57話:這い上がり
久しぶりの投稿です。
行事やらレポートやら課題やらで更新する暇がありません。スイマセン;
放置することはあっても完結だけは必ずさせるので、読んでいる方が居られたら辛抱してお待ちいただけると嬉しいです。
同日更新のもう一つの作品も同様ですm(_ _)m
能力に振り回されている自分は弱い。そんなことぐらい気がついていた。
私が生まれてすぐに、両親は自分たちの子がおかしいことに気付いた。
普通、悪魔の子は生まれてすぐには魔力を持たないのだ。人の子が言葉を話し始めるように、悪魔の子は親の魔力を感じながら少しずつ魔力を蓄えていくのだ。そして少しずつ使用し、魔力の供給から放出までの一般的な使用方法を覚えるのだ。
しかし、私は違った。
異常なまでの魔力反応。赤子の体内に決して宿るはずのない膨大な魔力が検出されたのだ。
その頃はすでに天界と地獄は統一されており、魔王は倒されていた。同時期に囁かれていた噂で、魔王の力は転生するというものがあった。
もしかして自分の子は魔王の生まれ変わりではないのか、と不安に駆られた私の親は神に自分たちの子を預けることにしたのだ。
神の元には私と同じような境遇の子が集められており、私の他にも膨大な魔力が検出された子はいたのだ。
魔王の力は分散して、転生したのだった。
もちろん、生まれてすぐに神の元に預けられた私は両親の顔を知らない。
しかし、寂しくは無かった。他にも自分と同じ仲間がいたし、みんなで集まれば兄弟のようだったから。
やがて私が大きくなって、事の重大さに気が付く。
魔王の力というものは、普通の一般の悪魔が持つ力よりはるかに多い。それを、一般の悪魔として生まれてくるはずだった私たちが受け継いでしまったのだ。
ある子は力に飲み込まれ廃人化し、ある子は力に魅入られ破壊者となった。そしてある子はその力を見事に乗り越えて、少しばかし大きな力を持つ一般の悪魔になり得た。その中で私は、何も出来ていなかった。
他の子と比べると、比較的小さかった私の力だったが、他の子が壊れていくうちに力は私の元に集まり始めた。
溜める、という行動を繰り返すうちに、自分の中には恐ろしいほどの魔力が溜まってしまっていた。
問題なのは、溜めるだけ溜めて、吐きだすことができないことだった。
いつか内側から破裂してしまうのではないか、とそんな心配がだんだん溢れてきた。
そんな私の心配事を知った神は、一度だけ力を放出してみるよう私に促した。
今まで一度だって力を放出したことがなかった私は、怖かったが、行動に移した。
ひとつの区域が消えた。
自分がしてしまったことの恐ろしさと、何よりもこの身の内側に宿る力に私は怯えた。
これではいつか、魔王になってしまう。
そんな気持ちを抱えたまま、人間界で言う中学に地獄で通うことになった。
その頃になると、神から特別な修行を受けるようになっていた。
力の供給、放出などといった本来なら生まれて間もない子供がするような力の移動を時間をかけてゆっくりと行った。
また、自分を騙すようにと水に関する術式を主流とすることで、極力魔王の力を出さないように努めた。
その修行が功を奏したのか、小さな力であれば問題無く使うことが出来るようになり、魔王の力も暴発することは無くなった。
ただ、私の心には払いきれない黒い靄のようなものが立ち込めていた。
そして時は過ぎ、中学を卒業するころには無表情な天使と出会い、共に人間界に修行をしに行くことになったのだった。
その頃になると、黒い靄は意識的に忘れることが出来るようになっていた。
暗雲が立ち込める空の下で、スイは小さく息をついた。
ミユによって叩かれた頬はまだ少しジンジンと痛みを訴えてきていたが、そんなものはこの心の痛みに比べればマシだった。
黒のキャリーケースを引いて歩くが、行くあては無い。いや、正確には行きたい場所が無い。
神が修行終了のお祝いとして、一人で住むには広すぎる家を天界にくれたのだが、どうしてもそこには行く気になれなかった。
しかし、自分は修行を終えたのだ。形がどうであれ、修行は終わってしまった。これからは一般の悪魔として生きていかなければならない。でも、何もやる気が起きない。
風化した骨を踏み砕き、当ても無く黒い空の下を歩く。
人間界ではあまり嗅ぐことの無かった腐乱臭が鼻をくすぐり、何とも言えない気分にする。
気が付けば辺りには家は無く、区画の外れの方に来てしまっていた。
おそらくここは天使の監視対象外の地域なのだろう、地は荒れ果てて空気は淀み、見上げた空には黒に加えて赤褐色のペイントがなされていた。
「…………」
今頃、みんなは何をしているのだろうか。
学校に行って、勉強をして、お昼ごはんを食べて、下校して。
「あ、体育祭……」
体育祭の練習をしているのだろうか。
ダンスの、練習を。
「ふふ、」
一人自嘲気味に笑う。
もう人間界に戻ることは無いのだから、気にすることなんて無いのに。
自分はその体育祭に出ることはないのだから、様子が気になるなんてことは無いのに。
修行は終わったのだから、とてもうれしいはずなのに。
「どうしてっ……、こんなに悲しいのぉ?」
涙が、止まらなかった。
大好きで優しいみんなの顔が浮かんでは消え、闇に吞まれていく。
まるで自分には手に届かないと言われているようで、悲しい。
自分はまだ、何も始まっておらず終わってもいなかったのに。
優しい誰かが言った通り、課題を取り上げられてしまったのだ。
だが、何が出来ようか。
力の無い自分に、何が出来るのか。
力を奪った少年の居場所すら掴めない。仮に出会ったとして、何が出来るのか。
…………何も出来ない。
どうしても自分は最弱で、貧相で、駄目悪魔だ。
その言葉を繰り返すかのように、唐突に声が降ってきた。
「アハハ、出来そこない悪魔が一匹、天使監視対象外区域でナニをしているのかなぁ?」
思わず寒気が走る。
自分から大切なものをいくつも奪った。彼が。いる。
「絶望に塗れた顔をしているね。アハハ、最高だよ。やはりこうでなくちゃ、鬱憤は晴らせないよね」
「どうして……ここに」
「そりゃあさ、もっと絶望してもらうためだよ。 確かお前は人間界で修行をしていたんだったな。じゃあ」
ぐちゃり、と少年の口元が歪んだ。
形容しがたいその変化に、肌が粟立つ。
やはりこいつはどこか、狂っている。
「その関係者全員。殺す」
「っ!?」
「アハハ、いいねその顔。 まさに絶望って感じだね! お前から奪った力でお前の知り合い達を殺してやる。さぁて、無力なお前はどうするのかなぁ? 」
「なんでっ、どうしてそんなことするの!」
「なんで? どうして? 理由なんて決まっているじゃないか。鬱憤を晴らすためさ、俺は何年もの間狂おしいほどお前を憎んでいた。いや、正しくはお前だけじゃないけどな。……魔王の力を受け継いだお前達が気に入らないんだよ。だから、嫌がらせをする、最も単純な行動原理だろう?」
「やっ、やめて! 陽助さんや、ミユちゃんに手を出さないで!」
「そんなお願い聞けるとでも? アハハ、無力なお前はここで座り込んでろ。 首を持ちかえってやるからな」
「だめっ!」
必死になって身体を動かし、少年の足もとにしがみ付く。少年に触れた途端、よく知るあの嫌な感じが伝わって来た。
「……何してんの。アハハ、惨めだねぇっ!」
ガツン! と頬に衝撃が走った。地面に倒され、空を仰ぐ。蹴られたのだ、と理解するまでに時間は要さなかった。
ミユに叩かれた頬とは反対のそこに、熱が発生する。
「うううっ………」
「アハハハハハハハ! いいね、いいよ! そのまま待ってな、すぐに帰ってくるからさァ!」
彼の背中が盛り上がったかと思うと、バサァ、と黒の羽が生えた。
漆のように艶やかで風景を反射するその羽の中に、絶望に陥れられた自分の顔が映っていた。
なんて、酷い顔をしているのだろう。
まるで、無力な子供のようではないか。
笑い声を残し、少年は飛び去って行った。
これから人間界に戻り、陽助達を殺しに行くのだろう。
でも、もういいではないか。自分はもう人間界に戻る必要は無いのだし、関わることも無い。
天使にだって、会わなくとも行きてはいける。
だから、ここで何もせずに待っていればいいのだ。
絶望を受け入れればいいのだ。
そう、思うはずなのに。
そう、思いたいのに。
「嫌だ…………」
口からついで出たのはそんな言葉だった。
「嫌だ、嫌だよぅ。 私のせいで、みんなが死ぬのはやだよう」
熱いしずくが、目から零れる。
「みんなに会いたいよぅ。 離れ離れなんて、いやだ。みんなと一緒に、暮らしたいよ……」
本心。
力が無くてなんの役にも立たないが、あきらめたくない。
やはり自分はみんながいなくちゃダメだから。
何にも出来ないが、なんとかする。
それしかなかった。
「………うっ、ん」
涙を拭き、立ち上がる。
そこにはもう、絶望に塗れた顔の少女はいなかった。