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48話:変わらない二者

はいどうも、鳴月常夜です。

前にも書いたように、この更新をもって天使と悪魔の共同戦線は一時休載とさせていただきます。

楽しみにしてくださっている方々(いるか分からないけど)、申し訳ありません。


また、更新の目処が立ちましたら連絡する予定です。

その日までどうか、お待ちください。


朝、昨日と同じ場所で同じようにセツに出会った。例によって彼女は少し先にある弁当屋のエプロンを着用してゴミ袋を抱えていた。長い髪もいつも通りだ。

「おはようございます~。朝浦さん、あれぇ~今日はなんだか生き生きしてますね~」

私とは大違いです~。と言いながらもにへらと笑う彼女。

「前に会った時に思ったんだが、お前その髪で飲食店でバイトしてるのか」

「あ~。それは不潔だって言いたいんですか~? ちゃんと手入れしているって言ったじゃないですか~」

「いや、見た目の問題だよ。 それじゃあお客さんに嫌な顔されないか?」

「大丈夫ですぅ~。だって私はゴミ捨てと掃除とチラシ作りっていう食材には全く関わりの無いお仕事してますから~」

「あ、そうなんだ。……じゃあ弁当屋じゃなくていいだろ、っていうかエプロンするなよ」

「これは広告の一環なんですよ~。それにユニフォームって大事なんですよぉ、団結力を高めるためには」

「………セツがそれでいいならいいんだけどな」

「いいんです~。 それでは朝浦さん、今日もお勉強頑張ってくださいね~」

最後ににぱ、と笑ってから彼女は去って行った。

相変わらず掴めない奴だった。




学校に着いてからというものの、聞こえてくるのはやはりミユの話題ばかりで俺は正直驚いていた。

噂は沈静化するわけでもなく、告白者が急増したせいでさらに膨れ上がっているような気がしていた。

下駄箱で靴を取り換えていると、不意に肩を叩かれた。振り向く。

その者の指が頬に突き刺さった。

「子供か………歌音」

「あははっ。 おはよう、朝浦君」

むにむにと頬をつつきながらも笑顔を絶やさない歌音。昨日とは見違えるほどだった。どうやら先に一人で懺悔を済ませてしまったのかもしれなかった。

「いつもより早いな」

「なんだか早く目が覚めちゃってね」

二人一緒に靴を履き替え、歩き出す。やはり聞こえてくるのはミユのことについてだ。

廊下で集まっている集団、主に男子勢は朝から熱気を振りまきながらも熱弁していた。

内容は、ミユのどこが魅力的なのかというものだった。

ちらりと横を歩く歌音の顔を盗み見る。表面上は平然としていた。

「やっぱり、面白くないか?」

「うーん。そうだね。朝浦君がそういうこと言うってことは、朝浦君も気付いたの?」

「気付いたっていうか、ミユに気付かされたっていうか………。俺は自力で気が付けなかったよ」

「それでもいいよ。気が付いてくれる人がいるだけでよかったよ。ミユちゃんは本当に愛されてるんだ」

「じゃあ歌音も愛してくれてるってことか」

「えっ、うーん。 ………えへへ、そうなるのかな」

頬を赤らめて照れるといった予想外の行動に俺は少したじろぎつつ、歌音の後に続く。

歌音は感情がよく表に出る奴だった。

芹川が悪魔に憑かれたときも拒絶されたときも彼女は堂々と泣き、そして自分の心からの言葉をぶつけていた。

これほど自分の感情に素直な奴も珍しいと思う。記憶喪失前のミユと比べると、まさに正反対という言葉が当てはまるほどに。

「あっ、奈倉先生」

不意に歌音が声を上げた。彼女の視線の先には少し疲れたような顔をした奈倉先生がいた。どうやら職員室から出てきたばかりらしい。

たくさんの資料を抱えて困ったような顔をしている。

「あら、歌音さん。朝浦君も。 おはよう」

「おはようございます。先生、それなんですか?」

「ああこれのこと? これは大学の資料よ。夏休みも終わったし、来年はあなた達も受験でしょ?」

嫌なことを訊いた、と顔をしかめてみせる。奈倉先生は俺の顔を見て小さく笑った。

「嫌だ、って思う気持ちは分かるけどね。 それより、天崎さんは大丈夫なのかしら?」

再び困ったような顔になり、奈倉先生は今の学校を取り巻いているミユの話題を出した。

やはり先生方にも広まっているのだろう、あのミユが変わってしまったという話題は。

「いや、あの………。どうなんでしょう?」

「正直みんな戸惑っているってところかしら?」

「戸惑っているどころか喜んでいるような……」

「特にこれと言って重大な問題は無いってことでいいのかな」

重大な問題、は無いだろう。少なくとも周りの人間にとっては。

「そう、ですね」

「そう、じゃあよかった。あなた達もサポートしてあげてね。記憶喪失になった人が身近にいたことがあるから分かるんだけど、そういう人には支えてくれる人が必要だからね」

そういうと奈倉先生は印刷室に入っていってしまった。




流れるように時は過ぎて放課後。今朝に奈倉先生に偶然出会ったのが伏線であったかのように、俺は先生に駒よろしく使われていた。場所は印刷室で、奈倉先生と共に大学の資料をページごとにまとめ、冊子を作る作業を思考停止しながら続けていた。

そろそろ沈黙が耳に居たくなった頃、紙の擦れる音の境目に俺は先生に口ごたえすることにした。

「なんでこんなに資料があるのに手伝ってるのは俺だけなんですか。その前になんで俺なんですか」

一瞬ビクッと俺の顔を見て身体を跳ねさせた奈倉先生は咳払いをし、笑顔を作って答えてきた。

「なんで、って。 朝浦君は部活にも入って無いし暇なんでしょう? だからああして教室でボーっとしてたんじゃないのかな」

確かに、そうだ。

俺は部活をやっていないし、先ほどまで教室でボーっとしていた。真実だ。

だがそれは、家に帰るとまたあのようなむず痒い空気の流れる空間の中で過ごす羽目になることを考えて心の準備をしていただけなのだ。ミユが記憶喪失になろうともならなかろうとも俺は毎日ああやって教室で呆けているのだ。

もしかしたら、奈倉先生はそれを知っていたのかもしれない。

「確かに暇ですけど………。それにしたってこの束、二人だけで片付けられるんですか」

「片付ける、って言い方はよくないかな。朝浦君。ここは、作り上げる、ってい言った方が聞こえがいいわよ」

「聞こえとかどうでもいいですよ。出来上がった冊子があればいいんでしょう」

「何言ってるの、その過程が大切なんじゃないの。 ホッチキスがズレていないだとか、冊子の外見が整っていたとしても中身が伴っていないと駄目なのよ。 乱丁、落丁があったら不完全なんだから」

「でもそれって、開いてみないと分かりませんよね」

「何言ってるの朝浦君。これはみんなに配られるんだからいつか必ず開かれるに決まっているのでしょ。そんなときにこのページがないーだとかこのページが逆だーとか言われると困るでしょ?」

「それはその時に直せばいいんじゃないですか」

「はぁ、朝浦君ねぇ。 そんなにいい加減な子だったっけ? その場限りで取り繕ってもろくなことなんて無いわよ。 中身を変えるならホッチキスを外さないといけない。そうすると、元あった表紙は穴が開いて歪んだりくしゃくしゃになったりするでしょ? そうなったら最初に外見がよかったっていうのが損なわれちゃうじゃない。なんのために外見を取り繕ったのか意味が無くなるのよ」

トントン、と冊子をまとめて段ボールに詰める奈倉先生。顔にかかった髪を耳の後ろにかけて再び作業を開始する。ちらり、と先生の目がこちらを捉えた────────と思ったらすぐに逸らされた。

「良いもの、っていうのは最初から良いものなのよ。最初の過程で作られたものが一番いいに決まっているの。後になって変えられたものになんて先生はあまり価値を見いだせないかな」

例を挙げると、と先生は一旦手を止めてこちらを見据える。俺も手に持っていたホッチキスを机の上にそっと置く。先生の無駄話が始まるのだ、と俺は直感した。

ホームルームの時も、先生が手に持っていたものが教卓に置かれると話が始まる。これは一種の先生の癖のようなものである。手を空にして話を始める、そういう癖だった。

「朝浦君は今までに選択をして生きてきたよね、この高校を選んだのもそう、一人暮らしをしているということもそうだよね。選択をしてきた。 他にも身近で小さな選択と言えば選択授業かな。 朝浦君は書道を選択していたよね。 それらはすべて今の朝浦君を作った過程、だよ。例えば朝浦君のクローン人間がここに現れたとして、外見はそっくりでも中身が違ったらどう? それは同じ朝浦君と呼べるかな? 人が人を認識する時、一番最初は外見からだよね。だから人は見た目が8割だとか9割だとかっていう人がいる。でも一方に、人は見た目ではないと主張する人もいる。どっちも正解なんだと先生は思う。でもね、どちらかというと先生は後者の意見寄りなんだよね。 さっきのクローン人間の話に戻るけど、同じ空間に朝浦君とそのクローンがいて、中身が違うというのなら見分ける方法はひとつしかないよね。そう考えるとその中身を形作った過程っていうものはとても大切なものだと思うんだ、先生は。そのことから逆に考えると、中身を否定されるのって存在を否定されるのと同じことで、それはとても悲しいことよ」

長々と話す先生の言葉を聞いて俺は少しうとうととしてしまっていた。

咎めるような先生の視線を感じ、俺は質問を出す。

「じゃ、じゃあ。過程が大切って言うのでしたら、先ほどの乱丁落丁を直すって言うのも過程のひとつじゃないんですか?」

「そうね、でも、それを直したことによって冊子は一度崩れてしまっているよね。それに前の過程をひっくり返すことになっている。 それじゃあ今までの過程はなんだったのか、っていう話になるのよ。 それは今までの結果を全て否定してることになるでしょ? 結果良いものになったとして、自分の前の決断を否定してしまうって言うことはどうなのかしら」



気が付けば日は大きく傾き、キリのいいところで冊子作りから俺は解放された。

茜色の夕日が差し込む廊下を一人歩いていると、奈倉先生の言葉が次々とよみがえってくる。

あんなに眠そうにしれいた自分だが、どうやら脳の方はしっかりと記憶してくれていたらしかった。まるでそれがとても重要なことだとでも言うように。

教室のドアを開けると、風が通り抜けた。

カーテンが揺らめいており、どうやら窓が開きっぱなしだったらしい。それと一人、誰かがいた。

「ミユ………?」

帰ったはずで無かったのか、と俺が問う前に彼女は笑いかけてきた。

「お疲れ様です、陽助様」

「お前、帰ったんじゃなかったのか」

俺の前の席、つまり歌音の席にミユは座って俺を手招いた。

それにしたがってミユに近づき、俺は自分の席に着く。

「帰ろうとしたんですが、色々ありまして」

「色々?」

「その、あの、告白、とか」

「そ、そうか」

大変だったな、とは言わなかった。

「あの、陽助様」

「なんだ?」

「前の私と、今の私。どちらがよかったですか?」


────その問いに、俺は少し寒気がした。


「なんで、そんな事を聞くんだ」

「先ほど、告白をしに来て下さった方に言われたんです。『前の君よりずっといい。このままの性格でいてくれるなら俺は本気で付き合いたいと思っている』と」

なるほどそうか、そういうことか。

俺は昨日のミユの質問。その意図が分かった。俺の都合のいい解釈よりもっと良い回答があったのだ。

周りの人のために思い出そうとしていたわけではなく、人に言われたから気になっただけなのだ。

しかもそれは前の人格を否定されている言葉によって。いや、否定という言葉は重すぎるかもしれない。

言うなれば、比較されて、だ。

『前より良い』『今の方がいい』そんな言葉がミユを惑わさせたのだ。

全てがつながった。

歌音と答え合わせする必要も無く、回答が見つかった。

確かに、『面白くない』。

そして、『酷い』。

だから俺はこう言わなければならなかった。友達として、大切な存在として、そして家族として。

いや、言わなければならなかったではなく、言いたかった。

「ミユ、俺はどちらのお前も良いと思う」

「え?」

「最初に言っておくが、これは決められないから言ったんじゃない。 本当にどちらも良いんだ。だって、どちらもミユなんだから。 そして、どちらかを選んでもう片方を否定なんて出来ないから、したくないから、出来るはずがないから」

「………」

「こんなの比べること事体が間違っているんだ。どちらもミユで変わらない。選択肢なんて初めから無かったんだ。俺は、ミユがよかったんだ」

「………………」

「俺は他の奴らとは違う。気が付いていたんだ、ミユだってことが。他の奴らよりミユのことを知っていたから。他の奴らよりずっと、ミユが好きだから。知っていたんだ」

俺は立ち上がり言う。

言おうと思っていた、完全な言葉を。

「どっちのミユだろうと関係ない。ミユは、ミユだから選ぶ必要なんてない!」


少しの沈黙、そしてミユがやっと口を開いた。

「何を恰好をつけているのですか気持ちが悪い」

「え?」

ずいぶんと間抜けな声を出してしまっていた。

今、ミユは何と言っただろうか。

「は?」

「気持ちが悪い、と言っているんです。魔王面のくせして気障な台詞を吐くなんて鳥肌もいいところです。」

「…………ははっ」

「何を笑っているんですかこのマゾヒスト。 まさか朝浦様がこんなに気色の悪い性癖の持ち主だとは思いませんでした」

「ミユ、お前、戻ったのか」

「はい、綺麗に。それはもう完全に。 私には大切な記憶がありますので、記憶喪失になった際には記憶を修復できるような術式がかけてあったのですが。………起動が少し遅かったようですね」

それにしても、とミユは歌音の席から立ち上がる。すぐに俺のそばを離れて、窓に手をつく。

「記憶の無い私はよくもまぁ恥ずかしいことをしてくれたものですね。自分で自分を汚した気分です」

「いや、まぁ………。俺はどちらでもよかったんだけどな?」

そういう反面、よかったと思える自分がいた。

「鼻の下を伸ばしている朝浦様を見たような記憶があります。 ああ、気持ちが悪い」

「………」

「どうやらずいぶんと短い夢だったようですね。まるでメイドのような私と過ごすという夢」

「いや」

やはり俺はここでも、言うべきだった。

「夢じゃなくて現実だ。 ミユ、俺が見ていたのは最初からミユだったんだ」

「なんですかそれは告白ですか気持ちが悪いああ気持ちが悪い」

「一呼吸を置く間もなく貶した!? いや、別にそういうニュアンスで言ったわけではないんだが……」



それでもミユには伝わっていたはずだった。

お前を否定しなかった奴もいたのだ、という現実が。














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