最後の朝
全てが終わったのは、夜明けだった。
沢山の書類に目を通し、手直しをし、サインをした。
マリウス殿もマリウス殿の秘書官も。こんな作業には慣れている筈の書記官達ですら、疲労の色を浮かべていた。
おそらく、私の顔も酷い事になっているのだろう。エリノアや筆頭書記官の目に、こちらを気遣う気配がたびたび、よぎる。
今もエリノアは、彼女の母上特製レシピによる《疲労回復効果のある薬草茶》を皆に配りながら、こちらを見る。
「身体に悪いところがあると、恐ろしく苦いので、気を付けて下さいね。」
そうマリウス殿達を脅かしながら、『私は大丈夫』とエリノアに微笑んで伝える。
強がりではない。
ーずいぶんと身軽になった気が、する。
朝の爽やかな光が、中庭の泉の上で踊っている。
朝日に輝くオラトリオの泉は、この宮殿で私の一番好きな景色だ。
何度、この美しさに救われたことだろう。
もう2度と見ることはない、この黄金の泉を目に焼き付けていると
「ずいぶんと晴れ晴れとした顔をなさるのですね、妃殿下」
ー後ろから、陛下の声が聞こえてきた。
さすがに陛下の影武者を努めるだけのことは、ある。
あらたまって話すと、声までそっくりだ。
「マリウス殿、ずいぶんと苦かったのではありませんか?」
「…妃殿下、話をはぐらかさないで下さい。」
陛下と同じ色の瞳が、咎めるように、探るようにこちらを見ている。
ー蓋をした筈の苦しみを引きずりだすような視線から目を逸らすと、もう泉の一番煌めく時は、すぎてしまっていた。