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56話:喪失の瞬間

どうも、更新が遅れました。

春休みぐらいまでなんかこんな調子になりそうです。

そろそろ書き溜めが無くなるので、不定期更新になりそうです;


ミユと二人並んで登校するのは初めてのことだった。しかし、そのことに特に感想を漏らすことは無かった。

朝は人通りの多い大通りに面しているこの歩行者用通路のなか、俺達二人は会話もせずにただ歩いていた。

言うべき言葉が見つからないのだ。あの時ミユが激昂したのはおそらく俺の代わりだったはずだ。

ミユがあんなにも恐ろしく冷たく見えるのは初めてであったし、俺は驚いた。だが、それ以上に驚いたのはそのミユに対して口答えし、出ていくといった行動を起こしたスイだ。

そこまでスイは思い詰めていたのか。

分からなかった。どこかにサインが出ていたのかもしれないが、俺は気が付けなかった。

今回の事だけじゃない。色々なことが積み重なった結果ああなったのかもしれない。

「おーい、朝浦君。ミユちゃん!」

後ろから元気な声が聞こえてきたので振り返ってみると、両腕を振って走ってくる少女の姿が見えた。

歌音美里だ。いつも元気な彼女に会えば俺もミユも元気が出るかと思えばそうではなかった。

気分が沈むときはとことん沈むのだということに気がついた。

「珍しいね、二人で登校するなんて! ……ってあれ? スイちゃんは?」

すぐに一人欠けている事に気付いた歌音は、こちらに視線を向けてくる。

「あー、なんか風邪で休みみたいらしいぞ。な、ミユ」

「……そうですね」

取り繕って見せるが、ぎこちないのが自分でも分かった。ミユはいつも通りの無表情なのであまり変化が見られないように思えるが、今の返答でおかしいことはすぐに分かるだろう。

「あらら、そうなんだ。 ね、一緒に登校しよー」

ぱあっ、とすぐに表情を変えて笑いかけてくる歌音に対して、なんだか罪悪感のような物が襲いかかってきた。騙していると言う、罪悪感が。

だが、これを打ち明けたところで何になるのだろう。俺は混乱を招くばかりでいいことなど何もないと考えた。だって現に俺達が今混乱しているのだから。

歌音の話も半分に、俺たち三人は学校へと向かった。



授業を受けていても昼飯を食べていても俺の頭の中に浮かぶのはスイの事だけだった。

ミユにぶたれて逃げるようにして出ていったスイのあの時の顔ばかりが思い返されるのだ。

酷く歪んで悲しそうな顔。無理して虚勢を張り、それを維持しようと躍起になっている顔。

そんなどちらともとれるような顔を彼女はしていたのだ。

何も分かっていない何もしてくれない、と言われた時俺は確か怒った。

それはスイの横暴な物言いに対してではなく、俺自身の無力を指摘されたようだったからかもしれない。

いや、実際そうだったのだろう。

あの時ミユが止めてくれなければ俺は怒りのままスイを殴っていたかもしれなかったのだ。

我ながら最低だ。

一番重いものを背負っているのはスイだと言うのに。

自分の弱さを指摘されただけで辛い思いをしている彼女をぶとうとした俺は、最低だ。

「朝浦君。 あっさうらくーん?」

机に顔を伏せていた俺の頭上から声が降ってくる。歌音の声だった。

「寝てるのかな? おーい、もう放課後だよ」

顔を上げると、そこには体操着姿の歌音がいた。部活へ行く途中だったのだろう。

「もう、今日一日朝浦君はずーっと呆けてたよ! 一体どうしたの?」

手を腰に当てて頬を膨らませる歌音。高い位置で結んだ小さなサイドテールが揺れる。

俺はしばらく歌音を眺めて、なんでもないと返した。

「なんでもなくないよう! ミユちゃんだって今日は少し様子が変だったし、やっぱり何かあったんでしょ?」

「お前、ミユの様子が変だって分かったのか?」

「ん? 何言ってんの朝浦君。 そんなの見れば分かるでしょ。そんな事より、何があったの? もしかして、スイちゃんの事? 風邪が酷くて心配しているとか? それともそれとも─────────」

歌音が理由らしい理由を上げている間、俺は少し驚いていた。

俺でさえ最近やっとミユの表情の違いを読みとれるようになったと言うのに、歌音は学校で会っている時間のみでそれをやってのけたということなのか。

「朝浦君!」

「お、おぅっ……」

俺の考察は強制的に中断され、歌音が俺の目を覗き込む。

「スイちゃんと、喧嘩でもしたの?」

そんな核心へと迫る質問を、投げかけてきたのだ。

俺が目をそらすと、やっぱりそうなんだ、と歌音は息をついて後ろに少し下がった。

「喧嘩はよくないよ。 そりゃあ、しないより適度にした方がもっと仲良くなれるとは思うけど、仲直りは早めにするべきだよ」

歌音の現実的な提案と内容に、俺は乾いた笑いを起こすことしかできなかった。

「はははっ………。 歌音、そういう簡単な話じゃないんだ。 それに、スイとはもう会うことは無いかもしれない」

スイは修行を免除され悪魔になった。それの示すことは、修行は終わったので人間界に居る必要はないということだ。例外的にセツのように人間界に降りてきて社会の一部に溶け込む奴もいるが、一般には天界で過ごすものだろう。

それにスイは『帰る』と言ったのだ。

「なに、それ。 じ、じゃあ体育祭はどうするの?」

「出ないだろ」

「……わ、私がスイちゃんのために作ったプリントは?」

「それは無駄になった」

「一緒に、がんばろうって言った約束は?」

「……そんな約束してたのか。 でも、スイはもういない」

自分の口調が荒くなっているのが分かった。

歌音も、俺の言った会えないかもしれないという言葉の本当の意味を受け取って、言葉に熱を帯びさせていた。

「そんなの………意味分かんないよ!」

「俺だって、知るか」

「おかしいよ! なんで急にそんな、どうして、朝浦君はっ! 引きとめたりしなかったの……」

「俺には無理だった」

「そんな、こと。 諦めちゃったの? スイちゃんにもう会えなくなるって分かってたはずなのに、何も言えなかったの!?」

「俺に何が出来たって言うんだよ!」

互いの声は大きくなり、意味も無く相手を睨む。

ここでこうしていることに何の意味もないと言うのに。渦中の本人はここにはいないと言うのに。

ただ二人は、八つ当たりを続ける。

「馬鹿! 朝浦君の、馬鹿! スイちゃんの近くに居て、気が付かなかったの!?」

「なんだよ……。じゃあ、お前だったら気付けたのかよ!」

「うう……。もう、馬鹿。 スイちゃん、悪魔の国に帰っちゃったんだ」

気付けば歌音は涙目になっていた。

俺は息を飲むが、罪悪感は飲み込めなかった。

歌音に当たっても仕方ないと言うのに、どうしてこうなったのか。

気付けば痛いほどに拳を握りしめていた。

「ちょっといいかしら」

その声に顔を上げると、教室の入口には空宮杏梨が立っていた。

呆れたような、憐れんだような、憎んでいるような目付きで、空宮はこちらを眺めていた。

「っ……!」

歌音は空宮の方向には向かず、目をこすって涙を拭っていた。

「何だ」

「別に止めに来たわけじゃないけど、話があるの。屋上に来てくれないかしら」

「俺、か」

「そうよ。 待ってるから」

それだけを言うと空宮は踵を返して教室から出ていった。

俺は歌音に声をかけようか迷ったが、小さく震えている歌音を見てさらに罪悪感が増し、何もしないままで俺も教室から出ることにした。

教室からは、小さな嗚咽が聞こえるだけだった。




屋上にはミユがいて、空宮と共に俺を待っていた。

「話って何だ」

俺の吐き捨てるような言葉に、一瞬ミユがこちらを向いたが、すぐに顔をそらした。

「あなた達の気になってるあの子、の話なんだけど」

鋭く指すような視線で俺の眼球を貫き、そのまま話す。

「どうやら天界で能力を奪った者に接触したらしいわ。 特に何があったわけでもなかったらしいのだけど、ものすごく狼狽して神様にあるお願いをしたそうよ」

「お願い、ですか?」

怪訝な顔をしてミユが訊ねる。

「ええ、お願い。 どうやらその子が接触した際、こんなことを言われたそうね。『お前から奪った力でお前の知り合い達を殺してやる。無力なお前はどうするのかな』と」

「何故そのようなことを?」

「おそらくだけど、嫌がらせでしょうね。 でも、本気で殺しに来るでしょうね。 魔王の子だもの、気が狂っているとは今更言わないわ」

「………」

「そこで神から通達よ。 遠征に出した権天使たちが援護に向かうまで死ぬな、ということらしいわ」

今は神の無茶な難題にも俺は興味を示すことが出来なかった。

先ほどから何かが抜け落ちたようで、感情の起伏が無くなってきていた。

自分でも分からない。どうしてしまったのか。

「で、朝浦陽助はミユ、あなたが守りなさい」

「言われなくてもそうするつもりです」

互いが高圧的に言葉を交わす。

そのピリピリとした雰囲気にさえ、俺はどうとも思えなかった。



度重なる今までに感じたことのないストレスに、俺はどうかしてしまったのか。















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