披露
「か。覚悟しろだぁ?馬鹿かてめえ。知ってんだぜ糞ガキ。マラッティーア・ウォーモ。」
「うん。間抜けの割には物覚えが良いね。」
「ちっ。てめえのアートも知ってる。それにサエッタとか言う凄え奴がボディーガードにいるってのもな。だが何だかかか。今そいついねえじゃん。つまりてめえ殺すくらい余裕なんだよ。」
彼はそう言うと首に刺さった爪を抜いた。
「まああれだよ。所詮君と僕じゃ格が違う。サエッタがいようといまいと何の関係も無い。君を倒すのは爪を切るくらい簡単な事なんだ。」
「ち。ムカつく奴しかいねえのかよバンビーノにはよぉ。勧誘してきた野郎もかなりムカつく奴だったぞコラ。」
「そうかい。さ、話はこれくらいでいいんじゃないかな毒使いさん。」
相手はナイフ。
ならこっちは……これかな。
「え……?まー君も『ロッカー』持ってるの?」
「ん?まあね。」
ロッカーから『白鳥』を取り出す。
ただ美しいだけの日本刀。
切れ味普通、強度普通、見た目最上級。
見た目だけに完璧を求めそれ以外は全てを無視した刀。
「雨君にも知らない事があったとはね。少し驚いた。」
「あたしは別に全知全能じゃないよ。」
「おいてめえら何勝手にべらべらくっちゃべってんだよ。」
「ああ失敬。では戦おう。」
手にした『白鳥』を軽く振るってみる。
……まあ大丈夫かな。
「いくぜぇ!」
「……。」
わざわざ掛け声を出してくるなんて。
別に試合じゃないんだから勝手に襲ってくればいい物を。
主母のナイフ捌きはそこそこ。
上手い訳でもなく下手な訳でもない。
避けるのは非常に簡単だけど。
「か。逃げるのは上手えみたいだなてめえ。まそうでなきゃ詰まんねえからいいんだけどよ。」
「……君は今まで随分楽な殺しをしてきたんだね。」
「あ?そりゃどういう意味だ?」
主母がナイフを振り回すのを止めて質問してきた。
「それだよ正に。僕と君は今殺し合いをしているんだ。話すだけならいざ知らず、手を止めるのは感心出来ないね。今までそれがまかり通って、君が生きているという事は、楽な殺し合いしかしていないのを意味してるんだよ。」
「か。とか言ってるてめえだってべらべら話してんじゃねえかカス。」
「ふ。圧倒的に差がある相手を真似て馬鹿にする事の何が悪いんだい?」
「ムカつく野郎だなてめえはよぉぉぉ!」
馬鹿に刃物とはよく言った物だ。
振り回して危ない。
……そろそろ時間かな。
「はい。」
「ぐ!?」
振り下ろされるのに合わせてナイフを『白鳥』で打つ。
主母は無様にもナイフを取り落とし、馬鹿は刃物を失った。
「終わりかな主母君。」
「……マジムカつくガキだなてめえ。『毒使い』。」
「おや。まだ出来るみたいだね。」
主母の両手が紫色に染まっていく。
成る程『毒手』という訳か。
「しかし大丈夫なのかな?毒手は確かに強力ではあるけれど、使用者の体をかなり傷付けるだろ?」
「か。てめえもアート使えるなら分かってんだろうが。俺だって地獄を見てきたんだ。大丈夫じゃねえがやれるんだよ!」
「!」
ナイフを使っていた時とは動きが違う。
早い。
こちらは刀を使っているのに不用意に仕掛けられない。
「当たったら死んじまうぞ!」
「分かっているよそんな事は。」
おまけに攻撃しながら話してくるし。
どうやら拳法か何かを使えるらしい。
表情にもかなり余裕が出て来た。
まあそれはそれとして。
「やっぱり君は僕の敵じゃない。」
「ぐう!?あああああ!」
手刀の形になっていた右手への斬撃。
指を正確に捉え、主母の中指、人差し指、薬指は斜めに切断された。
「く……てめえ……!」
「刀を持っている相手に、毒を持っているからといって徒手空拳で挑むなんて。君ってやっぱり馬鹿なんじゃない?」
「喧しい……!」
左手で傷口を押さえているけど、いいのかな。
彼気付いてないよね。
「そーね。馬鹿だから気付いてないわね。」
「あ、やっぱり。」
「はあ……?てめえら何言ってやがる!何だか知らねえがもう許さねえ……。生皮剥いで筋繊維を一本ずつぶち切ってやる。」
「ふむ。それは困るから良いことを教えてあげるよ。君の左手も毒手だよ。」
「……あ。」
本当に気付いてなかったんだね。
傷口に毒を塗るなんて、唐辛子を塗るより洒落にならないよ。
「……なーんちゃって。馬鹿はてめえらだよボケが!俺には毒なんて効かねえんだよばーか!あっひゃっはっはっは……は……?」
「確かにただの毒は効かないだろうね。でも、その傷を作ったのは僕の『白鳥』。君が毒を使うのに、僕は何も使わないとでも思ったのかい?」
「てめえ……う!?足が……。」
「やっと効きはじめたんだね。やれやれ、やはりもう少し改良しないと使い物にならないかな。」
彼の足は、いや足だけでなく全身は今麻痺しかけている。
運動神経を破壊したんだ、こうなるのは当然の話さ。
「『Amyotrophic Lateral Sclerosis』所謂筋萎縮性側索硬化症ってやつさ。簡単に説明するとこの病気は運動神経をずたずたに破壊する。そして全身が麻痺し、食事や話す事が出来なくなる。悪ければ呼吸が不可能になる。」
「……な、ぽ。」
「どうやら話せなくなる段階まで行った様だね可哀相に。そんなんじゃ止血も出来ないだろ?あ、ちなみに君にALSを仕込んだのはさっき斬った時じゃないよ。」
すっと人差し指を上げて主母に見せてやる。
深爪になった人差し指が主母には見えたはずだ。
「あらかじめ爪に仕込んでおいてね。それを君の首筋に突き立ててあげた訳さ。これはまだまだ未完成で、効きはじめるまでに時間が掛かる。……ふ、だから始まる前に刺しておいてあげたんだ。」
「―――、―――!」
最早声を出す事は不可能らしい。
全身麻痺に加えて体中を毒が駆け巡る激痛に襲われているからか、主母は涙をボロボロ流して顔を苦痛の色に染めている。
「ちなみにさっき『白鳥』に仕込んだ病気は僕が独自に生み出した物でね。これも簡単に説明してあげるよ。栄養など摂取した物を過剰に吸収する病気なんだ。数値にすると大体10倍だね。少しの栄養でも生きられる様に作った物なんだけど、君みたいに毒に耐性がある人間にもとても有効みたいだね。君が耐えられる毒がどれくらいかは知らないけど、人を死に至らしめる程の毒を、10倍も吸収したらそれは耐えられないよね。」
「……あ。」
「おや、まだ話せたのか。それは中々意外……って。」
跪いている主母の背中を押してみる。
何の抵抗も示さないまま主母の体は倒れた。
その顔は―――
「あーもーストップ!ストップストップストーップ!」
「うわ。どうしたんだい雨君。」
「どうしたじゃないよ。そんな気持ち悪いモノローグいらない。」
「……あ。ああそうかごめんごめん。」
…………。
「無意識に残虐かー。ぴったりかもね。」
「え?今僕そんな事考えてた?」
「うんまあ、考えてたね。」
……言われた通り僕って残虐なのかも。
「……まあそれは置いといて、雨君を探していたのはこれを渡すためだったんだ。」
雨君にプリントを渡しながらそんな事を考える僕であったとさ。