見えない心~1~ (Side;マリウス)
沢山の方に読んで頂けて、とても驚いています。
お気に入りに登録してくださった方、評価してくださった方。 読んでくださった全ての方に、心からの感謝を!
見切り発車で、迷走するやも知れませんが、引き続き温かい心でお付き合い下さると、大変ありがたいです。
「ー行ってしまわれた。」
《療養》という名目で、塔へと居を移す王妃を乗せた馬車が、サヴィルヌーヴの森へ消えたのを見届けたら。
厄介な仕事が片付いた時に、いつも感じる満足感と充実感が込み上げてくるはずだった。
だが、口からこぼれたのは自分でも驚く言葉だった。
昨夜[水晶の間]で、書記官を連れて部屋に来るよう言われた時、財産に関する事だというのはすぐに想像がついた。
事実、王妃が出ていってすぐにアウトゥールも
「慰謝料がわりと何かねだられたら、国宝でなければ渡せ。
それで、大人しく出て行くなら安いものだ。」
と、吐き捨てるように言ったほどだ。
ー2時間後、王妃の間に足を踏み入れた私達は言葉を失っていた。
侍女長エリノアが持つ目録のとおりに、王妃所有の財産が整然と並べられていたからだ。
婚儀の時に先代の王妃から贈られたサファイアの首飾りに始まり、価値のあるものは全てと言っていい。
「全ての所有権を陛下に移し、国庫に収めて下さい。
数があるから大変ですが、よろしくお願いしますね。
わたくしは、まだ細かい仕訳が残っているので隣にいます。わからないことは、エリノアに聞いて下さい。」
さらりと言う王妃の言葉が理解出来ず、さっさと次の間に消えて行った妃殿下の後ろ姿を、男5人呆然と見送った。
あまりに予想外の状況に
「さて、書記官の皆様。
口を閉めて、早く記録帳を開いて下さいませ。
こちらの目録と、照らしあわせ何か不備や不明な点がありましたら、お尋ね下さい。
筆頭書記官と宰相殿下は、こちらで王妃領の財務の書類をお願い致します。
優秀な皆様のことですから、夜明けまでには、もちろん終わりますわよね?」
侍女長に冷え冷えとした声で促されて、慌てて仕事に取り掛かった。
全てが終わった時、王妃の手元に残ったのは、本当に僅かだった。
財産と呼べるようなものは、婚約の時にアウトゥールが送った指輪と、半分に分割した王妃領からの年貢ぐらいのものだった。
馬車に積み込むために、騎士達が運び出した荷物も「これだけですか?」と、代わる代わる騎士達が確認するほど、少なかった。
筆頭書記官が
「貧乏な下級貴族の嫁入り道具と、変わらない量ですな。」
と、呟く。
昨夜、回廊で待ち合わせていた書記官達と顔を合わせた時に、
「さて、我らが王妃様は何をご所望かな?」
と、皮肉る私の言葉に
「お手柔らかに願いたいものですな。」
筆頭書記官が答えて、全員声を上げて笑った事を思い出し、恥ずかしさが込み上げてきた。
ー私は、彼女の何を見ていたのだろう。
それとも、これは罠なのか。
千里眼の宰相なぞと呼ばれている私にも、彼女の心の中が、見えない。