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51話:罰ゲーム

更新頻度はこの程度になりそうです。


人は理解できない不可解な事が起こると、無意識的に意識を飛ばすように出来ているのだろうか。

少なくとも、今俺は一瞬気を失っていたような気がする。ランの殺気の余波のせいではなく、耳から入ってきた情報が脳をぶん殴ったように、頭が揺れ玄関に片膝をついていた。

冗談ではない。俺はオーバーリアクションするほどバラエティーに富んでいるわけではない。

頭が真っ白になり、一度言語を忘れ、再び現実に戻ってきたのだ。

「ラン、今なんて」

『に、二度も言わせる気か人間』

頬を朱に染めてランはこちらを睨んできた。しかし、いつもより全く怖くない、怒りとか威嚇よりむしろ恥じらいが前面に押し出されていて、微笑ましいとか可愛いとかいう感想を抱いた。

だが、これはあってはいけないことなのではないか。

女の子同士の、そういう関係は。

「朝浦様、何をそんなに顔を赤くしているのですか気持ちが悪い」

先ほどのランの発現を意にも留めていない様子でミユはいつも通り俺に毒を吐きつけた。

横眼でランの様子を窺ってみるが、依然として顔は赤いままだ。

リビングへと続く扉の隙間からはスイがジト目でこちらを見ており、それでも俺はスイの瞳の中に宿る好奇心の光を見逃さなかった。

「さて、朝浦様。帰ってきたのなら手を洗って下さい。ただでさえ朝浦菌塗れなのですから早く消毒してください」

「おいやめろ。それは絶対に言ってはいけない言葉だ。朝浦菌とか止めろ。というかやめてください」

「おやおや、もしかしてトラウマを刺激してしまったのでしょうか。それは申し訳ないことをしました」

くすくすと笑うふりをしてミユはリビングへさりげなく去ろうとする。しかし、それはランの切羽詰まったような声で引き留められる。

『み、ミユ。貴様は今の我の話を聞いていたのか?』

「…………」

『な、何故そのような目で我を見る。 わ、我は、こ、恋の愛の、こ、ここ告白を、した、のだ!』

「……………………」

『貴様のことが、す、好きだと言ったのだ! だ、だから』

「……………………………………」

『我の、我の…………………ってやってられるかぁっ、こんなこと!!!』

先ほどまでの赤かった表情とは一変し、別の意味で赤くなったランは被らされているようだった帽子を掴み床に叩きつけた。

肩で荒い息を繰り返し、その帽子を睨みつける。

よく見るとその帽子の裏側には一センチ四方の一枚の紙が張り付けられてた。その紙の中心には小さく(神)と書かれていた。

そこで俺は大体の予想が付いた。いきなりのランの憤慨にミユはいつも通り無表情で何も言わず、状況を理解していないスイはリビングへと続く扉の隙間であたふたと喚いていた。

『これでいいだろう、神よ。十分に、十分に罰になっただろう!』

その紙に向かって怒鳴りつけたランは、何故か俺を睨んだ。

と、その時、おそらくその紙からであろう、神の声が聞こえた。

≪ほっほ! これはこれは面白いものが見れた。 やはり罰ゲームは最高じゃのう≫

子供のように笑い、子供のように喜ぶ神の声を聞いて、俺はイラッとした。

ランも同様にそうなのだろう。握りこぶしをこれでもかと力を込めて握りしめていた。

≪ミユよ、久しぶりじゃの。元気でやっとるか? 先の件はランから聞いた、災難じゃったの。だからこうして罰を与えることで罪消しをさせてやったのじゃがの、楽しんでいただけたかな?≫

終始笑みを含んだような声で神はそう言った。しかし、これではまるで自分だけが楽しんでいるように見えるのは気のせいなのだろうか。気のせい、ではないと思う。

≪ほっほ! ランもこれに懲りたのなら他者を巻き込むのは止めにするんじゃな。ああ、それとミユよ、お主は気にせずともよいぞ。お主に特別な力がない・・・・・・・・・・ことぐらい自分が一番良く分かっているはずじゃからの。ではでは皆の衆、ばいびー!≫

特別腹の立つ言葉を残し、神からの通信は途絶えた。

ランは顔を伏せたまま何も言わずにその小さな紙を帽子ごと燃やしつくした。

パチパチ……と玄関に焚火が出来上がる謎の光景を前に、俺は脱力していた。


さて、この空気。どうしたらいいものか。




お菓子とお茶を用意し、とりあえずランに席について貰ったのだが、先ほどから状況は変わらない。

何か気まずさのようなものが辺りに立ち込めており、ほとんど関係ないはずのスイが先ほどからきょろきょろと視線を彷徨わせ、俺に合わせると何故か眉を下げ、再びきょろきょろに戻る。

ミユはと言えば何も言わずにお茶をすすり、ボーっとしている。椅子に腰かけた姿勢も綺麗なのだが、今の状況ではかえって不自然であった。

「えっと………」

別に何を言うわけでもなく俺はそうつぶやいた。しかし、誰も反応しない。

まるで俺が言った言葉が聞こえていなかったように、俺が口を開いたことが無かったかのように沈黙は続いた。

何かを促さなければ、と思うのだが一体何を、という考えも同時に付き纏う。

そんな時、ランが口を開いた。

『今日は、先の件で謝罪に来たのだ。 ミユ、すまなかった』

「ええ、問題はありません。 結局何もかもを空宮杏梨が収拾して下さったのですからね。 ただ、あなたのせいで束の間私が恥をかいたことを覚えておいてくださいね」

『すまなかった』

ランは深々と頭を下げ、謝った。

これにて一件落着だ。

「よ、よし。これで解決したんだな? 終わりでいいんだな?」

『ああ、だがミユよ。 貴様は戦う力をさほど持ち合わせていないようだが、それでも我にあそこまでの健闘ぶり。貴様には戦術の才があるのではないのか』

「いえ、別にそんな事はありませんよ。 逆に考えて下さい。力がないからこそ、嫌でも戦術を、守るための戦いを強いられていた、それだけのことです」

『そうか。だが、我は貴様を認めよう。 主天使ランに打ち勝つ力を要した天使ミユをな』

「そんな大仰な。 私はただの天使です」

『ふん、我が勝手に思うだけならよかろう』

ずずず、とランはお茶をすすってから立ち上がった。そして空間を裂くといつもの光の漏れる亀裂を生みだした。

『用は済んだ、我は帰還するが。 最後にひとつ、ミユ。貴様から引き出したあの記憶、あれは本当は何なのだ?』

やけに真剣味を帯びた声で、その透き通った白い髪の隙間から鋭い眼光を走らせてミユに問うた。

対してミユはその視線をしっかりと受け取り、平然と言った。

「私にはそんな記憶はありません。 あなたが見たと言うものは何か妄想的な産物でしょう。 何よりもそのような記憶が存在していませんから、本当も何も答えなど無いのですけどね」

『そうか』

短くそれだけ言うと、ランは光の亀裂の向こうに消えていった。

亀裂が閉じる瞬間、もう一度だけランがこちらを見たような気がした。




ランが帰ってからというものの、ミユはいつもより元気がないように俺には見えた。

先ほど話していた内容に心当たりが本当はあったのだろうか。そんな事を考えてしまう。

今も夕食のオムライスを前にして、固まったままである。チーズもかけていないというのに。

明らかな異変を前に、俺はスイを横眼で見た。

半熟玉子のオムライスに目を輝かせてがっついているところだった。

まるで子供のように無邪気に瞳の中に星を輝かせ、大きな口を開けてオムライスを運ぶスイの姿を見ると自然に笑みがこぼれてくるようだった。

いや、今はそんなことよりミユのことだ。

スプーンを握ったまま微動だにしないミユに対して、俺はアクションを起こす事した。

「ミユ? み~ゆ~?」

その一、声をかける。

しかし効果は無かった。どうやら聞こえていないらしく、その瞳はオムライスを見つめたままだ。

どうしたものかと頭をひねる。アクションその二、ミユに触れてみるを実行しようとしたが、止めておいた。

彼女はすでに目に光を取り戻し、チーズをかけたオムライスを咀嚼していたからだ。

「ミユ? 俺の話を聞いてた?」

「話? 話とはなんでしょうか。陽助様はただ私の名前を呼んでいただけでは?」

どうやらしっかりと聞こえていたらしい。聞こえていた上で無視していたのだとしたら酷過ぎる。

「心配無いみたいだな」

「元から心配されるようなことはありませんよ?」

ミユはそう言ってまたオムライスを頬張った。口元に溶けたチーズが張りつく。

問題が無いのであればそれでいい。ミユの元気がないなんて思ったのはただの想像で、俺がそう思いたかったから・・・・・・・・・・なのかもしれなかった。

暗い話題はさておいて、違う話に切り替えようと今日のホームルームの話を振ってみた。

「そういやお前ら、体育祭はなんの種目に出るんだ?」

ミユとスイとは同じクラスだが、ほとんど投げやりな状態でホームルームを受けていたせいで、誰が何に出場するのかは全く覚えていなかった。唯一覚えていることは、歌音が楽しまないとだめだと言っていたことぐらいか。

「私は借り物競走ですね」

口元のチーズを小さな舌でなめとりながらミユはそう言った。

借り物競走、そんな種目があったのか。面白そうではあるが、それ以上に面倒くさそうだ。

「スイはどうなんだ?」

「アタシはハードル走! 今こそこの俊敏さを見せつけるとき!」

得意気に無い胸を張って調子づくスイ。ただ、子供体型であるがゆえに短い脚でハードルを飛び越えられるのだろうか………?

「あっ! 今なんかものすごい失礼なこと思っただろ、そんな奴はこうだ!」

しゅっ、と伸びてきたスイのスプーンによる攻撃で、俺のオムライスのHPが減った。

「ふふーん♪」

幸せそうに目を細めて俺のオムライスを食べるスイ。どこまでも子供のような奴だ。

「そういうあなたは何に出場するんですか、陽助様」

ミユが空いた食器を下げつつそう訊いてきた。

「俺か、俺は、えーっと。 そうだ、玉入れ」

「え、なんですか。下ネタですか、止めてくださいそういうのは。下ネタは存在だけで勘弁してくださいませんかね」

「なんでそうなった!? あと、存在が下ネタってなんだよ!」

「………?」

「なんで『説明する必要があるのですか?』みたいな顔してんだよ!」

「流石です陽助様。そこまで読み取れるようになるとは」

「流石じゃねぇよ!」



今日も朝浦家はやかましく、陽助の突っ込みの声が絶えなかった。















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