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アートバンビーノ  作者: 凩夏明野
第一章-病-
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技術

さて、仕事を始めてから約一ヶ月。

次の対象は田中太一、26歳。

依頼者無し。

殺される理由も無し、ね。

なら何たってこいつを選んだんだ。

せめてまともな理由があれば罪悪感だって薄れるのに。

ま、それも自分勝手な言い訳ではあるが。

田中は普通の会社員で、平日の今日も出社している。

何故出社しているか分かるかと言えば、俺が今その会社を見張っているからだ。

会社の前には無人のビルが建っていて、その一室から双眼鏡で眺めている。

ピーピングトムにでもなったみてえで良い気はしないが、まあこれはこれで面白い。

観察し始めてかれこれ2時間程だが、特に目立った動きはない。

PCに向かっていたり、書類を提出したり、他の社員と会話したり。

過ぎるくらいに普通だ。

見張りという行為自体には面白みがあるが、こっちについては何の面白みもないな。


「……そろそろ昼か。飯でも買いに行くか。」


張り込みするんなら飯くらい持って来るべきだった。

次からは気を付けるとしよう。

という訳で急ぎコンビニまで行きパンと飲み物を買ってビルに戻った。


「……?」


戻ったんだが、何だろう。

何か……言いようのない違和感がある。


「……成る程分からん。まあいいか。」


さっきまで座っていた椅子に腰掛けてパンの袋を破る。

右手にパンを、左手に缶コーヒーを持って、見張る対象である会社の方を向いた瞬間、俺は右手からパンを、左手から缶コーヒーを床に落とした。


「は……?あれ?何で?何で……会社が無いんだ?」


無い、無い無い無い。

それこそ跡形もなく。

そこには元々何も無かったかの様に、建物は疎か土地すら無くなっている。

元々その会社の両脇に建っていたビルとコンビニが、その位置をずらしている事で土地を消している。


「えー……?あれ?白昼夢か?それとも場所を間違えたか?え?えええ?」


落ち着け落ち着け。

さっき俺はコンビニから戻る時にあの会社を見たか?

……いやそもそも会社に面した出入口から出てもなければ入ってもないじゃねえか!

だから落ち着け俺。

俺は落ち着いている。

そうだ深呼吸深呼吸。

吸ってー吐いてー。

吸ってー吐いてー。


「吸ってー。」


吐いてー。


「吸ってー。」


吐いてー。

す……。


「誰だてめえ。」


「そこまで乗ってくれるとは思わなかったな。そういうキャラじゃないと勝手に思っていた。」


いつの間にか俺の深呼吸に割り込んでいた奴、思わず名前を聞いちまったが、顔を見れば誰だか直ぐに分かった。


「田中太一だな。」


「そうだが?こっちは思い込みじゃなかったか。良かった良かった。」


「こっちだと?」


「ああ。お前がバンビーノで、俺を殺そうとしているって事さ。」


……。

全部ばれてるじゃねえか。


「俺みたいな奴を見張るのは大概そうだから分かったん……ん?」


「何だよ。」


「……お前もしかして爽か?」


「は?いやそうだけど……。」


何なんだ?

何故俺の名前なんて知ってんだ?


「いやー懐かし……。違うな。何でもない忘れろ。たく……わざわざ違う年齢に設定したってのに。」


何やらぶつぶつ言いはじめた。

……こいつが殺される理由はこれだったりな。


「まあ何だっていい。俺は命じられたからお前を殺す。」


宣言をすると同時にロッカーから『凪』を取り出し構える。

それに対して田中は何の反応も示さない。


「ふむ。まあ仕事だし、そうしなきゃならないってのは分からなくもないが、会社が消えた理由とか気にならないか?」


「……少しは気になる。」


どうやらこいつが会社を消したらしい。

そんな馬鹿げた事を出来るってのはつまり、こいつも普通じゃないんだな。


「お前、アートを使えるのか。」


「ん?何だ聞いてないのか?」


「田中太一26歳。普通の会社員……じゃないんだな。」


「ああその通り。俺はアートが使える。と言ってもお前達のそれとは若干違うんだがな。俺のこれは言わばチートみたいな物だ。本来あっちゃいけない。」


……言っている事はまるで理解出来ない。

が、一つだけ分かる。

目の前の男は昨日までに殺してきた人間とは訳が違う。


「創造は人間の宝。それが俺の力、Createだ。」


「名前から察するに、何かを作り出す力か。」


「まあそうだ。」


つまりこいつは、会社を作り出し、そして消したってのか?

確かにアートは人間離れした力だが、そんな大規模な事が出来るとは到底思えない。

出来たにしても体に掛かる負担は計り知れない。

それこそ死んだっておかしくないだろ。


「あーそうだ。一応指摘しておくが『作る』じゃなくて『創る』だからな。作成と創造の間には天と地程の差があるからそこはよろしく。」


「分かったが……。」


「ん?ああそうか。信じてないな?オーケーオーケー旧知の仲だ見せてやる。『Create』。」


「な……。」


創造された。

田中の右手に一振りの刀が。

それは俺にとって、とても馴染み深い刀だ。


「『凪』……。何でてめえがそれを知っている!」


「まあ落ち着けよ爽。何でって……あー。」


と、何かを言いかけた田中はにやにやしながら顎に手をあてた。


「確かめてみるのも一興かな。」


「何言ってやがる。」


「いや別に。さて、先程の質問だが、逆に問おうか。お前は『凪』をどうやって手に入れた?」


「は?そんなもん……。」


……?

どうやって手に入れたんだ?


「はい、オーケーオーケー。終わり。そんなどうでもいい話は置いておこう。」


「……。」


そうだ、俺はこいつを殺さないといけない。

『凪』がどうのこうの何てどうだっていいんだ。


「死ね田中!『剣』!」


「っていきな―――」


一閃の元、田中の体は真っ二つ……に……。


「いきなりそれはないだろ。話を置いたら次の話に移るのが普通だと思わないか?」


「な……お前……。何で斬ったのに死なねえんだよ!」


「言っただろ、俺の力は『Create』。幻覚という物だって創る事が出来る。」


「……話をするとか言いながら、随分失礼な奴だな。」


幻覚、なのかは知らないが、目の前に見えている田中に注意を払いつつ周りを見る。

……気配は感じられない。


「無駄無駄。幻覚を創れるという事は、そこにあるのに無いと認識させる幻覚をも創れるって意味だ。お前は今完全完璧に幻覚に認識を冒されているから、本物の俺を認識するのは不可能だ。」


「……お前は一体何がしたいんだよ。俺がお前を認識出来なくてもお前は俺を認識出来るんだろ?ならさっさと殺しに掛かったらどうなんだ!」


「それは無理だな。認識されていない物は存在しない事に同義だ。今のお前にとって俺は存在しない。攻撃しようとするならまず幻覚を解かなきゃいけないが、タイミングを誤れば次はマジで斬られる。だから殺しに掛かったりしないよ。」


本当に何がしたいんだこいつ。

まるで会話を楽しみたいだけみたいだぞ。


「まああれだ。例えどんな状況に陥ろうと、俺はお前を殺したり……っと。これはちと不味いな。」


「は?今度は一体何だ……って何だありゃ。」


目を向けた方からこちらに流れて来るそれは、赤い霧というか赤い煙というか。

どちらを使うか悩み所ではあるが、とにかく体に悪影響を及ぼす事は間違いないであろう物がこちらに来る。

成る程確かに不味そうだ。


「……モノガネウイルス目フィロウイルス科エボラウイルス属。つまりエボラウイルスだなあれは。……いや違う。そんな生易しい物じゃない。最初から『エボラ出血熱』という事象だ。潜伏期間なんか完全に無視して発症するぞあれ吸い込んだりしたら。」


「エボラ……?」


田中が何やらぶつぶつ言い出したが、その内エボラしか俺は認識しなかった。

人間知らない言葉は上手く聞き取れないからな。

とかそんな事はどうでもよくて。

最近何処かで『エボラ』って聞いた気がするな。


「何処で聞いたんだっけかな……。」


「何か考えている所悪いが、早く逃げないと死ぬぞ。」


「え?……そうなのか?!」


「……そういう所懐かしいよ。楽しませてくれたお礼だ。また会おう。」


と、田中がそう言った所で俺のデコに軽い衝撃。

次の瞬間には俺の体はさっきまでいた廃ビルの外にあった。


「……。」


あれ?

これは俺帰った方がいいのか?

殺人のターゲットである田中は恐らくまだビルの中。

更に言うならエボラの奴もビルの中だろう。

戻って真相を得るか、それとも帰って安心を得るか。


「……どうしよ、か……あ……?」


腹に違和感。

視線を下に向けると、そこには左手と思しき物がある。

俺の左手じゃない。

もっと小さくて綺麗で、多分女の手だ。

……いや、重要なのはそこじゃない。


「何で……手が、俺の腹を貫通してんだよ……。」


「何でって、それは僕があんたの腹を左手で貫通させたからだよ?」


「ぐ……。」


痛みを押して顔を最大まで左に捻り、目も稼動域をフル活用させなんとか後ろに目を向ける。

そこには……目も眩む程長く美しい金髪の女の子、いや僕っ子がいた。

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