49話:秋は運動の流れ
お久しぶりです、鳴月常夜です!
何でしょう、5か月ぶりぐらいの投稿でしょうか?
色々とごたごたしてましたので、こんなことになってしまいました。
今回からちょいちょい投稿できるようになると思いますので、よろしくお願いします。
また、鳴月常夜の他の作品もよろしくお願いします。
「では、種目振り分けはこれでよろしいですか? 賛成の人は拍手をお願いします」
ぱちぱちぱち……と、控えめな拍手が辺りから上がる。その中の一人に俺も混ざっていた。
秋だ。秋と言えば芸術、食欲、読書、それとあとひとつ、スポーツである。
そう、体育大会の参加種目を今俺のクラスはそこそこのまとまりを見せつつ取り決めていたのだ。壇上には俺達2-Cのクラス委員長が立っており、黒板には借り物競争やら玉入れやらリレーなどの競技が書き連ねられていた。
体育大会。運動の出来ない者にとっては苦痛でしかないこの全学年を巻き込んだ行事。おそらくその前日にはてるてる坊主を逆さまに吊るした者もいるのではないだろうか。かくいう俺もしたことがあった。
これは俺の持論だが、高校生ともなると、運動の出来る奴と出来ない奴の差が激しいとは思わないだろうか。出来る奴は出来るし、出来ない奴はとことん出来ない。つまり、中間層がいないと思うのだ。
並みが存在しない強者と弱者のみの競技。これほどまでに不公平なものは無い。
いつもより顔をしかめて壇上の委員長の話を聞いていると、歌音が不意にこちらを向いてきた。
「おおっ………、ごめん朝浦君。 驚いちゃった」
「いや、多分俺が悪いのだろうから謝らなくていい」
「そ、そうなのかな……。そんなことより朝浦君、なんだか気分がよくなさそうだね」
ホームルームと言うのは普段の授業と違って緩い雰囲気の中で活動をしているので、こうやって前や横の席の奴と話すことは容易にできるのだ。とは言っても俺が積極的に話すわけではないのだが。
「そうだ、俺はあまり運動が好きじゃない」
「えー、そうなの? みんなで海へ行った時は泳いだりビーチバレーしたりしたじゃん」
「いや、それはだな。 楽しければいいんだけどさ。なんというか、体育大会の運動っていうのは半ば強制されているような感じで……。強制されているか」
「駄目だね、朝浦君」
ちっちっち、と指を振って片目を閉じて見せる歌音。妙にその仕草が似合っていた。
「何でも楽しもうって精神で行かないと! そしたら楽しくなってくるからさ。そんなんじゃあやる前から楽しくない、って頭に沁み込んじゃって、いざやると本当に面白くないって感じちゃうんだよ」
「俺は歌音みたいな心持ちにはなれそうもないな」
「気持ちの問題だよ! もう、朝浦君たら」
歌音の俺に運動を楽しくさせようという気持ちがひしひしと伝わってきた。が、しかし。
「そうだな、気持ちの問題だな」
「そうだよね! やあっと朝浦君も分かってくれたかぁ」
俺は分かっていなかった。
分かる気が無かったと言うべきだろうか。やはり根本では俺は運動が嫌いなのだった。
いまさら誰かに何かを言われたぐらいでは変わらない。
種目決めが淡々と終わり、ホームルームは終了して今日の授業はすべて終わった。解放されたのだ。
この学校、滝原高校の体育大会は少々変わっており、全学年が入り混じって4つの団を形成し争うのではなく、種目決めの方法からも分かるようにクラスで争うのだ。
全学年、全クラスで入り混じって戦うサバイバル方式なのだ。
各種目の成果によって点数が与えられ、それらの合計で順位を競い合うといった方式なのである。
ゆえに、クラス全員の団結力が重要となるのだ。俺のようにだるいだの嫌だなどと言っている奴がいる時点で成り立たないことは明白である。
「じゃ、朝浦君。また明日ね」
「おう、部活頑張ってな」
放課後には部活がある歌音はすぐにグラウンドへ向かうべく教室から出て行った。
これもいつもの通りで、俺は無駄な時間を今から教室で過ごすこととなる。視界の端にミユとスイの姿を捉えた。奴らも教室から出ていく。帰宅するようだった。
机に顔を伏せ、俺は頭の中を空っぽにしようと試みた。きっとミユがこの場に居たら、『普段から空っぽのくせにこれ以上何を無くすのですか?』と言われただろう。………そんな事はどうでもいい。
眠ってしまいたかったのかもしれない。こんなことは久しぶりだった。
天使や悪魔が絡む非現実的な世界のことについて悩むことはあったが、普段の生活、ただの日常で悩む事は久しぶりだった。
悩んでいるのは自分についてだった。歌音が気にかけていてくれるにもかかわらずそれを無為にしてしまう自分。つまり、先ほどの運動についての話のことだ。
心の中のもう一人の自分はこんなことではいけないと考えているにも関わらず、一方では面倒だと投げ捨ててしまう自分もいる。
取り繕おうとする自分と怠惰な自分の間で現実の俺はすりつぶされそうなのだ。
もちろん、先の一件でこんなにも悩む必要など無いと思うだろうが、これは今回に限った事ではなかった。思い当たる節は生きている中でも幾つかあった。
「気分、悪いな」
気付けば誰もいない教室で一人きりだった。窓から外を眺めると、木々が揺れ生徒たちはその中で目標を持ち駆けていた。俺には決して見えないであろうゴールに向かって走り続ける同年代の者たちがそこにはいたのだ。それも俺の悩みに拍車をかける。
風に当ろうと思い当たり、俺は屋上へと向かうことにした。
屋上には先客がいた。
「空宮、杏梨………」
少しウェーブのかかった髪に強気な炎を灯す瞳。風に吹かれて彼女は屋上のフェンスに寄りかかっていた。
効果後のその風景は妙に神秘的で、一拍置いて彼女は天使だったことを思い出す。
「何か用かしら」
こちらに視線も合わさずに彼女はそう言った。道端の石を気にする者がいないように、彼女の声にも覇気は無かった。俺の存在を感じていないようなそんな声色だった。
「特に用ってわけじゃ………。風に当たりたいと思ってここに来ただけだから」
「そう」
屋上には良い風が吹く。辺りを一望することも可能なので、監視役の空宮にはうってつけなのだろう。
俺はフェンスに近寄り、グラウンドを見降ろす。陸上部や野球部、サッカー部などが活動していた。
そういえば、と以前の閉鎖空間の事を思い出す。神様に聞いたところによるとあの堕天使は古い友人だとかなんとか言っていたが、実際のところはどうなのだろうか。あれ以降閉鎖空間に飛ばされることは無いし、天界に行くこともない。結局何が何だか分からずじまいだったが、俺は少し気になってしまっていた。
空宮は何か知っているのだろうか。
ふと、目線を横にずらして空宮を窺うが、彼女は目を閉じたまま先ほどと変わらない体勢でフェンスに背を預けていた。
と、その瞬間。彼女の前の空間に亀裂が発生する。彼女のものじゃない、見覚えのあるこの光の漏れだす亀裂は、あいつのものだ。
『智天使ソラミヤ………』
案の定その亀裂から現れたのはランだった。いつも通り真っ白な髪にまるで着せられたような服装。
伏し目がちに、何か申し訳なさそうに空宮の前に現れたのだ。
「何か用かしら? 今日は来客が多いわね」
『……なるほど、貴様もいたか、人間』
こちらを振り向いて苦虫をかみつぶしたかのような顔になるラン。その顔には数パーセントの後悔も含まれていたように思えた。
「朝浦陽助だっていってるだろ」
『………覚えている』
「だったら名前で」
「何か用かしら、と私は訊いたのよ。 何を無駄な話をしているの」
ビュオッ、と屋上に冷たい風が吹き荒れた。気が付けば日は沈み辺りは暗くなり始めていた。
時間の流れがおかしい、そう思う前にランが声を発していた。
『この地に天使と悪魔が存在し過ぎている……? 時間の流れが、いや、日の逃げ方が異常だ』
「そんな事を話しに来たのかしら」
『いいや、違う。今日は、………謝りに来た』
伏し目がちだった目をさらに伏せ、ランは申し訳なさそうに手をすり合わせる。
「そう、懺悔なら………ミユにしなさい。巻き込まれたのは彼女でしょう?」
『分かっている。分かってはいるが……』
「何を考えているの。 もしかして」
『いいや違う! そっ、それだけは断じて!』
急に声をあげたランは、少し頬が赤くなっていた。
それはまるで普通の女の子のようで、俺は少しの間呆気にとられていた。
ぎゅるん! と目にもとまらない速さでこちらを振り向く。その瞳は少し揺れていた。
「な、なんだよ……」
『とりあえず、人間。貴様にも謝っておく。すまなかった』
「そんな高圧的な謝り方があるかよ……」
『そ、それとだな……』
ランがさらに手を組み合わせもじもじとし始める。
見慣れないランの行動に俺は後ずさりをする。なんだか嫌な予感がする。
この予感は、当たってほしくない。
だけど、そんな時こそ俺の無駄な予感は当たってしまう。