50話:惚れ
ついに50話……。
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ランによる高圧的なお願いによって、俺はランを自宅に招くことにしたのだった。
半強制的で最早お願いとも言えなくなった言葉を放った彼女を連れて、俺達は今帰路についていた。
いつもの帰り道である。しばらく学校に残っていたせいで、俺の他に学生らしき姿は見当たらなかった。
そのおかげでこうしてランと一緒に居るのを見られずに済むのだが。
また変なうわさが立つと、ミユやスイに何か言われた挙句に歌音に微妙な目で見られ、芹川には軽蔑されるだろう。だから、これでよかった。
ただでさえランは目立つ。透き通るような真っ白な髪に、整った顔。都会で歩いていればモデルにスカウトされるんじゃないかと思われるくらいに、だ。
芹川を助けたコンビニを横切り、足を進める。後ろからはランがついてきている、もちろん隣に並んだりはしない。並ぶわけがない。
そんなことより、なんで俺達は歩いているのだろうか。ランがいつも移動する際にやっているあの空間を裂く能力、あれを使えば歩かなくてもいいはずで、しかも時間の短縮になると思うのだが。
「なぁ、ラン」
『……何か用か、人間』
「人間じゃなくて……。ああもういいや、なんであの空間ビキビキっ、て能力使って移動しないわけ?」
『あれは我専用だ。他の者は通ることすら出来ない』
「ああ、そうなんですか」
『そうだ。それより、まだ着かないのか』
あんた距離知らないのかよ、と突っ込むことも忘れて俺は足を速める。なんとなく、ランと二人では間が持たないような気がしたのだ。いや、実際持っていない。
ランとの会話が途切れ、少し歩くと、見慣れた黒いシルエットが遠くに見えた。日が沈み始めているから黒いだとか、建物の影に居るから黒いというのではなく、光が当たってもなお黒いのだ。
その黒は両手にゴミ袋を提げ、こちらに寄ってくる。
「あ~、どうも。朝浦さん~」
「あ、ああ、……セツ、か」
なんとなくは分かっていたが、実際こうして黒い物体が迫ってくるのは気味が悪い。言うまでも無く、黒いのはセツの長い長い髪だ。
「でぇ~、そちらの方はどちらですか~?」
すぃ、と髪を掻き分けて瞳が現れ、ランを凝視する。
そう言えば類を見ない組み合わせだった。いかにもキツめなランと少しゆるりとした感じのセツ。この二人は互いをどう思うのだろうか。
「えっと、こちらは主天使のラン。で、こっちは悪魔のセツ。二人とも大体人じゃないとかって判断出来るんだよな?」
『ああ、我は問題ない』
「えっと~、私も問題ないよぉ」
どうしてか二人とも目を合わせない、折角俺が仲介役として紹介したのにこれはどうなのだろうか。
それとも、やはり天使と悪魔は折り合いが悪くてあまり仲がよくないということなのだろうか。
「よろしくぅ~」
『ああ、こちらこそ』
表面的に挨拶を交わした二人は、そのまま押し黙ってしまった。沈黙に耐えかねてか、セツが切り出す。
「え、えっと、私はゴミ出しがあるのでここで~」
そう言ってそそくさと逃げ出すように去っていくセツ。いつもであれば無駄話をしたがるものの、今日はまるでランから離れるようにして消えてしまった。
『どうした人間、足が止まっているぞ』
こっちはこっちで先を促すし、どうやら俺の見えないところで何かが始まっていたのかもしれない。
もしかしたら、俺のただの妄想かもしれない。
マンションのエントランスまで何とかやってきた俺は、ここにきて難関にぶつかった。いや、もしかしたらそう思っていたのは俺だけだったのかもしれないが、俺にとっては難関だったのだ。
「よっす少年。 今度はモデル系少女連れてんの?」
エントランスでばったりと切夜さんと会ってしまったのだ。
普通に会釈して通り過ぎるだけでいいと考えるかもしれないが、俺の後ろには切夜さんが言うようにランがいるのだ。そしてそのランが殺気を切夜さんに向かって振りまいていたのだ。俺に向けられたものではないはずなのに、身体は硬直し嫌な汗が噴き出していた。視線は地面に固定される。
そんな恐ろしいランの殺気に気付かないよう振舞って切夜さんは言う。
「少年はモテモテだなぁ。 俺なんか大学で女の子に声すらかけてもらえないぜ? 」
かろうじて視線だけを切夜さんに向けると、髑髏のピアスがいつものように目に入った。
大爆笑していた。比喩でもなんでもなく、口角を吊り上げて今の切夜さんの言葉に反応したかのように大爆笑していたのだ。とんでもない、こちらは笑っていられる状況ではないと言うのに。
「ん、なんだいモデル系少女。 俺の顔に何かついてる?」
ランの殺気などまるで気にせず笑って見せる切夜さん。ランの雰囲気が変わったのが分かった。
殺気が少しだけ収まり、俺は解放された。思わずその場に膝を付いてしまう。
「おおっと少年。 何、熱中症? 夏休みは終わったけどまだまだ暑いから気をつけないとね。じゃ」
そう言って俺を引っ張り起こした切夜さんはそのままエントランスから出て行った。
ランは硬直したまま動かず、しばらくの間エントランスで俺とランの二人は固まっていた。
ふいにランが口を開いた。
『人間………。あいつは、何者だ』
俺は暑さのため流れわけではない汗を拭いつつ、隣に住んでいる人だと答えた。
『人、ではないな。間違い無く。そして天使でもない、とすると』
「おそらく、悪魔」
そう付け足してやると、ランは小さくうなずいた。それから俺の方を見ると口元を少し歪めてみせた。
俺はそんなに情けない顔をしていたのだろうか。
先ほどから全身の筋肉が固まってしまっていることは分かってはいたが、表情筋までやられていたのか。
なんにせよ、ランのあんな顔を始めてみた。
『何をしている、早く足を進めろ』
「いや、お前の殺気のせいで……」
『情けない。やはり人間は虚弱だな』
「あんなの感じて普通でいられるやつがいたら見てみたいんだが」
震える膝に喝を入れ、なんとかた立ち上がる。
エレベータの上矢印を押して俺はなんとか息をついた。
情けない話だった。普通の人間はこんな体験はしないのだから、情けないも何もないかもしれないが俺は咄嗟にそう思ってしまったのだ。今思えばミユはこんなやつと戦ったのだ。自分には最低限防御するだけの力しかないと知っていながらだ。その時の心情を思うと俺は何をしているのかと考えてしまう。
そもそも比較すること自体がおかしなことなのだが、俺も異常に足を踏み込んでいる以上このままではいけない気がしていたのだ。
人間界で修行のためにやってきたにしてはミユとスイの二人と関わった瞬間に俺の見える世界が変わりすいている気がする。例を挙げれば結構前の話になるが、スイを誘拐した奴らの話にしても、だ。
ちーん、とエレベーターが到着した旨を告げるベルが鳴り、ランと共に乗り込む。
玄関のドアを開けると、そこにはちょうどミユがいた。
まるで旦那さまを迎えるような新妻のように佇んでいたが、それは表面だけで内面は違うと言いきれる。
いつも通り無表情を貼り付け俺のことを見つめていた。
「た、ただいま」
「お帰りなさい。……別の女の匂いがしますね」
「お前はどこの浮気を疑う妻だよ。 今日はお前に客だ」
「え、妻ですか? 嫌ですね、朝浦さんの妻になるくらいなら死んだ方がましですね」
「いや、だから例えだよ! 客がメインだっつーの!」
「例えでも嫌です」
「俺の心に早くもダメージ!? 家に帰っても心休まらないってどういうことだこれ……」
俺が肩を落としてげんなりしていると、後ろからランが割って入ってきた。
邪魔する、と小さく一言呟きミユの前に立った。心なしか学校の屋上で見た時のような顔をしていた。
要するに、頬がほんのりと色付いていた。
『ひ、久しく……』
「ランですか。 久しぶりと言うほど長らく会っていないわけではないと思うのですが」
『そうか。では、本題に入りたいのだがよいか』
「構いませんよ?」
急にもじもじとし始めたランにを見て、俺は先ほどの殺気は何だったのかと表紙抜けしてしまった。
ギャップがあり過ぎて引いてしまった、と表現するべきだろうか。俺はなんだがヘンな気持ちだった。
『ミユ、き、貴様に……』
やっとのことで声を振り絞ったランは、大声で叫んだ。
『貴様に、惚れてしまったのだ!』
リビングの扉で聞き耳を立てていたスイが派手に転ぶ音が聞こえた。