58話:追いかけ追われ
お久しぶりです、一ヵ月ぶりの投稿となります。
内容を忘れてしまって時間があるという方はもう一度読み直すなどしてはいかがでしょうか?
忙しさはまだまだ解消されそうにもありませんが、細々と続けていきたいと思っています。
みなさんよろしくお願いします。
俺は別に喧嘩をしたいわけではなかった。ただ悲しくて、その気持ちを他の誰かと一緒に共有したかっただけなのかもしれない。
そうしようとした俺だったが、俺はやり方をしらなかった。ただぶっきらぼうに、ふてくされるようにして、やけになって、自暴自棄になって、結果歌音とは共有どころか相対してしまった。
また、歌音の責め立てるような口調が俺にはダメージが大き過ぎた。
真実。それは時として人を一番傷つける武器となると俺は知っている。
その武器を歌音は無意識にか手にとって俺に向けてきたのだ。俺は困惑すると同時に怒ったのだろう、何故俺に武器を向けるんだ! 仲間じゃなかったのか! と。
歌音の行動は正しい。俺の行動はズレている。それが分かったからこそ、途中で俺は共有を止め相対することを選んでしまったのだろう。
そう、全ては無意識的に。
俺も歌音も頭では理解しようとせず脊髄反射のようにしてこの一連の流れを起こしてしまった。
逆に言えば、それほどまでにパニック状態であったということだ。
先に失った俺と、失った俺から失われたことを知った歌音。
この二人で何を解決できようか、話し合いなんてものは泥沼化し冷静さなんてものは欠片も存在していない。もし、この内のどちらかが芹川だったりミユだったら。あるいは俺たちじゃ無かったら。
果たしてこんなことにはならなかっただろうか。
一人の大事な人物が欠ける。それは残された者の心を狂おしいほどにかき乱すのではないのだろうか。
失われ方にもよるが、実際そうだろう。いや、そうでないとおかしい。
ミユとスイが家にやってくるまで『友達』だとか『仲間』がいなかった俺にとっては初めての経験で、普通に生きていたのなら抱きもしなかった感情だろう。おそらく、そんな並行世界の俺に聞いてみると答えは間違いなく『そんなことはない』と言うだろう。
だが、俺は、ここに生きる俺は知ってしまっている。
大切な誰かが失われることは本当に嫌なことで、一方的な決別に至っては嫌過ぎるのだ。
語彙力が足りないせいで嫌だとしか表現できないが、嫌なものは嫌なのだ。
それに、俺には小さな確信のようなものがあった。それがあったからこそ、またこの事態をややこしくしていたのだ。
それは、スイは本当は戻りたくなかったということ。
人間界にもっと居たかったということ。
そんな心を押しとどめて反対の言葉をまき散らすのだから俺は納得がいっていなかった。
余計なことを話したが、先にやるべきことがある。
まずは、歌音と冷静になって話すこと。
それから、スイに会って話すこと。
糞生意気な少年が俺を殺しに来るだとか何だとか言っているが、そんな事は大したことじゃない。
俺にとっては、仲間がいなくなることの方が十分に堪える。
いつもより30分も早くに学校に着いた俺は、教室までせかせかと早足で向かうことにした。
いつも通りなのであれば、この時間帯には歌音はまだ学校には来ていない。俺がミユやスイと時間をずらして登校してきた後に歌音は来るのだ。つまり、普段より早く学校に来た俺は、普段より長く歌音をまたなければいけないのだった。だが、それは俺の思惑通りだった。歌音を待っている間に心を落ちつけようといった考えがあってのことである。吹っ切れたとはいうものの、やはりこういうことは人生において初めてに等しい経験なわけで、少しばかりの緊張も心には含まれているのだ。
いつの間にやら教室の前まで来ていた俺は、誰もいないであろうよ高を括っていた俺は、気合を入れる意味も込めて、思いっきり教室のドアを開いた。
そこには歌音美里が黒板消しを両手に持って立っていた。
「歌、音………?」
「あさっ……んっ!」
ばふん! と両手の黒板消しを叩き合わせた歌音は、脱兎のごとく教室の後ろのドアから逃げ出した。
チョークの粉が煙幕よろしく辺りを包みこみ、俺は咳き込んだ。
「がっ、げほっ、げほっ。 ……歌音! 待ってくるぇ!」
緊急事態に語尾を甘噛みし、頭が混乱する。それでも歌音は廊下を駆けていく。
教室から顔を出した俺は、黒板消しを両手に廊下の角を曲がる歌音の姿を捉えられた。
何故、何故歌音がこんなにも早く学校に来ているのか。
先ずその疑問で頭の中が一杯になり、身体が硬直してしまう。だが、次の一瞬にはやるべきことを思い出し、歌音の後を追う。
廊下の角を曲がるところまでは見えたが、その後の行き先は知らない。
幸い早い時間だったため、生徒が少ないので動く影があればそれを探すだけでよかった。
しかし、隠れられるとどうしようもない。
そんな俺の考えとは裏腹に、向こうの棟の二階にサイドテールを揺らしながら走る女の子を見つけた。
「早っ! 流石陸上部……」
小さく呟きながらも鉢合わせとなるように、俺は今自分がいる棟から真下に降りていくことにした。
あの調子では、なんとなくだが歌音は一階まで降りていくだろうと思えた。
階段を駆け降り、一階までたどり着くと歌音は生徒玄関で外履きに履き替えている途中だった。
「歌音っ!」
呼びかけると彼女はびくりと小さく肩を震わせて、それでも逃げ出した。
俺は靴を履き替えもせず、歌音を追った。
学校の裏手に逃げていく歌音を目で追いながら、足を精一杯動かす。それでもやはり、陸上部との差は少しずつ開いていく。
たまらず俺は歌音に呼び掛ける。
「待てっ……待ってくれっ……ひゅーっ……」
「なんで内履きのまま追ってきてるのっ! 校則違反だよ!」
逃げる歌音から帰ってきたのはそんな言葉だった。
へろへろになりながら走って、ようやく歌音が足を止めたのは、いつかミユと水を撒きに来たビニールハウスの前だった。
心なしか向日葵が前に見たときよりも少し小さくなっているような気がした。
「どうして追ってきたの」
呼吸一つ乱さずに歌音は背を向けたままそう訊いてきた。
「そりゃ、お前………ふぅ、はぁ。 昨日のことをだな、謝ろうと思って……」
「何、朝浦君が謝ったらスイちゃんが帰ってくるの?」
「違うよ」
「じゃあ、何で」
「スイは帰ってこねぇよ、それは今も変わらない。でもさ、帰ってこさせることはできるだろ?」
「ちょっと言ってる意味が分かんない」
「自発的に帰ってくることはなくても、誰かが引っ張ってやって帰ってこさせることはできるってことだよ。……俺はさ、諦めてたんだよな。 無理だ、って。そんでソレを指摘されたら自分のこと棚に上げて逆切れして。 結構最低なことしてたんだ。自分で分かってたはずなのに出来なくて何もしなくて、そのくせ他人に口出しされるは嫌だったんだ。 なんていうか、自分を守りたいだけだったんだよな」
「そんなの、……たし、だって……」
「自分しか見えて無かった。でも、スイが居なくなって自分すら見ていなかった。完全に俺は盲目だった。それを、歌音が直してくれた」
背を向けていて歌音の顔色を窺うことはできないが、俺はそのまま続ける。
「考えるきっかけをくれたおかげで吹っ切れた! 出来ないから止める、じゃなくて、当たって砕けろ作戦をやってみようって思えた。 俺がそう考えられるようになれたのも歌音が俺の近くに居てくれたからなんだ。だから、だからさ、なんか……歌音の喧嘩するのは、嫌だな、って思った。言葉下手糞だけど、そう思ったんだ」
「わっ、私も……………」
歌音には似つかわしくない蚊の鳴くような声が漏れた。
なんとか聞き取ろうと試みたが、その距離は近くて遠くて無理だった。
「悪い歌音。もう一度言ってくれないか」
「悪いけど、その告白は後からにしてもらえるかしら」
そう訊き返した俺の言葉に、返事をしたのは歌音では無かった。
「空宮っ、なんでここに!?」
「黙って。 歌音美里もこっちへ来て。早く。奴が来るわ」
奴とは誰か、そんな疑問を持つことさえも許さないスピードでその『奴』はビニールハウスを粉砕し俺達の目の前に現れた。
光を引き込んで絶対に逃さない黒の翼に、禍々しく鋭い両腕、何よりも充血したその眼から発せられる眼光は俺の足を地面に縫い止めるのに十分すぎる迫力だった。
スイの力を奪った少年。糞生意気だと俺が評価したあの少年。
『奴』がそこに降り立った。
「アハハ、なんかあんまり驚いて無いみたいだけど。 もしかしてアイツが最速告げ口でもしたのかな」
ぐちゃ、と笑う少年のその異質さに、向日葵が枯れ出した。
歌音も口に手を当てて、顔色を悪くしていた。
「あなた達はここから動かないで。結界を張ったわ」
そう言うと空宮は四枚の羽を展開させ、少年の瘴気を薙ぎ払った。
「腸が煮えくり返りそうだわ。邪魔を、しないでくれる?」
怒気を孕んだ空宮の言葉が途切れると同時に、半壊したビニールハウスの下から異常成長した植物の蔓が飛び出し、少年の四肢が拘束された。
次に、その少年の真下と真上に大きな魔方陣が展開され、下から上にかけて電撃の槍がいくつも射出された。少年の肉を焦がし、削ぎ、変色させてなお魔方陣は止まらなかった。
一方的な攻撃。これは最早、戦闘ではなく拷問のようであった。
「そっ、空宮!」
言うべき言葉が見つからず、空宮杏梨の名を呼んだ。そんな俺の行動に対し、空宮は死にはしないとでも言いたげにこちらを一度振り向いただけだった。
「ぐ、そ、がぁぁぁっ!」
少年が咆哮し、蔓が引き千切られ魔方陣も消滅する。しかし、空宮は顔色一つ変えていなかった。
ソレどころか手を空中で動かし、何かを仕掛けているようだった。
「神の使いの分際でっ! この俺を傷つけたなぁ! 」
「魔王の力を持ってしてこの程度。 だからあなたには魔王の力が受け継がれなかったのでは?」
「きっ、さ、まぁぁぁぁぁぁぁ!」
空宮の挑発に逆鱗した少年は禍々しく尖った手を突き出して突進した。
しかし、その攻撃をいともたやすく避けると少年の行く先を見送った。
少年の進んだ先には空宮が先ほど仕掛けていたであろう魔方陣が敷かれており、無数の鎖が噴出した。
無機質な銀の波に揉まれて少年は完全に捉えられ、肌は一か所も外に見えてはいなかった。
「陽助さん!」
そんな光景に唖然としていた俺の耳に、聞きなれた声が届いた。
「スイっ!?」
ぐば、と空間が裂け、ミユと共に現れたスイは、罰の悪そうな顔をして俺の元へと寄ってきた。
空宮は俺達を包んでいた結界を解き、少し離れた位置で校舎に背を預けて目を瞑った。
「陽助さんっ、……ごめんなさい! 私、色々酷いことを……」
目に涙をいっぱい溜めてスイはそう言った。
「別に気にしてない。 そんなことより、肩の荷が下りた気分だ」
「何か抱えていたのですか?」
意外だ、といった目で俺のことを見るミユに顔を引きつらせながらもスイに向き直る。
「戻ってきた、ってことで、いいんだな?」
「………うん!」
「スイちゃぁぁぁん!」
俺の後ろから飛び出した歌音はスイに飛びつき、思いっきりスイを抱きしめていた。
これで、関係は修復されたのだろうか。
元通りに、なったのだろうか。
「アハハ、何勝手にハッピーエンド迎えてんの? これで閉じ込めたつもりだった?」
絶望の鐘を鳴らす声と力の波動を周囲にまき散らし、俺達は吹き飛ばされた。