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40話:共同戦線

降り立ったその地は酷く異臭が立ち込める焦げ上がった大地だった。

破壊された武器が乱雑に放置され、毒ガスを噴き出す紫色の沼が気泡を生んでいた。

酷い、とミユは心の中で思っていた。

これはスイ自身の心象風景ではない。彼女に何物かが介入し、その作用によってこのように捻じ曲げられたのだ。スイはこの風景の中のどこかで震えているはずだった。早めに探し出さないとこの世界に吞まれてしまうとミユは感じていた。

羽を二枚展開させて、黒い空に飛び立つと向こうの方に小さくうずくまる女の子の姿が見えた。

ミユは猛スピードでその女の子に近づいて声をかけた。

「大丈夫ですか、スイ」

振り向いた女の子はスイではなかった。

背格好はスイだった。しかし、肝心の顔がスイではなかった。

顔が無かった・・・・・・

「っ────────!」

咄嗟に身を引いて、その女の子に向かって薄い桃色の装飾剣を突き刺す。

女の子の肉を掻き分けて進んでいく装飾剣からはぐちゅぐちゅとした嫌な感覚を伝えてきた。

紫色をした鮮血を噴き出し、女の子は倒れる。ビクン、と一度痙攣してからその死体は最初からそこに居なかったかのように灰になって消えてしまっていた。

「最悪、ですね………。この心象風景を作り出した者の心の中はどうなっているのでしょうか」

苦いものがこみ上げてくるような気がしたのでミユはこの場から立ち去ることにした。

再び飛びあがってミユを探す。

見渡した心象世界には大量の女の子がうずくまっていた。それらの全ての姿形は違っていて、それらの誰もが偽物だった。

想像を絶する光景だった。気分が悪い、ここに一秒でも長く居たくない。

そんな考えを振りほどくようにミユはスイを探す。

今朝スイがやっていた波動を計測する術式。ソレを見よう見まねでミユは展開を試みる。

十秒もしないうちに術式は正常起動し、スイの位置を知らせてくれた。自分の器用さに改めて驚くが、それ以上にスイとの距離に驚いた。

この術式にはスイとの距離はおおよそ10仮想kmと表示されていた。

こんな地獄を数kmにわたって生成したスイに介入した何者か、そしてそれほど強大な心象世界を壊れずに保つことが出来ているスイの精神力。それらには感心せざるを得なかった。

スイの心は弱くはなかった。彼女が気がついていないだけで、素晴らしい広さだった。ここが犯されていなかったならどれほど綺麗な情景だっただろうか。

「……感心している場合ではありませんでしたね」

ミユは加速術式を4つ展開させて超速度で10仮想kmをほんの少しの時間で飛び越した。

スイはしっかりとその地点に存在していた。

しかし、それはミユの予想とは違った状態で。

スイは両足をしっかりと地面につけて立ち、数メートル前の男を睨みつけていた。

「スイ」

「ミユちゃん……あの人だよ」

術語を省いて話すスイに、ミユは予感した。この男は危険すぎると。

前にスイを拉致した男よりもさらに、いや、次元の違うレベルで強い。

休日に買い物に出かけるにふさわしい服装をした男、見た目から判断すると大学生辺りだろうか、しかし男は悪魔である。見た目では大学生だが、年齢を予想することはできない。

耳には不自然に笑う髑髏のピアスが輝いており、それがまた力の大きさを誇示していた。

「天使と悪魔……共同戦線ってやつかな。しっかし、あまり大きな力は感じないな。それじゃ少年が生きているのはなんで? ってことになるんだが……、まぁ。暇つぶしぐらいにはなってくれよ」

男はそう言うと、耳の髑髏のピアスを一撫でした。

その行動にピアスは反応して気化し、黒い霧となって男の耳から離れた。徐々にその霧は体積を増していき、髑髏の顔を造形する。一瞬にして髑髏は光沢を生み出し、つるつるとした真っ黒な表面は漆塗りを思わせるのに十分な反射率だった。

次いで骨だけの腕を顔から四本生み出し、地面に手をついた。まるでその様は蜘蛛のようで、気味が悪かった。

髑髏がこちらを向き、不可思議な笑みを浮かべる。目の奥には赤い光が灯っていた。

「これは………」

「ミユちゃん、私どこかで見たことあるよこの髑髏」

「言わなくても分かっています。有名なアレですね、全くどうしてそんなものがここに居るのでしょう」

そう言いながらも羽に加速術式を添加させ、ミユは装飾剣を片手に臨戦態勢を取る。男の方を見ると、どうやら戦う気はないようだ。髑髏だけで私たちを倒せると思っているのだろう。

スイに目配せをした瞬間に前に飛び出し、髑髏の腕に一閃、顔面に一閃、攻撃を行った。

空中で旋回して再び髑髏に目をやると、地面に沈んでいた。おそらく切られた腕のせいでバランスを崩し、地面に激突してしまったのだろう。瞬く間の砂煙が舞い、視界が覆われた。

剣を構えて砂煙の鎮静を待っていると、目にもとまらぬ速さで真っ白な腕が飛んできた。

目で捉えて脳で感知した時にはすでに地面に倒されていて、大きな腕に押しつぶされていた。

かろうじて指と指の隙間に頭は回避させられたが、半身は掌に押し付けられていて身動きが取れなかった。白骨だけのくせにものすごい力だった。これは魔力の塊だと知っていてもそんな事を思ってしまう。

「ミユちゃん!」

スンッと空を切るような音が聞こえると、身体を抑える体重は消えてなくなっていた。

見ればスイが真っ黒な霧を腕に纏わせて自分を抑えていた腕を断ち切っていた。

本体から切り離されて魔力の供給が無くなった腕は消え去り、自分を縛るものは無くなったのだ。

「すみません。相手の攻撃が全く目で追えませんでした」

「ううん、私も見えなかったよ……。でも、速いだけなら!」

続いてスイが先陣を切った。それを追ってミユも飛び立ち、射出術式を展開させて装飾剣を数百本という単位で射出した。雨のように降り注ぐ装飾剣の全てを受けた髑髏は少し傾いたが、それだけだった。

元々攻撃力には期待していなかった。怯ませさえすればそれでよかったのだ。

その怯んだ隙を狙ってスイは一瞬、力を解放させて腕を変質化させて髑髏を真ん中から断ち切った。

人の色をしていないスイの右手は鋭く光沢のある黒の腕になっていて、ミユは少し目を逸らしてしまった。あれはスイの中に居る悪魔の力の一部である。スイにはアレが精一杯で、それ以上力を解放してしまうと力に逆に吞まれてしまうのだ。パキィン! という甲高い音とともにスイの腕を覆っていた黒の光沢は四散した。

一瞬の力の解放と即座の力の放棄、これが出来なければスイはすぐにでも自らの内なる悪魔に侵食されてしまうのだ。

「流石にやるな。でも、戦闘中に余所見はいけない。あと、確認もしていないのに倒したと思うのは早計だ、最後まで気を張って、抜かりなく」

男のその言葉が耳に届いた時にはすでに遅く、二人は髑髏の腕に押し倒されていた。

大木ほどあるその腕に、丸太のような太い指、上から押さえつけられたこの状況では抜け出すことは敵わなかった。


何の対策もしていなかったら、の話だが。


突如、空中にいくつもの魔方陣が出現し、その中心から赤いレーザービームが大量に噴出される。

そのレーザーは性格にミユ達を捉えている腕だけを狙って、粉々に破壊してしまう。それでもレーザーの雨は止まない。魔方陣は角度を変えて、徐々に本体にレーザーは迫っていく。

それは後ろにいた男さえも巻き込んで大きな爆発を起こした。

先ほどとは比にならないほどの砂煙が舞い、視界はおろかその場に居た者の身体全体を包んでしまって自分たちがどこに居るのかさえ分からなくしてしまった。

これに紛れて後方に下がり距離を取ろうと考えていたミユだったが、その考えは男の声により壊される。

「残念。視界に頼って戦う者は三流、コレは戦闘の基本だ。知らなかったのかそれとも俺を三流以下と認識したからなのか………。どちらにせよこの方法で距離を取ろうと考える時点でお前たちは三流だ」

破壊されたはずの白い腕が再び伸びてきてミユとスイの身体を掴み締め上げる。

「っう…………」

「うぁああっ………」

役目を果たした魔方陣は消えてなくなり、用意していた小細工は無くなってしまった。

白い腕に掴まれているせいで両手も使用不能、振りほどくことはもちろんできない。

だが、スイは。

「うぁっ………掴んでるだけで、全てを拘束した気にならないでよね!」

ズバァン! と内側から白い腕を破壊し、瞬く間にミユを掴んでいた腕も切り裂く。

大した攻撃力だった。しかし、スイの精神状態も危うい段階に来ているとミユは読んでいた。

先ほども説明したとおり、一瞬の力の解放と即座の力の放棄にはかなりの集中力と精神力が必要となってくる。戦闘時に集中するという行動はかなりの疲れを要するものとミユは知っていたし、実際スイは疲れてしまっている。

力を使いながら戦って、勝敗が決まらないまま長引けば、スイは自らの力にのみ込まれてしまう。

かといって、力を使わなければあの白い腕一本につかまるだけでENDだ。

ミユはスイの力に頼ってしまわないように魔方陣や術式をいくつも空間上に仕込んでいた。

しかし、量が増えれば増えるほど隠しきれなくなるし、誤作動も多くなる。

配置した位置を覚えていなければ自身の脅威と様変わりしてしまう。

やはりこの戦いは短期決戦であるべきだった。

今からでも遅くはない。ミユはスイに再び目配せをする。驚いたようにスイは目を見張ったが、すぐに理解してくれたようで顔を引き締めて相手の男を見据えていた。

「三流は言いすぎだったかもしれないな。いい目をしている、俺は決して誰かの上に立てるような男じゃないし、師匠の真似ごとをするつもりもない。でも、感想くらいは述べられる。いい目をしている。自分たちの力を出し切って相手に向かっていく覚悟、片時も自らの主人を忘れないのも良い。少年は最高の使いを回されたようだな。いや、確か修行に来てたんだったか」

「戦闘中にお喋りですか。ずいぶんと余裕なんですね、それとも戦闘中はできるだけ言葉を控えるようにという教えも守れない三流でしたかね」

「ははははっ! おもしろいことを言うねクール系少女。 俺は確かに三流かもしれない、無駄口を叩かずにはいられないんだよ」

「自ら自分の愚かさを認める者は決して弱くはない。それくらい知ってます」

「あれ? 俺の裏言葉に気付いた?」

「生憎私はひねくれていますので」

「そうみたいだな」

男は言うと身体を捻ってスイの追撃をかわした。ミユとの会話の間にスイは出来るだけ気配を殺して男に歩み寄っていたのだ。

それも気付かれていたようだが。

「透過率は30パーセントってところか、実践で使うにはまだまだ甘過ぎる!」

男と入れ替わりに髑髏が降ってきて、スイを拘束しようと四本の腕が伸びる。

それをすかさず破壊するのはミユの役目。仕掛けた魔方陣のうちのいくつかを作動させ、エネルギー弾を打ち出す。白い腕にヒットした弾はすぐに破裂し、腕を破壊する爆風へと変化する。

それと同時に加速術式をスイに添加させ、スイの移動速度を底上げする。

弾丸のように飛び出したスイは髑髏の腕の隙間を駆け抜けて男に迫る。男はスイを迎え撃つ態勢に出るが、そうはさせない。残った魔方陣を総結集させて、男の行動を捕えて制限させる。

魔方陣からはいくつもの蔓のようなものが伸び、男の四肢を絡めて縛り上げる。

それはスイが男に迫るまでの一瞬の間で行われ、拘束が完成した頃にはスイの振り上げた強化された腕は男の眼前に迫っていた。

───────ゥゥゥゥッ! と音にならない音がそれぞれの鼓膜に響き、ビリビリビリと力の残滓が大気を震わせていた。

決まった、とミユは離れた位置から見てそう思った。

コンマ一秒単位での補助と攻撃の展開。死にはしないものの、致命傷は与えたと言えるはずだった。

言えるはずだったのだが、宙に浮かぶスイの顔が芳しくなかった。

まるで今の攻撃が空を・・・・・・・・・・切ったかのような・・・・・・・・顔をしていた。

いや、実際そうなのだろう。結果はすぐにミユの目に映った。

「残念、だっだね。 君たちが捕えた俺は俺じゃなかった。その可能性を考慮するべきだったね、とはいっても今の状態じゃあ見破るのも大変だとは思うし、これしか勝つ手はなかったか」

傷一つなく男はスイの少し後ろの位置、髑髏蜘蛛の背の上に立っていた。

完敗、どころの騒ぎではない。これは戦いにすらなっていない。

強者がただただ弱者を狩るだけの遊戯、それに等しかった。

こちらの全力を尽くしてこのざまだ。相手は汗一つかかずこちらを眺めるように佇んでいる。

「どうしようか、少女達。 ここで俺が少女達を殺すことも可能なんだけど……。まだ遊ぶ?」

ミユはスイの近くに寄り添い、身を寄せて男を睨みつける。

どうしようもないことは分かっていた。しかし、対抗する術は潰され力は枯渇してしまった。

もう何も出来ることは無いのだ。現実に戻り陽助に別れを言うことすらも許されず、ただここで死んで無となる。何気なく出かけたショッピングのさなかに別世界で死ぬのだ。

これほど拍子抜けすることはあるだろうか。

「聞いていた通りに性格が捻くれているわね、黒宮切夜」

凛、とした声が殺伐としたこの空間に響き渡った。

その一声でこの世界が浄化されたかのように大気が揺れ、大きな力がこの世界に降り立ったことを示した。

「はじめまして、かな。智天使の空宮杏梨」

「他人の心象世界でこれだけ暴れて気は晴れたかしら。 さっさと日常に戻りなさい」

そう言って空宮杏梨はこちらと向こうに目をやり、うっとおしそうに髪を払った。

黒宮切夜と呼ばれた男は肩をすくめて、髑髏の存在固定を解除し、そして。


白骨化した腕のみを再構成して引き伸ばし、空宮杏梨に攻撃を仕掛けた。


バァン! という音とともに白骨は粉々に吹き飛び、地面に落ちた残骸はすぐに空宮杏梨の足によって踏み砕かれる。

「なんの、つもりかしら」

「いや、ほんの挨拶のつもりですよ。一応俺、この世界では大学生やってますから」

「そう、年上ということなのね」

空宮杏梨はそう言うと黒宮切夜に歩み寄り、手を伸ばした。

何を勘違いしたか黒宮切夜は自身の手を差し出し、そして。

「喰らってくれるかしら」

空宮杏梨のそんな言葉と共に強烈なビンタが黒宮切夜の頬に飛んだ。

「はっ……あ?」

「これは私自身の怒りの現れではないわ。でもね、私に関係ある人の怒りを代弁したものよ。その人はきっとここでの出来事を知らないとは思うけど、だからこそ、だからこそ私が代わりに殴ったのよ」

珍しく長く喋った空宮杏梨はそれで満足したのか、この心象世界からすぐに離脱してしまった。

黒宮切夜はそんな彼女の光景を見て再び肩をすくめてから同じように姿を消した。

そして残ったミユとスイはあまりに唐突な話の展開に頭の中が混乱していた。



それは、状況を理解しようと試みるよりも生き残ったことを考える方が優先順位が高かったからだった。
















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