長い廊下
設定やツメの甘さには、自信がございます。
お心広く、軽いキモチで読んで頂けましたらありがたいです。
『わかりました。』
ー絞り出した声は、なんとか震えずにすんだ。
『出来うる限り、早急に塔に移ります。
マリウス殿、2時間後に優秀な書記官を3名連れてわたくしの部屋に来なさい。
これは、命令です。』
震えはしなかったものの、自分でも驚くほどの低い声が、既にはりつめていた部屋の空気を瞬時に凍らせたのがわかった。
―いつも、微笑んでいなさい。春の爽やかな風のように。
決して嵐になってはなりません。
貴女は、王族なのですから。
優しい母上の声が、いつものように頭をよぎる。
その声を隅に押し込めて、私は微笑みを浮かべながら振り返る。
「色々と準備がありますので、わたくしはこれで失礼致しますわ。」
ー待て
という声を聞こえなかったことにして、もう一度大きく優雅に微笑む。
「ごきげんよう」
椅子から腰をあげ、もう一度口を開きそうな男の目をしっかり見て優雅に挨拶をする。
さすがに、これ以上はもたない。
すぐに身を翻すと、我が優秀なる友は既に扉を開け、護衛の待機も完了させていた。
ーありがとう。
声を出さず口を動かすと、唇の端だけで器用に笑い、護衛を促して歩き始める。
いつもと同じように、私の少し斜め前を歩く彼女の背中を見ながら、ゆっくり歩き始める。
いつもと同じように。
先をゆく護衛の持つ灯りがゆらぎだす。
気付かれないように素早く拭ったが、彼女はちらりとこちらを見る。
気遣わしげなその視線に、微笑みで答えて私は歩き続ける。
しっかりなさい!
貴女は、王族なの。いかなる時も堂々としていなさい。
どんなに惨めで、大声で泣きたい時でも。
前を向いて、背を伸ばして!
そう自分に言い聞かせながら、廊下を進む。
涙を堪えながら歩く道のりは、いつもよりずっと長かった。