52話:叫びの予兆
明日は休みだー、ということで鏡のムコウに見えた世界Ⅱ―セカンド―と共に同時更新となります。
体育祭って、参加してないとこんなもんだよね。
地獄、天使と悪魔の管理の行き届いていないその場所で、一人の少年が吼えていた。
気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない、気に入らない。
何千何万回とも叫んだそれは一種の呪いに達するまでの時間はかからなかった。
そう、彼は気にいらなかった。何故自分ではないのか、何故彼女なのか、何故そんなにも控えるのか。
そんな『気に入らない』が積もり積もって彼は行動を決心した。それも、この呪いが完成したからであり、突然に現れた協力者からの力添えがあったからである。
特に難しいことは何もなく、ただ彼女の前に出ていって呪いをかけるだけでいいのだ。
それだけで彼は何千何万回と叫んだその憎しみや悲しみから解放され、今度こそ自分は力ある者になれる。
何しろ自分は、先代魔王の血の半分を受け継いだ隠し子なのだから。
腹違いの兄や姉や弟や妹は天界で監視つきの生活を送っている。彼らはとくに何も思うことなくのうのうと暮らしている。自分が魔王の子供だとか関係なく、自分達は親のようにはならないと必死で言い張ってまで普通に暮らそうとしている。
血の無駄遣い、だ。
折角魔王と言うすぐれた血から生まれたにも関わらずその力を持て余し、あまつさえそれを捨てて生活しようとしている兄弟が憎い。
ただ、少年が先ほどから、最初から憎んでいたのはそんな小さな存在ではなく、大きな力を持つ彼女だった。
血族が違うのに、それなのに力を与えられた奴が憎いのだ。
だが、憎いと思えるのもこれが最後なのかもしれない。
だって呪いをかけたその後に残るものはただの搾りかすなのだから。
今から行うことには失敗は存在しない。その作戦、行動が簡単すぎるから。人間にだってできるはずだ。
「アアアアアアアァッ!」
彼は吼え、地獄の大地を抉る。
腐乱臭が鼻をくすぐり、とても落ち着いた気持ちにしてくれる。そうだ、やはり地獄というものはこうでなくてはならない。
彼は蝿の集る肉片を蹴散らし、その大地を歩んでいった。
体育大会まで残り一ヵ月となった。今日のホームルームも長引きそうで、俺は窓の外を眺めて時間を潰そうとしたが特に目新しいものは無く、結局参加している体で教壇上に立つ委員長の話しに耳を傾けていた。
「この間で種目の割り振りはあらかた片付いたわけですが、問題は『クラスの出し物』です。大抵は集団行動やダンス、応援合戦のようなものになるのですが、他に何か奇抜な案は無いでしょうか。ここ最近は簡単だからという理由でダンスに決めてしまうクラスが多いようですが、それではこの体育大会には物足りないと私は思うのです。他と違ったことをやってこその優勝です。何より、この出し物による点数配点は異常ともいえるので、ここと取っておかないと優勝なんてものは────────」
熱の入った委員長の言葉を聞きながら、俺は委員長の頭上にかけてある円形の時計を眺めていた。
ホームルームはまだ終わらない。熱弁している委員長に飽きたのか、歌音も少し姿勢を崩し、後ろの俺を振り返った。
「いや~、委員長やっぱり気合入ってるね。 朝浦君もあれくらい気合があれば面白いのに」
「あんな気合の入った俺は気持ち悪いだろう」
「そんなこと…………ぶふっ、……ないよぅ」
「歌音、お前は最近ミユのようになりがちだから気をつけろよ」
「それはそうと朝浦君。朝浦君は何をしたらいいと思う?」
少し高めで結んだ小さめのツインテールが跳ね、俺に訊いてくる。今日の髪止めは桜の花びらのワンポイントが入っていた。
「何を、ねぇ?」
「何か奇抜で面白いもの! もちろん、楽しようなんて考えちゃダメなんだからね」
「そうだな……」
少し、考えてみる。
そう言えば、前にテレビでやっていたミュージカルが頭に引っかかった。音楽に合わせて踊り、物語を紡いでいくのだ。ただ踊り統一感を見せるためのダンスではなく、表現を加え劇のように魅せるそんなものを思い出した。
歌うのは難易度が高いため、音楽に合わせた動き、ひとりひとりの配役、効果音などによる表現などを用いればすごく良いものになりそうで無いだろうか。
しかし、難点がある。
それは、とにかく面倒であること、台本製作やら音響編集やら振り付けやらとやることが多い。とても一ヵ月で出来るような物ではないと思う。
難しいことはそこまで追いつめてやる必要はないのではないか、と俺は思い始めていた。
ということで、この考えは却下する。
「あれれ、朝浦君。 何か面白そうなことを思いついた?」
脳内完結した次の瞬間の歌音の問いに、俺は一瞬息が詰まってしまった。
少しばかりの冷汗と、嫌な予感が渦巻いて歌音を見る。
「ね、聞かせてよ」
きゅるん、と瞳を輝かせてそう言った歌音の前で、俺は知らずの内に口を開いていた。
しかし、難点をいくつも挙げ、最終的には絶対に不可能とまで言って俺の案を説明した。
俺の案を聞いた後、歌音は少し黙って顎に手を当て目を瞑り。
次の瞬間、開眼した。
「くわっ! すごく良いと思うそれ!」
ものすごく食いついた。
もしかしたらこうなることがどこかで分かっていたような気もしていたが、俺は素直に驚いた。
ただ、面倒だという気持ちが後から追って強くなってきた。
「な、なぁ、歌音。やっぱその案は止め────────」
「みんな! 朝浦君がすっごく面白そうなこと考えたらしいんだ、聞いてくれる!?」
俺が歌音を止めようとした時にはすでに彼女は発進していた。
キラキラと目を輝かせて俺を立派な人だと崇めるようなものに似た視線。歌音は心底うれしそうだったが、俺の気持ちは分かっていないのだろうか。
あと歌音、お前のその発言は一番やってはいけないことだから、覚えておくように。
結果、劇的創作ダンスという謎の枠に収まった俺の案で、体育際の出し物は決定した。思いのほか他の女子がやる気で、振りつけから音響までやってくれるというのだ。これもお決まりのパターンのように男子勢はそれを見守るまたは少しの手伝いと、主に命令される側のやる気のない人員であふれかえっていた。
つまり、男子は決定づけられたやるべき仕事がないということになる。それは俺にとっては別に良いことなのだが、何もしないということに不安を覚える人にとっては今の流れは最悪であろう。
まぁ、最終的にはそういう人も吹っ切れて適当になるようになれと流れに身を任せるようになるのだが。
委員長を中心としたメンバーは振付を考える担当になったらしく、その中には歌音も含まれていた。ルーズリーフを持ちより、教壇の近くに群れをなしてきゃいきゃいと楽しそうにしている。
ミユは劇の内容を考えるメンバーに加えられており、いつものように淡々と作業をこなしていた。同じメンバーである人たちからは褒められつつも、意見を言い合い、普通に会議らしくなっていた。
「陽助さーん」
スイがふらふらと俺の席の近くまでやってきた。どうやらスイは何にも属していないらしかった。
「なんだ、お前も暇なのか」
歌音の席にスイを促しつつ、俺はそう訊いた。
「うん、私に出来ることはなさそうな気がして………。ううっ」
少し目が潤んでいるスイに対し、俺は何か言葉をさがした。やがて、行き詰った俺は表面的な言葉を選んだ。
「まぁ、お前は出来上がったダンスを完璧に覚えてみんなの手本になればいいんじゃないのか」
「ええー、だって私、鈍くさいし」
「悪魔のくせに使えない奴だな」
「酷いっ! 私泣いちゃうよぅ」
「………。いや、ウチにはミユがいるだろ。だからミユに教えてもらえばいい」
「それじゃあまた聞きみたいだよ」
「お前文句ばっかりだな。 努力することを覚えろよ」
「……陽助さんにそんなこと言われたくない」
スイは小声でそう言った。
俺は聞こえないふりをして、続ける。
「そう言えばスイ、知ってるか。 セツが通学路沿いにある弁当屋で働いているらしいぞ」
「そうなんだ。 せっちゃんが」
なんだろう、この微妙な空気は。
幸い、周りの喧噪によってこの空気は俺とスイとの間でしか流れていないが、それゆえに密度が濃い。
スイは何か落ち込んだ様子で、俺の話すこと一つ一つに反応はするものの、素直に受け取っていないような感じが見受けられる。
「スイ、なんか不機嫌じゃないか?」
「別に、そんなことないよ」
「本当か? 何かあったら遠慮なく言えよ?」
「言ったら、解決してくれるの?」
「え?」
スイの会話のトーンは上げないまま、そう言った。
何か、悩み事があるのだろうか。
「なぁ、なんか悩みがあるのか?」
そう訊いた俺に対し、スイは一瞬だけ目を上げ、しかしまた俯いてなんでもないと言った。
もう一度聞こうとしたその矢先、スイの気配が変わった。
これは、力を使っている時のスイだ。
「………増えた。また、この町に悪魔が増えたよ」
「どんな奴かは分かるのか?」
「ううん、ただ増えたってことしか分からない。悪い奴かそうでないかも分からない、でも、来た」
静かに告げるスイを見て、俺は少し安堵していた。
先ほどまでの弱気な彼女が消えてしまったからだ。正直、この時のスイはきりっとしていて格好良いとは思う。
ただ、またしても俺の嫌な予感というものがしていた。
スイの予感した来訪者は、日常の枠を飛び越え壊す、悪魔だったからだ。