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54話:強奪されたもの

たくさん雪が降ってます。

冬休み早く来てくれ。

見たことも無い少年が、目の前に立ちふさがっていた。

歳は俺達より2つ3つ下ぐらいか、背は男にしては少し低めでスイと同じ高さだった。

ただ、注目するべきはそこではなかった。違うのだ。

普通の少年ではない。少なくとも、人間ではないのだ。

まずは風貌。浅黒い肌を持つ少年の目は獲物を狙うライオンのごとくぎらぎらとした眼つきをしており、腕には二つの赤のラインが交差するように描かれている。あまりにも自然に見えたそれは一瞬刺青かと思ったが、すぐにそんなものではないと脳が判断した。あれは刻まれた模様だったのだ。

服装こそ普通だが、並々ならぬ異様な雰囲気を纏わせながら俺たちの前に立ちふさがったのには意味があるのだろう。

なにかしらの、意味が。

「そこを、どいていただけませんか」

先に口火を切ったのはミユだった。危険な相手だと判断するや否や俺のスイの前に立ってその少年に話しかけた。

しかし、その少年は何も答えない。低く唸り、忌々しそうに後ろに居る俺達を睨んでいる。

いや、正確にはスイを、睨んでいる。

「あなたは悪魔ですね。 何が目的なのでしょう」

「……ら、せっ……」

「何を─────」

「力をっ! 寄こせぇっ!」

ベゴォッ、とコンクリートで舗装された地面を蹴り砕き少年は疾駆した。

ミユの横を抜け俺の前を横切りスイの真正面に少年は立ち、スイの腹部に手を突き刺した・・・・・

「スイっ!?」

「だ、大丈夫だよ陽助さん! 全然痛くない、というか痛みを感じない!」

「アハ、はははぁ………。貰った、貰ったァ!」

口から唾や泡を吹き出しながら金切り声を上げた少年はバックステップでスイから遠退き、砕かれたコンクリートの元居た位置に収まった。

「アハハハハ、フフフフフ。 やっと、俺の元に。元ある場所に」

独り言をつぶやきながらアハハと笑う彼に対して、狂っている、と思わざるを得なかった。

今までに会ったどの悪魔より悪魔らしいと言えただろう。

「スイ、本当に大丈夫か」

「うん」

完全に俺の目からは腕がスイの腹部に刺さっていたように見えていたが、大事には至らなかったらしい。

いや、しかしスイは痛くはない、痛みを感じない、と言っていた。

つまり、攻撃は成立しているが、痛みは発生していないと言うことだ。痛みが発生しないことは、攻撃が不成立だったということなのだろうか。それでは何故、彼は笑っている?

「貰った……?」

「陽助さん?」

怪訝そうな顔をしてスイがこちらを見つめる。

少年は『貰った』と叫んだ。もしも、さっきのが攻撃ではなく何かしらの術。例えば呪いだとしたら?

対象者は痛みを伴うのだろうか。攻撃ではないその何かに対して!

「痛くは無かったけど、お返しだよっ!」

スイが叫んで疾駆する。対して少年は立ったまま動こうともしていなかった。すぐにスイは少年に肉迫する。

腕を振り上げスイは少年の頭を目がけて振り下ろした。


ぺちん。


そんな心ない音が聞こえた後、俺が顔を上げるとスイがこちらに向かって吹き飛ばされていた。

その延長線上に居た俺はスイのとの衝突エネルギーに耐えられず一緒になって地面に倒された。

俺の上ですぐにスイは起き上がった。そして信じられないと言った顔で少年を眺めていた。

「スイ、どうした! 何があった」

「まさか、でも、そんな……」

スイを俺の上から退かせて少年を見る。彼の手は黒く禍々しく輝いていた。

俺はその手に見覚えがあった。

いつかスイが使って見せた力の一部。あの時確か、スイの手はあのようではなかったか。

「朝浦様、下がってください。これは非常にまずいことになりました」

咄嗟にミユがへたり込んでいるスイの前に立ちそう言った。

「私の、力が……」

「お前のチカラ? アハハハ、これは本当は僕が受け継ぐべきものだろ? 元あるべき場所に収まっただけじゃないか、アハハハ」

少年は先ほどより幾分か落ち着いてそう言った。

俺はその少年の言葉から全てを悟った。今まさに何が起きているのかを。

先ほど、スイが少年に向かって攻撃したが、それはなんの変哲もないただの打撃だったのだ。

それもそのはず、スイはその前に彼によって力を奪われていたのだから。

ただの打撃で怯むはずもない彼は、反撃としてスイから奪った力を使ってスイを吹き飛ばし、そして今に至る。

大体こんなところで間違いはないだろう。

が、状況を整理できたからと言ってどうなるのだろうか。このまま戦っても勝ち目はない気がする。

ミユは知っての通り守りに重点を置いた力の持ち主なので、どうしてもあの強大なスイの力には勝てない。

そして逃げることもおそらく不可能だろう。

「朝浦様、スイを連れて行ってください」

そんなとき、ミユがそんな事を言った。

「言うと思っていたけど。それは断る」

「『断る』と言うと思っていました。ですが、今の朝浦様とスイは役立たずです。そんな者たちを守りながら私は戦えませんので、消えて下さい・・・・・・、と言ったのです」

冷気を孕んだ声でミユはそう言ったが、ここではいそうですかと引き下がれるわけがなかった。

ランとの一件で一度死にかけたミユが、またここでも身体を張って俺達を守ろうとしているのだ。

ミユが、またミユが傷ついてしまうのは嫌だった。

でも、自分には力が無いと、心の中のもう一人の朝浦陽助が言う。

ミユがそういうのだから逃げたらいいじゃないか、と。

だが、朝浦陽助はそれでいいのだろうか。

例え力がなくても、出来ることはあるのではないのか。

「何をしているのですか、早く消えて下さい」

ミユの隣に並んだ瞬間、いつもの無表情の中に少しの苛立ちを混ぜてそう言われた。

だが、引けない。

「守ってもらう必要なんて無い。俺は俺で自分の身を守るから、ミユはあいつを何とかすることだけを考えてくれればいい」

「馬鹿ですかあなたは。何をしようが人間なんてものは悪魔や天使に対して無力過ぎると言っているのです。どう考えても無抵抗で殺されます。無駄死にしないように私は消えて下さいと言っているのです。学園に戻れば空宮杏梨がいます。彼女に言えば保護してもらえるでしょう。だからそこまで」

「お前は、どうするんだよ!」

大声で叫ぼうが、何も変わらないのは分かっていた。

でも、叫ばざるを得なかった。

ちっぽけな人間の、小さな抵抗だった。

「言うことを聞いて下さい」

「だからっ、聞けるかそんな────────────」

「あれあれ少年、こんな道のど真ん中で痴話喧嘩?」

この切羽詰まる状況の中で飄々とした調子外れな声が聞こえた。

まるでこの状況が何でもないように、いつもと変わらないように普通に俺達に話しかけてきたのだ。

「おっす、少年。なんだかピリピリしてるねー」

「き、切夜さん……」



肩から鞄を下げたその大学生は、顔色一つ変えず目の前の力の塊を無視して俺達をからかいに出てきた。





「ほっほ、これでよし、と」

展開させていた多くの魔方陣を消し去ると、神と呼ばれているその老人は大理石のような輝きを放つ椅子に腰かけてひとつ溜息をついた。

その瞬間を見計らってか、主天使であるランが颯爽と神の前に登場した。

『神よ。先の件は完了しました』

「ほっほ。件、などと格好つけるでないわい。あれはただの罰ゲームじゃからの」

『ぐっ…………。では、我は普段通り職務にもどります』

「ごくろうじゃった。ああ、ちょっとまたれい」

『なんでしょうか?』

背を向けようとしていたランは再び神に向き直り跪く。

「最近どうも人間界に天使や悪魔が降り立ち過ぎているようじゃの」

『はい。特に滝原の近くには』

「ふうむ、滝原と言えば朝浦陽助の区画じゃのう。もしかしてあの二人を送ったのが混沌の種になったのかのう」

『どういう、ことですか?』

「そのままの意味じゃ。修行としてあやつら二人を送ってからというものの様子がおかしいのじゃ」

『いつも通り、神の悪戯ではないのでしょうか』

「んなっ、そんなことはしておらん。ただ……」

『ただ?』

「いや、なんもないよ。ランよ、職務にもどられい」

『…………はっ』

ランは神の言い分が気になりつつもその場を後にすることにした。


翼を広げた天使が見えなくなったころ、再び神は魔方陣を展開してどこかに連絡をとっていた。

「あー、権天使につないでくれるかの? 何、今は仕事中? あやつも仕事熱心じゃのう……。じゃ、伝言を頼まれてくれるかの」



「天使監視下領地を拡大するからの暇な天使を集めて楽しい未知の領域探索じゃ、とな」














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