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塔の魔女妃  作者: 美遥
17/19

足音

 ー春が、やってきた。

すべてが瑞々しく、風が甘く感じられる。



 故国は、ランバルディアほど冬が厳しくないためか、これほどに春の訪れが眩しく感じられることも、心が弾むこともなかった。


 眠気を誘う陽射しが踊る、穏やかな春の午後。


 塔の下から、ニルダの楽しそうな声が聞こえてくる。

 下を見ると、庭の手入れをする身重のビアンカを手伝うニルダは、その白に近い金色の頭に、色とりどりの花で編まれた花の冠を乗せてはしゃいでいた。

 器用なビアンカに、編んでもらったのだろう。



 格子の隙間から、私が見ている事に気付いたニルダが、弾けるような笑顔でこちらにぶんぶん手を振る。

 …エリノアが見ていたら、またこってり絞られるところだ。


 手を振りかえすと、ニルダはぴょんぴょん飛び上がって両手をちぎれそうにふり、落ち着いたビアンカは腰を落として挨拶を返してよこす。


 共に町家の出のせいか、二人はいつの間にか姉妹のように仲がよくなっていた。

同い年だが、ニルダはしっかり者のビアンカを、姉のように慕っている。


 ニルダがランバルディアに来て、はじめてできた友人。


 ー全てが終わったら。



 エリノアと一緒にアリオストに行かせるつもりだったが、エルベルト夫妻の元で暮らすというのも、あの子にとっては幸せかもしれない。



 「テオ様?どうなさいました?」


 もうすっかり春だな、と思って。

と、さりげなく窓に背を向ける。

 だが、さすがは【地獄耳の侍女長】と呼ばれ、恐れられていたエリノアである。


 「ニルダの賑やかな声は、よく響きますこと。」


 ニルダ、不憫なり。

侍女長様のお説教が、そなたを待ち受けておる…。


 「今、あの子はテオ様と私のために、花輪を作っているのです。

 この私が、花輪なぞで喜ぶと思っているのでしょうか。


 あの子の事です。きっと《花輪のような、そうでないような》ものをこしらえて、誇らしげに持ってきますわ。

 喜んでやるために、気合いを入れておかなくてはなりませんよ、テオ様。」


 ぶつぶつ言いながら、エリノアは手際よくお茶のテーブルを整えてゆく。


 なんだかんだ言って、エリノアはニルダがかわいいのだ。


 幼い頃、実の親の手で孤児院に入れられて以来、教育らしい教育を受ける機会を与えられなかった彼女が、どこへ出ても恥をかかないように。

 優雅に、そして巧みに足を引っ張りあう宮廷の中で、弾き出されて居場所を無くさないように。


 ニルダを思えばこその厳しさはきちんと伝わっているようで、泣くほど怒られてばかりいるのに、何かあるとすぐニルダはエリノアの所に飛んでゆく。

ビアンカが優しい姉なら、エリノアは母親がわりのちょっと(…いや、かなり)恐い上の姉、といったところか。



 風が、馬のいななきを運んできた。


 同じく、ざわめきに気づいて厳しい顔になったエリノアとともに、耳を澄ます。この部屋から塔の入口は見えないが、少なくとも4〜5人が到着したようだ。

 物資補充の日ではないし、他に王宮から騎士達がくるような予定は、ない。



 ーまさか。

もう終わりの時が、来たというのか。それとも…


 階段を登ってくる足音は、おそらくルチアナのものだ。

いつもより、少しテンポの速い足音。

この足音が運んでくる報せが、考えうるものを越えた最悪なものであっても。


 ー微笑んでいられるように。

そして何より、進むべき道を間違えないように。

目を閉じ深く息を吐いて、心を整える。




 扉が、静かに開いた。





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