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塔の魔女妃  作者: 美遥
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暗晦~2~(Side:レティシア)

暗晦【あんかい】…暗いこと。また、そのさま。

 ー王族は、己の気分で日々の習慣を変えては、ならない。


 母と、母の死後は叔母に叩き込まれた教えは骨の髄まで染み込んでいるらしい。


 今日だけは。

既に作られている夕食や、準備されている浴室のこと。

手順が狂う事で、侍女達に強いる事になる負担。


 そんなことは考えず、わがままを言おうかとも、思った。


 ーひとりにして。


と。


 だが、心配そうな侍女達の顔を見ると、つい微笑んで

「夕食の時間ね。ルチアナの後ろから、いい匂いがしてくるわ。

ニルダ、今日は何なの?」

 普段と同じような言葉が、口をついて出た。


 私の性格を知り尽くしているエリノアが【普段の習慣】をなるたけ早く終わらせようと取り計らってくれたおかげで、いつもより大分早い時間に、私はベッドにいる。

 部屋の中は、暖かで、静かだ。




 このまま、何も考えず眠ってしまおう。

そう思うのに、頭は冴えてゆく。思い出したくもない事が、つぎからつぎへと浮かんでくる。


 そういえば。

思っていたとおり、塔の管理人エルベルトは貴族だった。部屋に乗り込んできた陛下を止めた時、彼は陛下を《アウトゥール》と呼んだ。

 私の知る限り、ではあるが、陛下を名前で呼ぶ事が許されるのは、マリウス殿くらいだ。恐らくは彼も、幼少からの友人なのだろう。


 と、いうことは

彼は、王太子の学友に選ばれるだけの、家柄の出ということになる。



 様々な情報を丹念に繋ぎあわせてゆくうちに、やがて一つの名前に行き着いた。



 …なるほど。

私は、【黒狼】の頭自らの監視の元に置かれていたわけか。

襲撃を寄せ付けない鉄壁の備えも、納得がゆくというものだ。



 まあ当然と言えば、当然のことだ。


 ーなんせ私は、国王の命を狙った王妃とされているのだから。



 『お前にも、弁解したいことや、説明したいことがあるだろうと言っているのだ。』


 陛下は、一体私に何を言わせたかったのだろう。

いまさら私が、素直に《自白》したとしても、すでになかったこととして処理してしまった事を蒸し返し、私を牢につなぐのは無意味だ。

 今の私は、牢につながれているも、同然なのだから。


 それとも…



 この期に及んで、希望を見つけようとする、自分の考えの甘さに苦笑がもれる。



 何を言えと、言うのだろう。



 何を語れると、いうのだろう。



 真実など、何の意味もないことを私は知っている。


 最初から、私の言葉も心も。

すべてが偽りと悪意と策謀に基づくと信じて疑わない人に、心と言葉を尽くして真実を伝えようとしても。

 それは無意味で、愚かなことだと、私はランバルディアに来て学んだ。


 光すら届かぬ海の底から、声を枯らして叫んだところで、泡となって消えるだけ。


 今の私に出来るのは、【駒】としての役目をまっとうすること。

ただ、それだけだ。



 月の美しい夜。

灯りを消した部屋の中にも雪明かりが差し込み、薄い銀色の光が踊っている。


 幼い頃、怖い夢を見た翌日。寝るのが怖いと泣いたのも、こんな日だった。

 何をしても泣き止まない私に、とうとう打つ手のなくなった侍女が呼んできた母上は、私を優しく抱きしめると、おとぎ話をしてくれた。


 『こんな美しい夜には、アリオスト中の魔女が集まって、歌をうたいながら、皆でこの銀色の光を小さな箱につめるのよ。

 そして、月も星も出ない暗い夜を旅する旅人が迷わないように、そぉっと旅人の上で箱を開けて、道を明るく照らしてくれるのよ。


 それから、貴女のようないい子が怖い夢を見ないように頼むと、夜そっと来て、貴女の夢の中を銀の光で照らしてくれるの。


 だから、今日は大丈夫。

きっと楽しい夢が見れるわ。」



 どうか、アリオストの魔女達よ。


 暗晦の中をゆく、貴女の子孫むすめに、光を下さい。

一番小さな箱で、いいのです。



 ーこれ以上、私が道に迷ってしまわないように。

《最期》まで、辿り着くことが出来るように。


 どうか、助けて下さい。


 


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