表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アートバンビーノ  作者: 凩夏明野
第三章-疑心-
31/68

朝真暮偽

「あんたさっき言ったな。俺と話がしたいって。その本意を教えてもらおう。」


「本意か。私はね爽君、この世の全てを知っている。」


「この世の全てだ?」


少し前に似たような事を言いはした。

聞く形でだが。

相手は否定し、自分の知り得る事しか知らないと言った。

だが目の前の女は全てを知るという。


「は。ははははは。んなもん知り得る奴がいるとすりゃ神さんだけだ。あんた、教祖なんてもんになってるからって勘違いすんなよ。」


「勘違いではないよ爽君。君の母親が殺人許可法なんて馬鹿げた物の犠牲者だという事も知っている。」


「……口に気を付けろよ。俺はあんたを殺せと命令されてるんだ。」


「そうだね。そしてそんな君も、殺人許可法の犠牲者だ。母親に起きたそれを調べるためにバンビーノに入り、やりたくない事をしている。」


「てめえ……!」


こいつは……ずけずけと人の心情を……!


「殺人許可法……やれやれ、どうして人類はそんな道を取ってしまったのかな。戦争が無くなり、疫病や感染症は撲滅され、食料問題は解決された。世界は平和になった。それなのに、人を殺す事を是としてしまった。」


そう言いながら、鞘風は涙を流す。


「……。」


何故泣いているんだ。

こいつは、自分でした事を悔いて泣いているんじゃない。

他人の事を思い泣いている。

いや、他人じゃないか。

大袈裟に言って人類のためだ。


「……すまない。見苦しい所を。それに、君に対する無礼も謝る。私はどうも心に思った事をそのまま口にする癖があってね。」


「素直とでも言いてえのか。」


「そう捉えてくれるならありがたいよ。君は、私が一体何のために宗教なんてやっているか知っているのかな?」


「いや。教えられていないし調べてもいない。」


……あれ?

そういや雨もそれについては何も言わなかったな。

どんな情報でも噂でもいいから教えてくれって俺は言わなかったっけ?

正直な所、どうでもいい事だと思って俺は調べようともしなかった。

鞘風を何故殺すのかも。


「知らないだろうね。バンビーノは君にそれを教えたくない筈だから。」


「どういう意味だ?」


「君は良い素質を持っている。殺しのね。確かな力量を有し、殺人をする上で有効なアートを宿している。君は一人で何千もの人を殺せるんだ。」


「そんな事は聞いていない!」


俺が何千人も殺すなんて比喩でも言われたくはない。

そんな胸糞悪い事は聞きたくない。


「すまない。また口が過ぎた。だが、それが関係するんだよ。彼等は君を、完全な殺人者にさせたがっている。爽君を殺人者として完成させ、象徴にしたいんだよ。」


「象徴だ?笑わせる。俺は教科書じゃねえんだ。んなもん頼まれたってなるか。」


「なるならない何て君には選択出来はしない。大人になれば分かるよ。大人にはなりたい、なりたくないを抜きにして何時かなってしまう。それはね、世の理屈に屈する事に同義だ。これは駄目、あれも駄目。時に察し、時に体感し、時に諭される。そうして人は夢を、希望を持つ事を諦める。その果てに出来上がるのが大人さ。君も何時かそうやって大人になる。」


「それで諦めて殺人者になるってか?笑えるぜその理論。」


「笑える事ではないがね。私は、君にそんな道を歩んでほしくないんだ。」


まただ。

こいつは見ず知らずの俺を思って話をしている。

それはとても心地好く感じる。


「中々の話術だ。そうやって信者を増やしてんだな。」


「ふふ。辛辣だね。私はそんな事はしないよ。此処に集まってくれている人達は単純に、私の考えに同調しているだけさ。一人でも多く、間違いに気付かせたい。ただそれだけなんだ。」


「他人のために、ね。聖人君子みてえだ。」


「話が逸れたね。バンビーノが君に情報を与えなかった理由はそれさ。私が殺人許可法に意を反する活動をしているから、バンビーノは必要以上に言わなかった。君が揺らぐ事を防ぎたかったんだ。」


危ない芽は摘んでおきたいって訳か。


「ふん。俺も甘く見られたもんだ。俺はな、やる事があるからバンビーノに入ったんだ。それを果たすまでは波風立てず奴らの信用を得る。それだけだ。」


「そのために君は多くの人を殺すんだね。多くの犠牲の元に、君は君がやりたい事を完遂する。何とも自分勝手で愚かしい。……と私に言われても、君は揺らがずにいられるのかな?反論は出来るかい?」


「それは……そんな事は……!」


「分かってはいるだろうね。君は殺人を是としている訳ではない。あくまでも目的のためだと自分に言い聞かせ、無理矢理納得させている。見て見ぬ振りをしているんだ。」


そんな事は分かっている。

だがそれを指摘する奴は周りにはいない。

そういう環境だからだ。

殺しを良しとする連中しかいない環境。

……俺はそれに甘えてたんじゃねえのか?

誰も言わないから、それを意識していながら主義に反する事をしていただけなのか?

犠牲の上に俺一人が立つ事はどう考えてもおかしい。

犠牲の上に成り立つべきは大衆にも益になる事でなければならない。

そうでなきゃそもそも犠牲なんて生んではいけない。

俺のする事は全てに逆行している。

……俺は、何をしているんだ。


「思い詰めた顔をしないでくれ爽君。私は君を追い詰めたい訳じゃない。」


「……は、はは。何が揺らがねえだ。何が甘く見られたもんだ。俺は……。」


「人間なんてそんな物だよ。精神的に破壊するなんてそう難しい事じゃない。精神攻撃に耐えるなんて、完全に心を無くさなきゃ無理な相談だ。」


そうだとしても脆い、過ぎる程に。

自分の精神が此処まで脆弱だなんて、思ってもいなかった。

そう考えると、俺は言う程殺しが嫌いじゃないのではないか?

人を殺したとして、俺は此処までのショックを受けはしなかった。

殺人を犯した事に、本当は罪悪感なんてこれっぽっちも感じていないんじゃないか。

形だけしか、思っていないんじゃないか。

そうでなければ、俺はとっくの昔に死んでいる。


「人間がどれだけ知識を得て理性を研ぎ澄ませた所で、本能を消し去る事は出来ない。人間が闘争本能を持つ事は仕方ない。私にも理解出来る簡単な話だ。どれだけ進化しようと、同族と争うのは避けられない。ただその方法が変わるだけ。しかし、それを剥き出しにして最後の方法である殺人を容認する事は理解出来ない。殺しは同族嫌悪の成れの果て。それを認めてしまっては、我々人類が他のどの生物よりも劣っているという事に同義なんだよ。」


「分かってる!そんな事言われなくても知ってんだよ!だが仕方ない事じゃねえか!一昔前なら、ガキにだってそんな道理は理解出来た。むやみに殺生してはいけない。まして人殺しなんて。だがな、今は違う。時代がそうさせてんだよ!」


「時代を築けるのは人間だ。この愚かな世界を作れるのも人間だ。君の言っているそれは、かなり無責任だと私は思うよ。尤も、疑問にすら思わない大勢の愚物よりはマシだがね。」


「く……!」


何を言っても反論され、それに反論する事が出来ない。

こいつ、案外政治家に向いてんじゃねえかな。


「それでも、殺人許可法を疑問視する人はいる。それも施行された頃、流されるままに否定していた人々ではなく、本心から非難する人がね。」


「それは、いるだろうな。」


全てが狂った世の中だとしても、それに飲まれず自己を貫ける人間は必ずいる。


「しかし、人間一人の力はその他大勢に簡単に押し潰されてしまうものだ。だから私は宗教を立ち上げた。個を纏め力とするためにね。だからこそバンビーノは私を危険視して殺人者を差し向けてくるんだけどね。」


「そうだろうな。どう考えたってあんたは脅威だ。バンビーノにとって、そして俺にとっても。」


ロッカーから『凪』を取り出し、鞘風に切っ先を向ける。


「あんたの考え方は俺にも理解出来る。人殺しを許可するなんて、馬鹿のする事だからな。だが俺には目的がある。それを達成するためにはバンビーノが潰れちゃ困るんだ。だから俺はあんたを殺す。」


目的のために犠牲を生もうとも。

犠牲になる奴は、殺したって何の問題もないようなクズばかりだから。

そう言い聞かせ、俺は鞘風を殺す。

こいつは、クズでも何でもなく、寧ろ俺の方がクズだが、それでもだ。

結局人は、自分の事しか考えられねえ愚かな生き物なんだよ。

この地球上で、最も駆逐されるべき生き物なんだ。


「そうか。なら最後にためになる情報を一つ教えてあげよう。これだけは消さないでとっておく。」


「とっておく?何を―――」


「君の母親を殺させたのは、君をバンビーノに入れるため。そしてその依頼者は―――」


何だ……?

頭がぼーっとする。

酷く眠い……。


「『忘却曲線』。また会えるといいね爽君。」


そして意識は乖離した。

久々の更新になります。

最近忙しく全く更新出来ず、待ってくださっていた方がいたら本当に申し訳ない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ