病
「ごほ。いたっ。切りすぎた。」
パチンパチンと音がなる。
音を発しているのは爪切りで、それを使っているのはマラッティーア・ウォーモである。
しかし、それが切っているのは爪ではない。
「んー、これと言って目新しい物は無いな。」
「……相変わらず気持ち悪い趣味だな。」
「おやごほ。来てたんだね。別に趣味じゃないよ。」
薄暗い部屋の隅から声が一つ。
それは聞いた事があるようなないような。
「全く、感謝してほしいよね。爽君を引き入れるために悪者を演じたんだ。おかげで彼には嫌われてしまった。」
「演じたって、お前の素はあれだろ。無意識に残虐、それがお前の売りさマラッティーア。」
パチンと、相変わらず爪切りは音を発てる。
しかしマラッティーアの爪が短くなる事はない。
「人と話している時くらい爪切りを使うのは止めないか?痛々しくて見てられん。」
「別に痛くないよ。案外厚い物だからね。ご覧の通り血は出ない。」
「それはそうかもしれないが……う。やっぱりいつ見ても慣れない。」
「仕方ないだろ?食べなきゃストック出来ないんだ。」
そう言いながらマラッティーアは切ったそれを口に運び咀嚼する。
「やっぱり目新しい物はないね。」
又ぞろそう言うと、マラッティーアは爪切りを机の上に置いて立ち上がった。
「やっと止めてくれたか。」
「ああ。君も気付いているかもしれないけど、いい加減扉の外にいる僕のボディーガードさんが怒りそうだからね。」
「ふむ。別段敵対している訳でもないのに嫌われた物だな。」
「ふふ。君は気味が悪いからね。彼が警戒するのも当然だよ。」
「お前には言われたくないな。」
「それは失礼。」
言葉を交わしながらマラッティーアは扉に近付く。
そしてドアノブに手を掛けた所で思い出した様に相手に言う。
「ごほ。そう言えば君は爽君と知り合いなのかな?」
「……まあな。」
「そうかい。」
そう言って、マラッティーアは相手を置いて部屋を出た。
「カピターノ。」
「……君もいい加減呼び方を統一する方向に向かってくれないかな。」
部屋を出たマラッティーアを待っていたのはまた別の声だった。
若い、恐らくマラッティーアと大して変わらない年頃の男だろう。
「命令されれば何時だってあの胡散臭い奴を殺すぞ。」
「ああ無理無理。確かに君は強い。でもね、彼には敵わないよサエッタ。」
サエッタと呼ばれた男は苛立つ様に右手を壁に打ち付ける。
何度も何度も、中にいるであろう相手を威圧する様に。
「俺は奴が気に入らない。」
「まあまあ。彼は敵意を持っていないんだからそれで良いじゃないか。」
「良くない……と思う。何時手の平を返すか分かった物じゃないだろ。」
「……そうだねごほ。その時はその時さ。さ、そろそろ行こう。明日からまた忙しくなるからね。」
そしてマラッティーアは廊下を歩きだし、サエッタはその後ろに付く。
マラッティーアは悠々と、サエッタは背後から感じる不気味さから逃げる様に、建物を後にした。