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46話:湧き上がる

今日は午後休講だったので、早めに投稿することが出来ました!

順調に46話目です。


次の更新は、5/15になると思います。

では、また。


夏休みが終わり、学校が始まってしまったという事実に対して憂鬱にならないという今のこの状態は特別珍しいものだと思われる。

普段であれば、夏休み明け初日の学校というものは、気だるさと暑さが入り混じりなんとも言えない気分になるはずなのだが、俺は違った。

むしろ学校に行きたいと考えていたのだ。

もちろん、学校へ向かって勉学に励むより家でだらだらと怠惰な生活を過ごす方がいいと思っている。しかし、そうできない理由というものが生まれてしまった。いや、これは俺の心の持ち方の問題なのだが。

言うまでも無くミユのことである。

性格が変わったからと言って、今すぐ不都合が起こることは無いと昨日辺りに俺は言ったが、それは訂正しておくべきだろう。

問題は俺の心の持ちようなのだが、不都合が起きた。

この際分かりやすく言ってしまえば、ミユがメイドよろしく仕えてくるのが苦痛で仕方がなかった。

傍から見れば『可愛い子がメイドで家に』だなんて最近のライトノベルの内容のように羨ましがられるかもしれないが、俺にとっては脅威だった。

あの、あのミユが、俺に対して仕えるという現状が、現象が、たまらなくむず痒い。

拒否反応のようなものが俺には現れ始めているのだ。

別段、蕁麻疹が発症しているだとかそういうことではない。胸を掻き毟りたくなるくらいの狂った衝動が押し寄せると表現したらいいのだろうか、そういう気持ちが湧きおこるのだ。

もちろん、今のミユはミユであってミユではないようなものなのだが、それでもあのミユの顔で執拗にまで迫られるとこちらとしては体力が持たないのだ。

そう、いつかに話したギャップというものだ。普段は毒舌でこれでもかと言うほどにHPを奪っていく天使でありながら悪魔のような所業を施していく彼女が、逆に傅いて俺に仕えると言った状況。

もしかしたら俺はギャップ萌えというものにハマっていたのかもしれない。

これによって、家の中では逆に気が休まらずに疲れるといった、昨日一日で体験したコレをどうにかするにはどうしたらいいかという解決策に、学校へ行くというものが挙げられたのだ。

学校に行けば、授業もあるし、周りには友達もいるのだから俺への注意は散漫になるはずなのだ。

これに気が付いた時には小さくガッツポーズをとってしまったくらいだった。

要は、『家に居るとミユが何かと気をまわしてくるのが申し訳ないので学校へ行きたい』ということなのである。


気が付けば信号は青になっていて、俺は信号待ちをしていた周りの人より数歩遅く歩みを始めた。

まだ残暑が続く9月。蝉も長いこと生きながらえていて、今日も合唱に精を出している。

ミユとスイは隣にはいない。夏休みのだらけた生活が染み付いてしまっていたスイの世話をミユに任せ、俺は先に家を出てきたのだ。これも夏休み前とは変らない時間差登校である。その意図を説明する間もなくミユは理解していて、快く俺を送り出してくれていた。

本当に昔の事だけを忘れているようだった。では、そう考えると性格の方はどうして変わってしまったのかという疑問が残る。

つい最近の事をおぼえているのであれば、自分がどのような性格であったかも覚えているはずだと俺は思うのだが、何か俺には分からない医学的なものとかが存在しているのだろうか。

それとも、ミユは自分のことについて忘れてしまったのだろうか。

考えても分かるはずは無かった。昨日歌音に考えるだけで停滞してはいけないと言われた事を思い出した。俺は考えを断ち切って顔を上げ、前を向いた。

と、その時。妙に間延びしたどこかで訊いたことのあるような声が聞こえた。前方だ。

「あれ、…………セツ。 何してんだこんなところで」

目を向けた先にはこの先にある弁当屋のエプロンを付け、両手にパンパンになった黒のゴミ袋を提げていた。

相変わらず長い髪は、この季節では見るだけで相手に暑苦しさを与えるのに十分な長さだった。しかし、その下から覗く透き通るような、病的なまでに白い彼女の肌からは冷気を感じるほどだった。

「朝浦さ~ん。お久しぶりです~」

「あ、ああ……久しぶり」

ゴミ袋を掲げたまま手を振る彼女は目立ちに目立っていて、手を振られた対象である俺までもが目立っていた。その状況に少し羞恥心を覚えた俺はそそくさと小走りにセツに近づいた。

「あは~。目立ってますね~」

「それはお前の髪のボリュームのせいだろ」

「毎日ちゃんと手入れしているんですよ~? 触ってみますか、さらさらですよ~?」

「いや、遠慮しとく………。というかセツ。お前そのエプロン」

気付きましたか? と顔を覆う髪の隙間から悪戯気に笑う目が見えた。

その場で一回転し、靡く髪もそのままにセツは言葉を紡いだ。

「この先の『HOTTER弁当』でバイトさせてもらってるんですよ~」

「お前、学校は……?」

「いえ~、私は修行中の身では無いのでスイっちと同級生とはいっても学校に通う必要はないのですよ~」

にへら、とセツは笑って俺の質問に答えた。

そう言われれば、セツは修行中の身であるとは一言も言っていなかったし、俺が勝手に人間界に来ている天使や悪魔は修行に来ていると思い込んでいただけだった。

ということは、セツはただ人間界に降りてきているだけなのか。

「朝浦さんは学校ですか~。引きとめてごめんなさい、時間大丈夫ですかぁ~?」

「おっ、あまりのんびりしてる暇はなさそうだ」

「そうですか~。では、今度はお店で会いましょう~」

にぱ、と笑ってセツはゴミ袋を提げて歩いて行った。

俺も学校へ向かうべく、小さくなっていくセツに背を向けて歩き出した。




教室に着いた俺はすぐに自分の席につき、授業開始までの時間をボーっとすることで過ごす。

特に教科書を広げて予習するわけでもなく、友達と談笑するわけでもなく、ただ席に座っている。

しばらくして歌音が珍しく一人で登校してきて、俺の前の席に腰掛ける。

「おはよっ、朝浦君。 ………どころでさ、ミユちゃん。どう?」

「……さっそく今日から来るらしい。フォローとか頼むな」

「いやぁ、それは朝浦君の仕事でしょ?」

「なんで俺なんだ? 歌音、お前ミユの友達だろ?」

素直に疑問を前の席の歌音にぶつけてみるが、彼女はこちらを振り返ることもせずに言った。

「朝浦君だって友達でしょ?」

それはもう当然だと言わんばかりにそう言い切った。

確かに、そうなのかもしれないけど。

「どうしたの、朝浦君。変な顔してるよ?」

「変な顔じゃなくて怖い顔だろ」

「自分で言っちゃうんだ………。じゃなくて、疲れてる? なんかミユちゃんとスイちゃんが転校してきた日みたいな感じになってるけど……」

確かに俺は疲れていた。それは先ほども述べたとおり、ミユの性格反転のせいだった。

学校では気を使われないようにと歌音にフォローしてもらうつもりだったのだが、まるで歌音は『自分でやれば?』とでも言いたげな雰囲気だった。もしかしたら俺の被害妄想なのかもしれないが、そう聞こえたのだ。………やっぱり被害妄想かもしれない。

「あれ、朝浦君。 どしたの、急に元気なくなった?」

「自分の妄想に叱咤したくなっただけだ」

「妄想? えっちな事でも考えてたのかなー?」

やだー、と身をくねらせながらも一限目の準備を始める歌音。

歌音の果てしない勘違いを正すことも無く俺は、彼女を模倣するように教科書を取り出し、おそらく今日やるであろう内容のページを開いてから窓の外に顔を向けた。

真っ青な空に未だ輝き続ける太陽。天候さえも9月が始まったことから逃げ、夏休み気分のようだった。

ややあって教室のドアが開き、ミユとスイが姿を現した。

「おはようございます、皆さん」

ミユの挨拶に対し、クラスが静まり返る。

それはそうだろう。あんなににこやかに、あんなに丁寧に、全員に向かって礼儀正しく挨拶をするミユを誰が想像できたであろうか。いや、出来ていなかったからこそ皆こうして固まっているのだ。

一拍置いて、一部の男子が吼えた。

─────天崎さんが、天使になったぁぁぁぁぁぁっ!

─────なんだッ、急にッ、性格が変わったァ!

─────夏休みの間に、何があったというのだ!

様々な感想が飛び交う中、やがてその男子勢は声を揃えて言った。


─────完璧だ!


と。

その言葉に対してスイは面白くなかったのかムッとした顔をした。

歌音はらしくもなくやれやれと首を振ってノートを開く。

俺は。

俺はというと。



正直なんと言っていいか、よく分からない気持ちが頭の中に渦巻いていた。














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