見えない心~2~(Side;マリウス)
「以上、全ての品の国庫への納入も完了致しました。
こちらに陛下のサインを。」
筆頭書記官の差し出す膨大な量の書類に次々とサインしながら、アウトゥールがチラリとこちらを見る。
妃の要求について、私に話せという事だろう。
いつもならアウトゥールへの説明は、私がする。
筆頭書記官は、書類についての詳細と必要な手続きについて、必要な説明をするくらいなのだ。
だが今は、もう少しだけ考えを纏める時間が欲しかった。
報告のためアウトゥールの執務室に入るなり、窓辺に腰を下ろすという常にない私の行動に、筆頭書記官は一瞬目を泳がせたが
「妃殿下が塔へ無事にお着きになられた事を、ご報告致します。
まず、妃殿下のお申し出により、妃殿下から陛下へと所有権の移った品について申し上げます。」
動揺から直ぐに立ち直り、報告を始めた。流石に、筆頭を長年務めてきただけの事は、ある。
「それで?アレの要求はなんだったのだ?」
促しても口を開かない私に、しびれを切らしたアウトゥールが筆頭書記官に問う。
「…妃殿下の御要求は、全部で4つでございます。
ひとつ。
侍女達の処遇について。
塔へは侍女長エリノアを含む、4人を連れて行くこと。
因みに4人のうち、2人はランバルディア人ですが、彼女達は【黒の娘】です。
この2人については、交替の必要があればいつでも応じる、とのことでした。
残りについてですが…」
ーそうだ。
王妃は【黒の娘】の中でも、特に優秀な彼女達の正体を見破っていたのだ。
続く報告に、アウトゥールが苛立ち始めたのが、背中を向けていてもわかる。
王子フェリクスの警護を、増やす事。
分割して国庫預かりとなった王妃領の年貢の中から、増える王子の警護費用と、塔へと連れて行かない侍女達へ退職金を支払うこと。
続く二つも、アウトゥールの想像からは大きく外れたものだったからだろう。
「最後の要求は?」
躊躇う書記官を促す声は、もはや苛立ちを隠せていなかった。
おそるおそる、最後の要求を書記官が述べる。
「…で、応じたのか?」
氷のような声に問われ、「はい」と掠れ声で答える書記官が、助けを求めてこちらを見る。
「私が、許可した。
安心しろ。お前が心配するような事は、なかった。」
アウトゥールは無言で立ち上がると、素早く私の前に来るなり、衿を掴んだ。
ゆっくりと、アウトゥールの左手があがる。
殴りたいなら、殴ればいい。
煮えたぎった怒りが溢れだすアウトゥールの目を、逸らさずにじっと見る。
王妃の願いを叶えると決めた時点で、殴られるくらいは、覚悟していた。