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39話:日常風景、介入

夏休み終了まであと5日間。

芹川の件があってから2日過ぎた日のことだった。

相変わらず宿題に対して頭を抱える俺とスイに対してミユは澄ました顔で読書をしている。

差と言うものを見せつけられているようで──────いや、実際見せつけているのだろうけど、俺は少しげんなりとしていた。

「なぁ、ミユ」

「何でしょうか、宿題には手を貸しませんが」

「ぐっ………」

「浅はかですね。考えがまるで顔に出ていますよ? 頭が悪いのも顔に出ています」

「そんなものは顔には出ねぇよ!」

「突っ込んでいる暇があれば手を動かしたらどうですか」

ミユはそう言うと手元の単行本に目を落として俺との会話を断ち切った。

なんということだ。彼女は手伝ってさえくれないのだと言う。

確かに、今まで放置していた自分も悪いのだが、少しくらい協力してくれてもいいと思う。

同じ屋根の下で暮らしている疑似家族なのだから。

と、そんな事を考えつつ右手を使ってペンを回していると、またしてもスイが目を瞑って瞑想をしていた。

いや、これは違う。一昨日と同じ感じがスイからは伝わってくる。もしかして、力がまた増えたとか言いだすのではなかろうか。そんなことを聞いたところで何が変わるわけではないのだが、あまり天使や悪魔が周りに増えるのは良くないのではないか、と俺は芹川の件で考えるようになった。

天使や悪魔が全員良い奴だとは限らないからだ。みんながみんなミユやスイやセツのような性格や心持ちをしているわけではないのだ。芹川に憑いていたような奴だっているのだから。

「スイ、またなんかあったのか」

「うーん……近い。 力の波動が近いよ?」

「それってミユの力じゃないのか」

「ミユちゃんの波動とは違うの。もっと荒々しくて、ピリピリする感じの波動を感じるの」

少しばかり嫌な予感がする。

芹川の時の予感ほどではないが、あまり良くないことが起きそうな雰囲気だった。

「位置とかって分からないのか?」

「そこまで私はすごくないから……。ミユちゃんはどう?」

「私はサーチが出来ませんので分かりませんね」

単行本から顔を上げることもせずにミユはスイに返事をした。

あまり思い詰めることもないのだろうか、ミユの格好の崩しかたを見るとそう思えてきた。

目の前の参考書の厚さを眺める。

果たして、本当に終わるのだろうか。

そんな憂鬱になりそうな気分を紛らわせるために俺は洗面所に向かった。洗濯をするためだ。

この家の洗濯機は洗面所に設置されていて、洗濯水にはお風呂の残り湯を利用することにしている。

ものすごくどうでもいいように思えるが、これが実は節約というものになる。

一人暮らしする際に親から教えてもらった知恵である。

いや、最近では誰もがやっているか。 CMでも言うくらいだからな。

洗濯籠の中身を洗濯機に放りこんで洗剤をセットする。その洗剤を探し手を彷徨わせたときにあることに気がついた。思いだしたと言っていいだろう。

「そう言えば、トイレットペーパーが切れてた気がする」

昨日の夜にスイが『あと一ロールしかないよ!』と言っていたのを思い出した。

特売日はいつだっけ、と頭の中で考えつつ洗剤の箱を持ち上げる。思いのほか軽く、想像以上に腕をふるってしまった。

「洗剤も……買い置きしていないな」

一つの生活用品が無いということを知ると、連鎖的に他のものも無いことに気付いてしまう。

ああそうだ、食器用の洗剤も半分を切っていた。洗顔もなかった、歯磨き粉はストックがあった。入浴剤はこの間両親から郵便で送られてきた………。

俺の頭の中の生活をつかさどる部分がグウィングィン回転しているのを感じる。

何故かこのときはとてつもなく真面目な自分と言うものを実感してしまう。自分で言っていて気持ちが悪いが、思ってしまうものは仕方のないことなのだ。それで誰に迷惑をかけたというわけでもない。

さっそく俺は、リビングに戻って宣言することにした。

「生活用品が無くなってきた。よって俺は宿題の気分転換も兼ねて買い物に行ってくる」

俺の発現に食いついてきたのはやはりスイだった。

「えっ! そんなのずるい、私も行く。 いつものデパートでしょ!?」

「言うと思った、が余計なものは買わん」

「それでいいから! 私も行きたい!」

何が楽しいのか椅子から立ち上がってはしゃぐスイ。

そうとうストレスが溜っていたのかもしれない。なんと言ったってスイには宿題の他に愛のプリントもあるのだから。

「私も行きます」

そして意外なところから声が上がった。ミユだった。

単行本に栞を挟んで机に置くと、俺の目を見て立ち上がった。

「珍しいな、ミユがついてくるなんて」

晩御飯の買い物など、俺が買い物に出かけるときは大抵留守番を引き受けるミユだったが、今回は違うらしい。

まぁミユも暇そうにしていたから仕方がない。

「いけませんか?」

「いや、駄目ってことはないよ。じゃ、久しぶりに三人で買い物だな」

「でっぱぁと、でっぱぁとー♪」

スイは意味不明な歌を歌いながらもすさまじい速度で玄関へ向かっていった。

見た目がガキなら中身もガキだなあいつは………。

そんな俺の視線に気がつかないまま、スイはリビングから出ていった。

「さ、では行きましょうか。記憶力の悪い陽助様のために私が何を買い出すか記憶しておきましょうか?」

「余計なお世話だ。っていうか貶す必要はないだろ! 素直に親切しているところを見せてくれ!」

「陽助様にはお断りします」

「俺には、ってなんだよそれ!」

ミユが突っ込みを待っているかのような台詞を言うので、今日も調子よく突っ込んでいた。

………自分で言っていて意味が分からない。




ミユとスイを連れて俺は駅近くのデパートを訪れていた。

このデパートは2,3年前に出来たばかりの新しめのもので、一階から十階までに色々な店が入っており、ここに来るだけで大抵のものは揃ってしまうのだ。

この町で買い物をするということは、ここに来ることと同意義になってしまうほどに有名なのである。

一階は化粧品売り場やパン屋などが揃っていて、今日も人が多い。

やはり夏休みなのだからか、家族連れも多い。

その中に混じって俺達が目指すべきは三階の生活用品売り場だ。

エスカレーターに乗って三階を目指す。スイはきょろきょろと忙しなく辺りを見回し、ミユはいつも通りの無表情でピシッとした姿勢を保ちつつ黙っている。

三階の生活用品売り場に着いた時、先ほどまで目を輝かせつつ辺りを見回していたスイが明らかに異常な反応を示した。

目を見開いて押し黙り、小刻みに身体が震えていた。

その場で立ち止ってしまったスイに対して、ミユは何事かと目を丸めていた。

「やだ……何これ……すごく気持ちが悪いよぉ……」

震えが徐々に大きくなり、明らかに異常を示していた。小さなスイの身体はまるで大きな圧力に四方から推されるようにしてさらに小さく見えた。

「スイ! おい、どうした!」

スイの肩に手を置いて、瞳を覗きこむ。その色は恐怖と怯えで染まりきっていて、俺の顔なんて見てはいなかった。

ただ光を反射するばかりで、俺の声もとどいていなさそうだった。

「スイ! ああもう畜生、なんだってんだ!」

生活用品売り場の前で固まってしったスイを抱きかかえてエスカレーターの裏に設置されているベンチの方に向かい、そこに座らせる。

極寒の土地に居るかのように震えるスイに対して、俺は横に居座ることしかできなかった。

「ミユ! 何がどうなっているんだ!」

「……私にも分かりません。予想できるとしたら、スイに対してのみに何者かからの念、気、波動のようなものが送られているのかもしれません」

「なんとか出来ないのか」

「そうですね……スイの精神領域に侵入して緩和するしかないですかね、または波動を送っている本人を叩くか………」

「??? 良く分からんが……」

「まぁ私に任せて下さい、ということにしておきます。少しの間私とスイは眠ったような状態になるのでその間のお守は任せましたよ」

言うが早いかミユはスイとは反対側の俺の隣に座り、目を閉じた。

瞬間、俺の右側のスイがなだれてきた。同時に、右側に居たミユも俺の肩に傾れてきた。

「おい、おいおいおいおい………」

夏休み中のデパート内で両サイドに美少女を侍らせる悪人顔の男。しかも両方寝ているという状況。

すぐにでも警官が飛んでくる情景が想像できた。

ざわざわと急に周りの声が大きくなったように感じた。気のせいなのかもしれないが、そう思えて仕方がない。

そして動けない。微妙な角度で俺にもたれかかってくる二人をどうすることもできなかった。

腕の行動範囲も狭められ、容易に首を回すことさえもできない。

片方を介護しようとすると、もう片方が崩れて地面に激突する可能性もある。

ゆえに動けない。

ミユはこんなときにでも俺を困らせるような行動をしてくる。

………これは余裕の現れなのだろうか、そう思っていいのだろうか。



そんなことを考えながら早く戻ってきてくれ、と願う陽助だった。















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