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59話:満身創痍からの脱却

どうもです。

いつの間にか三月ですね。


不定期更新となっております、ご了承くださいm(_ _)m

甘くなかった。

一瞬でかたがつくことなんてこの世には数えるほどしかない。それは世界が拡張されて天使や悪魔の存在を知っても変わらない。

完全に捕えたはずだった。しかし彼は、私の鎖を内部から破壊してさらに攻撃を仕掛けてきた。

煽った自分が恥ずかしい。お前の方こそその程度だったのか、と嘲る声が聞こえる。

でも、駄目だ。立ち上がれない。

攻撃を受けてしまった・・・・・・・・・・から・・

防御結界の張り忘れ、一瞬での状況の把握不全、慢心による反撃。

上げれば問題はボロボロと出てくる。限りなく吐き出され、回収するのが億劫になるほどに。

このことが神に知られたら何と言われるだろう。

折角ここまで上り詰めたのに降格処分を下されるのだろうか。

あと少しだったのに。

あと少しでまた会えたのに。

あと少しで、…………。

意識を失う瞬間、太陽のように笑う少年の顔がフラッシュバックした。




鉛のように重くなった身体を起こすと、そこは荒野のようだった。

ビニールハウスは姿形を残しておらず、かろうじて砕かれたレンガが、そこに花壇があったことを思い出させた。

気を失っていたのは一瞬だったのかもしれない。少年は空宮が拘束した場所から動いておらず、高笑いをしていた。

「アハハハハハハハ、馬鹿だね。魔王の力があんなにしょぼいワケが無いのにねぇ。ちょっと制御を緩めてやるだけでこの有様だ。本当にすごい。これこそ僕が受け継ぐべき力だったんだ!」

「気持ちよく囀っているところ申し訳ありませんが、沈んでください」

桃色の装飾剣を叩きつけたミユは、勢いで一回転し、少年の後方に着地した。

「アハハ、ナニコレ。 ガラス細工か何か? 脆い脆い」

「こっちだよ!」

黒の粒子を噴出させて蛇口を破壊したスイは、吹き出る水に触れて水弾を作り放った。

「小賢しい!」

俺が海で見た水球とは違い、まるで銃の弾丸のような形を模した水弾は少年の皮膚を削いでいく。

その隙にミユは離れた位置で気絶していた空宮の元へと駆け寄った。

「空宮杏梨さん、大丈夫ですか?」

「───────」

「っ!? ……担ぎます」

空宮を抱えたミユは羽を展開させて少年の頭上を越え、俺の元へとやってきた。

「空宮杏梨さんをよろしくお願いします」

「あ、ああ……。歌音は?」

「スイが守りました。 気絶してますが、心配はありません。向こうの茂みに寝かせています」

淡々と告げるミユの表情に、今の状況の緊迫感とは違ったものが含まれているのを察知したが、俺は今は何も言わないことにした。

「では、スイに加勢してきます」

「ああ……」

桃色の装飾剣を構えて突進していくミユを見送った後、空宮の様子を窺う。

苦しそうに顔を歪め、頻りに言葉を呟いている。

「何だ……?」

それは誰かを呼んでいるようであり、追いかけているようであり、突き放しているようでもあった。

「────くん。────くん、どう、して?」

なんとなくだが空宮の内部に触れるような事柄のように思え、俺は聞き耳を立てるのを止めた。

ミユとスイの様子を窺うと、二人はしっかりと戦っていた。

スイが水弾を打ち出し、隙が出来たところにミユが装飾剣で少年を撃つ。

見事な連携プレーで少年を翻弄しているかに見えた。

が、その時。

「なんの騒ぎだこれは!」

先ほどの轟音を聞きつけたのか、用務員が先生を連れてこちらに走ってきた。

マズイ、と思った時にはすでに背中に嫌な汗が流れていた。

このままでは用務員と先生が殺される。これは間違い無い、少年にとってはそんなことは造作もないことだからだ。

状況を察したミユが少年を一度見やり、スイに声をかけた。

「スイ、10秒時間を稼げますか」

「任せてミユちゃん!」

言うが早いかミユは戦線を離脱し、先生の元へと飛んでいく。

そしてそこで魔方陣を展開させ、大きな壁を出現させた。続いて人払いの術を展開させたようだった。

壁の向こうからは用務員の声も聞こえなくなり、遠ざかっていく気配だけが感じられた。

「ミユちゃぁんっっ!」

スイの金切り声が響いた時、俺は何が起こったのか分からなかった。

噴水のごとく赤色した水が噴き出し、水溜まりを作り、どさりと鈍い音が聞こえる。

風に乗ってその錆び臭い水の臭いは運ばれてきて、俺は口元を抑えざるを得なかった。

少年が、がら空きになったミユの背を切り裂いたのだ。

スイが水弾だけで食い止めるのは無理があったのだ。完全武装した者を拳銃だけでどう止められるだろうか。

結果。理解不能。

俺は、また見てしまった。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!」

喉が裂けるようだったが、身体が勝手にそうしていた。

叫ぶという行為に意味があるのか分からないが、そうなっていた。

もしかしたら、抱えきれない何かを吐き出すための行為だったのかもしれない。

「アハハハハハハハ、なんかもう一人も勝手に壊れそうだけど。 お前は、どうだ?」

スイは水弾を作ることを止め、決壊した水道から降り注ぐ水にただ身体を濡らしていた。

目はミユの無残な姿を捉え、肩は小さく震えていた。

「アハハ、戦意喪失ってやつ? じゃ、これにてお開きかな──────────ッッッ!?」

粘ついた笑みを浮かべていた少年は急に口を抑えてその場にしゃがみ、顔面蒼白になりながら震えだした。

ぎりりりりっ、と少年の歯を噛みしめる音が聞こえた。

「なっ、で、出てくるな、出てくるな、出てくるな! 俺の、力だろうがぁっ!」

ドパァッ、と少年の口から黒い液体が吐き出され、それがうねうねとくねりながら形を作る。

「何……これ。 私……?」

黒の液体が模したのはスイの姿だった。

黒一色で模られたスイの偽物は、徐々に光沢を持ち始めた。その偽スイが、スイを見る。

液体は笑う。

嘲るように、罵るように、笑う。にやにやと、不快な笑みを浮かべる。

「何よ……。私の形を真似してっ、何よ!」

叫び走り出したスイは手に黒の粒子を纏わせ、偽スイに向かって突進を始めた。

ガギン、と二人の手刀が交差して火花を散らす。

ほとんど殴るようにして手を振り回すスイと、笑みを携えたまま受け流す偽スイ。

「どいてっ、どいてよぉ! そいつを倒して、ミユちゃんのところに────────っ!?」

そう言ってからスイは気が付いた。

そいつ・・・と代名詞を用いて示した人物が、自分の視界、いやこの場に居ないことを。

が、それは錯覚だった。

スイの視界に収まっていなかっただけで、彼は地面にのた打ち回って・・・・・・・・・・いたのだから・・・・・・

「どういうこと……。これ、あいつの、能力じゃ、ないの?」

そこで、彼女は一つの結論にたどり着く。

これが何なのかが、すぐに理解した。

いや、この場合は理解するのが少し遅かったようにも思う。

「そういう、こと」

スイは小さく呟いて、そして戦闘中には似合わない小さな笑みを浮かべた。

それは、確信。

「分かった。分かったよ、そういうことなら、私も本気だからっ!」

スイの咆哮に、光沢を残したままの偽スイはさらに口の端を吊り上げた。




「ねー、お姉ちゃん。その大荷物なに? 旅行でも行くの?」

天界の一角、何の変哲もないどこにでもあるような家の中、肩口で切りそろえられた髪の少女は目の前に置かれたいくつもの鞄を指してそう言った。

キャリーケースのようなものもあれば、ボストンバックのようなものもある。

まるで家出をするがごとく荷造りを始めた姉に対し、質問を投げたのだ。

もしかしたら、今起きている事件に何か関係あるのではないかと少女は思っていた。

もし、そうなのであれば自分も行くべきであるし、また、他の親族にも連絡しなければいけなかった。

だが、実際には旅行へ行くような雰囲気で荷造りをしているのである。自分の姉は。

「ねーちゃん?」

「あんだよ、行かないよ。そんなお遊びじゃないっての」

「じゃあどこ行くのさ」

「人間界」

やっぱりそうじゃないか、と少女は思った。

そう、とはこの場合旅行を指しているのではない。事件の収拾の方だ。

確かに僕たちは大きな力を持っているが、こんな使われ方をされるのは少し気に食わなかった。

ただ、今こうして暮らせているのもその雇い主・・・が取り計らってくれたおかげなわけで、文句を言える立場ではないのだが。

本来であれば、腐乱臭の立ち込めるあそこにひっそりと暮らしているのだから。

「って言っても別に行くのは今じゃねーよ。来年、来年の春から。新学期始まらないと溶け込みにくいとか何とか言ってたな、爺さん」

「え、え! もしかして、課題を受けに行くの?」

「あー。なんかそうらしい」

「じゃあその間僕一人ぃ?」

「そうなるね。ま、心配はいらんでしょ。たまに帰って来てやるし、兄貴も様子見に来てくれるって言ってたし」

「え、えー……」

「何? そんな兄貴が来るのが嫌なのか?」

「嫌というかなんというか」

あのキャラクターが嫌だ。

内なるどす黒いものを溜めこんでいるにも関わらず、その精神から作られる完璧な仮面が嫌だった。

出来過ぎていて、怖い。

血のつながっている兄妹の自分でさえそう思っているのだから、他人が事を知ればどう思うのだろうか。

やはり、苦手意識を持つのではないのだろうか。

それにしては姉は平気そうだが、姉も姉でおかしい、ということなだけだ。

「ああ、分かった。お前、あのピアスが嫌いなんだろ」

「うっ、……確かに、それも嫌いだけどさ」

力の固まり。

馬鹿正直なほどの大きな力の具現したものなど、見たくない。

膨大な力を膨大な力を使って小さなものに押し留めるだなんて。

そうでもしなきゃあふれ出て仕方がないと言うのであれば分かる。分かるが。

わざわざ自分と切り放して一つの個体を作ってしまうだなんてまるで。

まるで、父のようではないか。

「ほんと、お前はチキン野郎だな」

「ねーちゃん、課題を受けに行くんならその乱暴な口調もどうにかしないとね」

「このままでいーんだよ。別に畏まって固まってやるようなもんじゃないだろ。たぶん」

「え、もしかして内容とか聞いてないの?」

「その日まで教えてくれないらしいよ」

「何その無駄な守秘体勢」

ふぅ、と息をついて再び荷造りを始めた姉を眺めながら、少女は思った。


一つ、今起きている騒動に自分たちが関わることが無くて良かった、と。

一つ、しばらく一人になってしまうな、と。

一つ、苦手な兄に会わなければならないな、と。


最後にいつものように。



魔王の血を受け継いでいると言っても、自分だけはらしく・・・ないな、と。













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