44話:変遷
どうも、鳴月常世です。
書きたいことはたくさんあるのですが、時間が足りず、また文章力・語彙力ともに足りないのでこんな結果です。
最終回はまだまだ見えませんね。自分自身分かりません;
感想は随時募集しております。気が向いたらお願いします。
『鏡のムコウに見えた世界』も今日が更新日となっています。
よろしかったら御読みになってください。
ミユが家を出てから何故か俺は嫌な予感がしていた。
嫌な予感、という言い方はおかしいかもしれない。ミユが出て行った瞬間に感じた気配のようなもの、それはもちろん俺の家に居る何かのもので、それが何かということは分かっているのだが………。
とりあえず、俺は嫌な気配に纏わり憑かれていた。
「ねぇ、陽助さん」
「いや、俺は知らんぞ」
「ねぇねぇ、陽助さん」
「俺は知らんぞ、それはお前のだからな?」
「ねぇねぇねぇねぇ! 陽助さん!」
「うるさいなお前! その愛のプリントはお前が受け取るべき愛なんだよ! ミユも言ってただろうが」
「だからだよぉ、ミユちゃんがいない間に手伝ってよぉ! 陽助さんは宿題終わったでしょう?」
だからと言ってどうなのだろうか。
何一つ自分でやっていない真っ白なプリントを押しつけられて、やってやると快く引き受ける奴がいるだろうか。世の中にはいるのかもしれないが、俺は違う。
と言うか、ミユにばれないとでも思っているのだろうか。スイの丸々とした字と、俺のミユによく『象形文字か何かですか?』と言われる文字ではすぐにばれるだろう。奈倉先生にも確実にばれる。
「お願いだよぅ……陽助さぁん……」
そんな目を潤ませて上目遣いで懇願しても俺は動じない。動じない、はず。
スイの頭を鷲掴みにし、机に座らせる。
ペンを握らせ、俺は隣に座る。
「見ててやるからやれ。 分からんところは俺の出来る範囲で教えてやるから」
俺の学力では限界があるが、スイよりは良いとは確実に言えるので少しは役に立つだろう。
ミユにしてみれば俺なんかが教えるのは滑稽だと言うだろうが。
「それじゃあミユちゃんと同じだよう! 何の解決にもならないよ!」
「怒るな、騒ぐな、おとなしくしろ。問題を解け」
「ミユちゃんと同じじゃん!」
ぎゃあぎゃあと喚き散らすスイに対して、俺は少し疲れ始めていた。
もしかしたら、俺が子供を持ったとしたらこんな感じになるのだろうか、そんな事を考えて。
スイを眺めていると、どうしてもお子様というイメージしか湧かない。
小さい背丈、まっすぐ伸びたつやのある長い黒髪、くりくりとした大きな瞳をもつ見てくれは可愛い少女。真っ平らな俎板はもはやそれを象徴していた。
「な、陽助さん……どこを見ているんですか!」
「どこも見ていない。お前は課題をやればいい」
「そこはドキマギしながら『ベ、別にどこも見てねーよ。お前の胸とか興味ないからな』とか言うべきところのはずですっ!」
「なんかミユのような突っ込みの仕方だな………」
ふと、時計を見るとまだ十分も経っていなかった。この調子ではこいつの課題は終わらない。
俺は心を鬼にするように目を少し閉じた。黙る。
沈黙が訪れて、スイのシャーペンが走る音だけが聞こえる。どうやら、真面目にやりはじめたらしい。
が、それも束の間。スイがいきなり声を上げた。
「誰か来る!」
パッ、と目を開いた俺は玄関の方を見やった。誰か来る。スイの言葉によれば、『天使か悪魔か、力を持った誰かが来る』と言うことなのだろう。ただ、俺が玄関を見たのは癖だった。
天使や悪魔なら、わざわざ玄関から来る必要もないというのに。
だが。
ピンポーン、とインターホンの鳴らす音が聞こえた。
律儀にインターホンを押したのだ。何者か。分からない。もしかしたら切夜さんかもしれない。
俺はおそるおそる玄関へ向かい、そのドアを開けた。
そこには予想外の人物が立っていた。
「空宮、杏梨……?」
少しウェーブのかかった髪に、強い意志の炎を灯した瞳を持つ彼女。空宮杏梨だった。
「少し気になることがあって、訊きたいのだけれどいいかしら?」
その場から動くこと無く、俺の目を射抜いてそう言った。
俺に関することか、それとも天使絡みの何かなのか、それならばミユとかスイに話を通した方がいい気がする。ミユは今いないが。
「えっと、それって」
「先ほど天界でミユを見たのだけれど、彼女は何をしに行ったか訊いているかしら」
「確か、ランと会うとか言ってた気がする」
「そう。行き先とかは漏らしていなかったかしら」
そこでふと、彼女の視線が下に落ちる。
俺は気にせず答えることにした。
「えっと、3億………なんとか番地やら。よく聞いてなかったけど、数えることすら面倒なくらいバカみたいな数字だった気がする」
「そう、ランは一度ここに来たのね」
「えっ、なんでそれを?」
「靴」
「え?」
「靴、よ。そこに置いてあるの、彼女の靴でしょ? 幾重にも魔方陣が張り巡らされているわ。……そう、3億越えね………」
溜息をつくように彼女はそう言い、俺の目を再び見た。
「あなた、嫌な予感はしないかしら? いえ、別にしなくてもいいわ。天界に行ってみなさい。きっとミユとランは戦っていると思うわよ」
俺はその言葉の意味が分からず、頭の中で別方向の解釈を試みたが、やはり俺の辞書の中の『戦い』にしか結びつかなかった。
ミユとランが、戦っている? 何故?
「その靴、戦闘用に特化した魔方陣がかなり多く組み込まれているのよ。そこまで言えば分かるかしら、ええ分かるわよね。それじゃ、私はこれで」
問題だけを残し、空宮杏梨はここから去ろうとしていた。
俺はその背中にお願いをした。するしかなかった。
「ちょっと待ってくれ、状況が分からない! でも、お前がそう言うんだったらそうなんだろ!? 戦いってことは、そういうことなんだろ? じゃあさ、勝手で悪いけど、伝えてくれて感謝してるけど、まだお願いされてくれるかな!? 空宮も、一緒に来てくれないか」
そう言われるであろうと、空宮も薄々感じていた。
しかし、その歯ぎしりを止めることは出来なかった。
「そうね、場所が分からないんじゃ行っても仕方がないものね」
背を向けながら彼女はそう言った。
その間、絶対にこちらを向かなかった。
肩が脱臼すると喚くスイの両腕にぶら下がりつつ、俺達は天界の空を飛んでいた。
空宮杏梨から聞いた話によると、3億越えとは、天使の監視がついていない無法地帯のような場所で、そこで会うということは決闘もしくは極秘の話をするなどと言った人目に触れられないようにしなければならない物事を行うと言った暗黙のルールのようなものがあるらしい。
おそらく、ミユはそれを知っていて行ったのだろう。
スイによれば戦闘には特化していないミユが戦うのは無茶だということだ。
であれば、俺達が辿りついたその先で見るのはどのような光景なのだろう。そして、スイはその予想されるべき光景を見て、自我を保てるのだろうか。
不可能。
そんな言葉が頭をよぎる。ただ、今回はそんなにも身構える必要はないと思われた。
俺達の後方には空宮がついてきてくれている。
絶対的な安心感の塊が存在していること。俺の中では空宮はそんな存在だった。
口では忌々しげに言いながらも行動はしっかりと起こしてくれる。今回のことだってそうだ。
わざわざ家に知らせに来て、そして俺達についてきてくれた。
少し無愛想でキツイ眼つきをしているが、根はやさしい奴なのだと実感したのだ。
「陽助さん! あそこ」
スイの声に反応して考えを断ち切ると、目の前には荒れた大地が広がっている一つの離れ小島が見えた。
おそらくあそこにミユがいる。
その浮島に降り立つと、風と共に焦げた臭いが運ばれてきた。料理が焦げた時のようなそんな生易しい匂いではなく、もっと得体のしれない嗅いだ事のないような違和感のある臭いだ。
「ずいぶんと派手に暴れたようね。これは『暴発ノ槍』の被害のようね」
地面にしゃがみつつ、燃え尽きた野草を掴み空宮はそう言った。
その焦げ跡は道のように続いていて、少し小高い丘の向こうまで草が、地面が焦げ上がっていた。
「あの丘の向こうに………」
「陽助さん、行こう!」
スイが先行して走り出し、俺もそれに続く。
空宮は唇を噛みしめたままだった。
丘の頂上で見たのは、異様な景色だった。
俺は自分の身体で血の気が引いていくのが分かった。
ミユが。
ミユが。
ミユが。
ボロ雑巾のようにして地面に投げ出され、空を仰いでいた。
手足はおかしな方向に捩じ曲がり、関節部からは白い個体───────骨が突き出していた。
まるで壊された人形がゴミ溜めに廃棄されたようで、俺は震えが止まらなかった。
それに。それに、だ。
あの桃色のサボテンは何だ?
遠くて良く見えない、がそれでよかったのだろう。脳が、本能が告げていた。
あれを近くで見てはならない、と。
ただ、人型の何かにガラスの破片が余すところなく突き刺さっているように見えた。
それは俺の中だけの虚像で良かった。それでよかった。のに。
「み、ミユ、ちゃん………?」
「……酷い有様ね。 廃棄された人形に天使基盤サボテンってところかしら」
驚愕しているスイに対して、さほど苦にもしていない空宮。
その二者を比較して何かに気付けるほど俺の頭は整理されていなかった。
足が震える。動けない。
声が出ない。何かを言わなくちゃならない、でも言えない。
そんな俺の様子を見てか、空宮は一瞬悲しげな表情をしてミユだったものに近づく。
「何を考えていたのかしら。勝てるはずもない相手に対して。………逃走がそんなにも嫌だったのかしら」
淡々とそう言った空宮は、ミユを中心にして術式を展開。それはたちまち光を発して、分裂し、展開し、ミユを包み込む。
その最後を見届けないままに空宮はサボテンの方に向かっていく。
「あなたも何を思ってこんなことをしたのかしら。一介の天使に対してそんな大きな力を振う必要もなかったと思うのだけれど。………こちらは生きているんでしょう? 返事をしなさい」
空宮はサボテンに向かってそう話しかけると、そのサボテンがブリキのように動き出す。
ギシギシと、自らの棘同士を擦れさせて嫌な音を奏でながらその者は手を前に突き出す。
そして一呼吸。全身の棘が撤去され、本体があらわになった。
『不覚、だった』
その声を聞いて、血達磨になったその者の正体がようやく理解できた。
『我が冷静さを欠くなど……』
独り言のように呟くそれを空宮は聞き流し、術式を展開させる。
血は綺麗に拭われ、傷も癒え、ランは元あるべき姿に戻った。
『すまない、智天使ソラミヤ。 我は……』
「いいから消えなさい。神に連絡をとって然るべき処置を受けなさい」
『………』
空宮の零度の声色にランは何も言い返さず、黙って翼を広げて飛んで行った。
やっとのことで身体の自由が戻った俺は、ミユの元へ駆け寄る。すでに術式は光を失い、崩れ去っていた。ミユも外見は完治しており、問題は無いようだった。しかし、目は覚まさない。
「み、ミユちゃん!」
「落ち着きなさい。今は精神的疲労回復のために眠っているだけよ」
「そ、そうなの、か……」
死んだように眠るミユを見て、俺は不安が拭いきれなかった。
だからと言って何が出来るわけでもなく、ただ手を拱いてミユが目を覚ますのを待つことしか俺には出来ない。
「ミユは私がた………、あなたの家まで運んであげるから今は帰りなさい」
「あ、ああ………。 ありがとう」
「礼には及ばないわ」
苦しげにその言葉を発した空宮を背に、俺達は人間界に戻った。
夏休み、最終日。
昨日は結局ミユは目を覚まさなかった。
空宮は『そのうち起きるわ』と言っていたが、夕食の時間帯になってもミユは目覚めず、不安な面持ちのまま晩御飯を食べたことを覚えている。何を食べたのかは忘れてしまったが。
もしかしたらこのまま目を覚まさないんじゃないか、と思ってしまう。
そんな想像は振り払う。
ミユはいつだって俺を陥れるために演技をしてみせるのだ。だから、今回だって本当は目覚めているのだけれど寝ているふりをしているなんていうオチなのだ。そうに違いないのだ。
だから、俺は眠ろう。
今は午前3時。一睡も出来ていない。
そろそろ空が明るんでくる頃だった。
今ここで寝て、次に目が覚めた時。いつものようにミユが起こしに来てくれることを願って。
俺は眠ることにした。一抹の不安と共に。
「……け、さま。…よ………けさま。ようすけさま」
「ん………うぅ……」
何者かによって身体が揺すられている。控えめに力を加えて、優しく揺り動かしてくる。どうやら俺は誰かに起こされているらしい。
誰か? ………誰だ?
俺は初めてであろうこの起こされ方に違和感を覚えていた。
睡魔と闘いつつ、目を開ける。そこには柔らかく微笑んだ、あり得ない彼女の顔があった。
「は?」
「おはようございます、陽助様」
柔らかく微笑んだミユが。俺のベットの淵に手をついて、俺の顔を覗きこんでいた。
かああああああっ! と自分の顔が熱くなるのが分かった。おそらく、赤くもなっているはずだ。
と、その前にこれはなんだ!?
ミユ……が目覚めたことはいいとして、この柔らかな笑顔は何だ?
ミユは一度たりともこんな顔をしたことは無かった。どちらかというと、無表情で喜怒哀楽が読み取りにくい方だった。
それが。それが何故今こんなことになっている!?
「陽助様?」
可愛らしく首をかしげて目を丸くするミユ。殺人的に可愛かった。ただ、何かがおかしい。
「や、待て待て。そうだ、これはミユの罠。そうに違いない……」
「陽助様? 何を言ってらっしゃるのですか? 朝ですよ、ご飯、冷めてしまいます」
………?
今、こいつは何と言った?
「え、と。今なんて?」
「ご飯、冷めてしまいますよ?」
「お前が……作ったのか」
「そうです」
にぱぁっ、と笑うミユの顔に、俺はノックアウト寸前だった。
こんなにも、こんなにも表情のあるミユが可愛いだなんて思いもしなかった。普段から可愛いとは思っていた、しかし、表情が付け加わると一段とレベルが上がる。
ってそんな事を分析している場合ではなかった。この状況は何だ。
「み、ミユ。そろそろ……止めにしないか?」
「何をですか?」
「それだよそれ」
「それ、とは?」
またも可愛らしく首をかしげるミユ。どういうことだこれは。
何か、何かがおかしい。いや、足りないのか。
それどころじゃない気もするが、………毒が足りない!
「ミユ、お前……おかしくなったのか」
「おかしく、ですか………。確かにそうかもしれません。私、記憶が」
「記憶、が?」
「少し曖昧になっちゃって……。陽助様やスイちゃんの事は覚えているんですが、ここ何年かの事がすっかりと抜け落ちてしまいまして」
それは、もしかして。
「記憶喪失、という奴なのでは……」
「んー。そうかもしれません!」
100%の笑顔で彼女はそう言った。
その光景に俺は愕然とすると同時に、その愛らしさから頭がおかしくなりそうだった。