず、剰えどうやってそれを防がれたのかすら分からない。
お手上げよ全く。
この二つが通用しないとなると……いえ、あれは駄目ね。
此処がジェニトーレ本部の中だとしたら、近くにボスやクレアがいるかもしれない。
だから『ヴェストリーチェ』は使えない。
「……『ヴェストリーチェ』?何処の言葉だそれは?」
「あら、分からないの大地のくせに?」
「全てを知るなんて事は出来ない。全てを知っている人間は知った気になっているだけの愚者だな。」
「そうね。まあ、そんな事を言われても教える気はないけど。」
……仕方ないわね。
取り敢えずイニーツィオを牽制しながら此処から出て誰かと合流。
作戦を練ってあいつを殺すしかない。
「そう思い通りにいく訳が、失礼。俺だ。……何だ、もう頃合いか。分かった。」
全く以て苛々する。
敵と対峙しているのに誰かと通信だなんて。
でも、おかげでこっちも準備を―――
「ふむ。残念なお知らせだ。病が死んだ。」
「……は?」
思わず出てしまった間抜けな声。
それに釣られて、手に纏っていた水は床にぶちまけられ、水浸しにした。
そんな事はどうでもいい。
「今、何て言ったの……。」
震える声で、これまた間抜け。
何でこんな在り来たりな事しか言えないの。
「病、つまりはマラッティーア・ウォーモだな。死んだ。呆気なくな。」
音が聞こえた。
かちかち、かちかち、かちかち、かちかち。
煩く響くそれが、私が発している音だと気が付くにはそんなに時間が掛からなかった。
全身が震え、脱力し、水浸しの床にへたり込む。
死んだ?
ボスが?
声にしようとしてみても、相変わらずかちかちと鳴る歯があっては出来なかった。
「……そこまでマラッティーア・ウォーモに依存していたとは少々驚いた。罪悪感すら覚えるくらいに。」
死んだ、ボスが。
「だが事実なので仕方がない。さて、では俺は帰ると―――」
「ああああああああ!」
「っと。思いの外余力を残していた様だな。」
「殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す!」
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!
絶対に殺す!
こいつも、ボスを殺した奴も、全員、殺す!
「……醜い感情だが、それだけに人間臭くて綺麗だ。」
手にした水の剣での斬撃も、水槍の投擲も、銃弾の様に撃ち込む水も、全て躱される。
それでも―――
「殺す!」
「無理だ。」
「あぐ……?」
……え?
何?
いきなり世界が沈んだ。
床が私に迫り、体を強く打つ。
……違う。
世界が沈んだんじゃなくて、私が沈んだ。
床が迫ったんじゃなくて、私が迫った。
「悪いが脚を斬った。どうという事はないだろうアリスレットにとっては。出来るだけ綺麗に斬ってやったから自力で繋げ。」
「っ……。殺す……!」
脚が斬られたから何なの?
こいつを殺す事に変わりはない。
「あまり動くな。」
「ぐ!?ああああ!?」
両腕に木の杭が刺さり、床に私を張り付けた。
動かせない……!
「動けば出血が激しくなる。頭に血が昇った今の状態では止血も儘ならんだろう。腕に突き刺した後、木から棘を複数生み出した。いくら鈍感な痛覚でもそれなら痛みを感じるだろう。だからおとなしくしていろ。」
「く……!殺す!」
「ついでにその煩い口をどうにかしてやりたいが、喉を潰すのはさすがに止めておいてやる。さて……。」
「逃がさない……!絶対に―――」
「だから喚くなと言っているだろう。いい事を教えてやる。」
「やめ……近付かないで!」
近付くその顔を殴ってやりたい。
でも、私の手は動かない、動かせない。
「マラッティーア・ウォーモを殺したのはコード剣だ。」
「……爽?」
ボスは殺された。
殺したのは、爽?
「いい事だっただろう?さて、伝える事は伝えたし俺は帰る。」
「……。」
頭が回らない。
爽がボスを殺したって何?
「ではもう会うこともないだろう。最高の殺人者によろしく。」
訳が分からないまま、イニーツィオは消えた。
それは私が、完膚なきまでに負けた事を意味していた。




