翡翠の目
「妃殿下?今なら…。今ならまだ」
「今ならまだ、何だと言うのですか?」
思わず出た低い声に、さすがのマリウス殿も口をつぐむ。
「もう、すべては終わったことです。
それに…私はにわかに病気になり、回復はしたものの、長期療養が必要になったため、塔にうつることになった《だけ》
恐らく3年程で、快復しない体調を理由に退位。
少しでも身体に良いところで過ごして欲しいという王の心遣いで、《空気の綺麗な》辺境の修道院か王領デルフィナ辺りで、心安らかにその短い生涯の残りを過ごした、ってことになるのでしょう?
今さら、自分の書いたシナリオを書き替える気ですか?」
「今ならまだ、なんとか書き替えられるのです。今なら。」
真剣な顔で、私をまっすぐに見るマリウス殿の目は、いつもより色が濃い。
ーこんな所まで、陛下と同じとは。
ふと、あの日蔑みの色で私を見た翡翠の目を思い出し、せっかく作った微笑みが歪む。
「これはこれは。
宰相殿下が、わたくしの味方だったとは」
私の皮肉に眉を寄せ、さらに色を増す翡翠の目から逃れるように、テラスに出る。
ーそうだ。
あの薔薇を塔の庭に植えてくれるように、頼まなくては。
それくらいの我が儘は、許されるだろう。
それから…
「妃殿下、ちゃかさないで下さい。」
心の中で
『話を終わらせようとする、この空気を読め!これだから最高の家柄の上に、無駄に整った顔をのせている割りに、アナタはもてないんです!』
と、毒づく。
さらに近づく気配に、きちんと話をしなければこの石頭宰相殿は引き下がるまい、とため息が出る。
覚悟を決め振り返ると、翡翠の目は後悔の色を浮かべていた。




