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55話:平手打ち

明けましておめでとうございます。

新年一発目の更新です。


今年もよろしくお願いしますm(_ _)m


「これはこれは、なんか面白そうなことしてるね」

鞄を地面に放り出し、切夜さんはゆっくりとこちらに近づいてきた。

少年はとくに顔色を変えることも無く、しかし俺達からは目を離し切夜さんをただ睨みつけていた。

ただならぬ何かを感じ取ったような顔をしているようにも見えたし、何をか訝しんでいるようにも思えた。

「んで、何してんの? 陽助」

「え、ええと、スイの力が取られたらしくて、それで」

「力? 何それゲームの話しか何か? そんなことで大通りの真ん中で喧嘩するなんて、高校生って言うけどまだまだ子供だね」

「切夜さん! こんな時まで」

冗談を言っている場合ではないでしょう、という前に少年が叫んだ。

「アハハ、なんでアンタがここにいるの? 血を捨てた・・・・・お兄ちゃん」

お兄ちゃん、と今あの少年は言っただろうか。

切夜さんを振り向くが、その表情はいつもと変わらず柔らかくそれでいて鋭さのあるものだった。

しかし、少年が嘘を言っているようにも見えなかった。第一、切夜さんには秘め事が多すぎる。

俺に回答を導くことは不可能だった。

「ん? 何言ってんだガキンチョ、俺には可愛い妹と美人な姉しかいないぞ? もしかして腹違いの弟とか? いやいや、俺の両親に限ってそんな事はないでしょ」

「シラを切りとおすつもりなんだね、お兄ちゃん。 それとも認めたくないの?」

「……なぁ陽助。これは新手の詐欺か何かか? 弟弟詐欺みたいな」

勘弁してくれ、と俺に話を振る切夜さんだったが、何が何だか分からない。

少年は本気で言っているようにもみえるが、切夜さんは本当に知らないといったような顔をしている。

「アハハ、まぁいいや。目的のものは手に入ったし、もう人間界には用はないよ。 ……スイ!」

急に名を呼ばれ、今まで項垂れていたスイはビクッ、と震え顔を上げた。

「これで正真正銘君は落ちこぼれだ。 アハハ、苦悩と絶望に塗れて自分の不幸を呪うといいよ」

そう言うが早いか少年は腕を黒く染め上げて空間を裂いた。

ランのような芸当だったが、それより荒々しく、周囲の空間も巻き込んで湾曲していた。裂けた空間の向こうには荒廃した大地が永遠に続いており、まさに空想上の地獄と現実が重なった瞬間だった。

そんな事を考えるのも束の間、少年はすでに俺達の前から姿を消していた。

ミユが小さく息を吐き、切夜さんは自分の鞄を拾い上げて。

スイは小さく震えながらただ立ちつくしていた。




自宅に着いて夕食を終えた後もスイは思いだしたかのように震え、俯く、そんな事を繰り返していた。

それを見かねたミユが体育祭の練習をしようとスイを誘っても決して首を縦には振らず、ついには自室にこもってしまった。

歌音の作ったプリントが机の上に誰の目にもとまらず置かれているのが妙に悲しく思えた。

それにしても、今回はこの間のような奴らとはスイを狙う手段が違っていた。元々彼らはスイ自身ではなく、その能力に固執していたような気がしていた。だから、今回はスイを狙うのではなく能力を抜き取ってしまうと言う行動に出たのであろう。スイに身体的な被害は無かったというものの、精神的にやられてしまっている。

自分の力を奪われると言う感覚、それは俺達人間には理解できないものだと思うが、もし例えられるのなら出来るはずの事が出来なくなった、という類のものだろう。

自転車に昨日まで乗れていたのに、急に乗れなくなった。泳ぐ事が出来たはずなのに、急に出来なくなった。そういうほとんどあり得ないような体験をしたのだろう。

スイが落ち込むのも分かるような気がした。


その夜、俺は久々に夢の中で天界へ来ていた。

前に来た時と変わらず雲の上浮かんでいるであろう島々は大理石でコーティングされており、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。向こうに見える島には芝生が生い茂っており、その中で無邪気に遊ぶ子供たちの姿が見えた。

「ほっほ、直に会うのは久しぶりじゃの」

後ろを振り向くと、白髭を蓄えた仙人のような風貌をした爺さんがそこに居た。

信じたくはないがこれが皆が信仰する神である。

「そうだな。でも、そんなことより大変なことになった」

「知っておる。スイのことじゃろう。何やら力を奪われたとか何とか聞いておるぞ?」

詳しく知っているのかそうでないのか分からない曖昧な返事を残しつつ神は手を掲げる。

大理石の椅子が出現し、よっこらせと神はそれに座る。

「魔王狂信のものたちじゃろう、そんなことをするのは。 でもま、これでスイも楽になったのではないのかのう?」

「なっ、楽って! あんた今スイがどうなってるのか知ってんのかよ!」

「知っておる。落ち込んでいるのじゃろ。 でも考えてみぃ、抑えるべき魔神のごとく大きな力が無くなったということはの、気を張る必要が無くなったということなのじゃ。それにの、ねたばらしをするようじゃがスイの修行の最終目的はその力を制御できるようにすることだったのじゃ。その力が無くなった今、修行は必要無くなった。だから、スイは修行免除となり、立派な悪魔になれるのじゃ。何をそんなに考え込む必要があるのじゃ」

修行が、必要無くなった?

ということは、当然人間界に居る必要もなくなるわけで、スイは地獄に帰るのか?

「今は落ち込んでおるのかもしれんが、このことに気が付けばスイは喜ぶじゃろう。何と言ってもちゃんと悪魔として名乗れるのじゃ。長年の夢が叶ったのじゃ」

諭すような神の言葉に、俺は危うく飲まれそうになっていた。

本当にそうか? 本当にこんな修行の終わり方でいいのか。こんなことで悪魔を名乗っていいのか?

これは課題が無くなっただけで、達成したことにはならないのではないのか。

「ま、何をどうするか決めるのはスイ自身じゃからの、後でワシから言っておこう。 で、お前さん。何をそんなに不満そうな顔をしておるのかえ」

「いや、………」

考えがまとまらない。否定するべき部分は存在しているはずなのに、何故か言語に出来ない。

喉から出かかっているが、出ない。

まるで、言葉を失ったような感覚だ。

「さて、お前さんももう寝られい。明日も学校じゃろう?」

「何を親みたいなこと言ってんだよ」

「はいさよーならー」

ビキィッ、と大理石の地面に亀裂が入り、浮遊感を感じた瞬間俺はすでに落ちていた。

青い空と白い雲の間を駆け落ちていくさなか、一緒になって落ちてくる大理石の欠片に俺は移り込んだ自分を見た。

酷く、悲しそうな顔をしていた。


次の日、朝からリビングは騒然としていた。

カーテンを開け、戸を開いて朝の空気を入れ替えた後にも関わらず、場の空気は重い。

たまに入ってくる一陣の風も染められていくようだった。

「スイ。何言ってんだ。もう一度言ってみろ」

「だっ、だから……。私の修行は終わったの、だから。……お別れ」

黒のワンピースに身を包み、蝙蝠を模した髪飾りを付けたスイはどこからか持ってきた黒のキャリーバックを片手にそう言ってきたのだ。

これではまるで、別れの挨拶ではないか。

たった今本人がそう言ったのだが、俺は混乱していてまともに頭を働かせられるような状態ではなかった。ましてや寝起きで朝の忙しい時間帯である。

「お前は、それでいいと思っているのかよ」

「はい。………成すべき課題を失った私には人間界に居る必要もないし、だから、帰るの」

「………っざけんな!」

「ひっ」

小さく竦むスイに対して俺は声を張り上げる。

「てめぇは何かしたかよ! 何もしないでここで暮らして、課題が取られたから帰りますだぁ? ふざけんのも対外にしやがれ! 」

「よ、陽助さんに言われたくないっ! いつも偉そうなこと言うくせに、何もしてくれないじゃん! それに私の何が分かるの!?」

「何もしてくれない、だと。……お前はそうやって誰かに甘えているから弱いんだよ!」

「うるさい! 何も知らない癖に。け、結局人間なんかと分かりあえるわけないんだ! 人間界で修行なんて、バカバカしい、何も変わらないよ!」

「おっ、前、は……」

ふつふつと、怒りが湧きあがってくるのが分かった。

スイのわがままな言い分に対して俺は起こっている。いや、ある事実をストレートに言われて頭に来たのかもしれなかった。

握り拳が、作られる。

「可笑しいよ、大体人なんか・・・・と暮らしてどうなるっていうの? 交流っていっても成果なんてないよ! だから人間界なんかに───────」


パァン、と音がした。


ついに我慢が限界に達して、俺の意志とは無関係に手が出てしまっていたのかと思っていた。

でも、違った。

俺の握り拳を作った右手はミユの左手によって握られており、残った方の手でミユが行ったのだ。

「ミユ……ちゃん……」

顔をそむけたままスイはそうつぶやいた。

「スイ、あなた。本気でそんな事言っているのですか」

「…………」

「人間なんか、そう言いましたよね。本気で言っているのですか、と聞いているです」

ミユの感情を殺したかのような冷たい言葉が発せられる。

俺は怒っていたはずなのに、急に頭が冷えてミユの一挙一動に目が離せなくなってしまっていた。

「……るさい」

「何ですか。聞こえません」

「うるさいうるさい、ミユちゃんも! 陽助さんも! 私の気持ち分からないくせに!」

涙をいっぱいに溜めた目をこちらに向け、きっ、と睨んでからキャリーバックを掴んでスイは玄関に向かって走っていった。

ガチャン、と扉の閉まる音が聞こえた。その何気ない音が、酷く重く聞こえた。

「……学校へ行きましょう」

「おい、ミユ」

「知りません、行きましょう」

朝食も取らずにミユは鞄を取りに自室へ行ってしまった。




何気なく目にとまった机の上の歌音のプリントが、さらりと風に運ばれて床に落ちた。














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