豪奢な牢獄
『2時間後に、宰相マリウス殿が秘書官を連れてここに来ます。 それまでは、誰が来ても決して部屋に入れないこと。
取り次ぎもしなくていいわ。
これは、命令です。』
護衛の騎士二人が、並んで膝をつき頭を垂れる。
彼らのよく日に焼けた首筋を見るのも、恐らく今日が最後だろう。
これで良かったのだ。
いや、もっと早く行動を起こすべきだったのかも知れない。
それが出来なかったのは、ひとえに私の愚かさゆえだ。
ーいつか。
もしかしたら。
今度こそ。
この5年間、そんな言葉で自分をごまかしてきた。
もう、いいのだ。
もう、この無意味な偽りの日々を終わりにしよう。
そう決めると、まだ笑える気がしてきた。
「エリノア。お引っ越しよ。」
振り返って、笑顔でそう告げる私を見て、普段滅多な事では驚かないエリノアの目が、丸くなる。
「はい。姫様。」
思わず口からこぼれたらしい10年以上前の呼び名に、吹き出す。
くつくつと笑う私を、きろりと睨んでから背を向けて、エリノアは侍女達を集め、テキパキと指示を出す。
そう、2時間しかないのだ。
明日には、私はこの豪奢な部屋の主ではなくなる。
2時間で5年半を過ごした《牢獄》を、片付けてしまわなければならない。
「テオ様!何をモタモタしておられるのですか!
こちらに座って、とっとと《仕訳》して下さい!」
はいはい。わかってますよ。
「テオ様!《はい》は一度で結構です!」
「…エリノア、おっかない母上に似てきたな。」
「テオ様!!余計な事を言っている場合ですか!
テオ様!舌を出すのはおやめ下さい!」
それぞれの《仕訳》担当の物を持ち、青ざめた顔でエリノアの後ろに並んでいた侍女達が、一斉に吹き出す。
親元から帰れと言われ続けていただろうに、私を支え続けてくれた彼女達の頬に紅みと笑みが少し戻る。
ー今夜は、長い夜になりそうだ。