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31話:呪いの投函

ポストに投函されていた一通の手紙。それは見覚えのない住所からのものだった。

茶色の古ぼけた封筒に、一枚の便箋が入っていた。

内容は不可解なものだった。

読めない。

日本語で書かれているわけでもなく、英語でもない。書体が人間のそれとは全く違った。

理解することを脳が拒んでいる。まじまじとその文字を眺めることを可能としない。

何か覚えのあるような感覚。

気分が悪い、立っていられない。

ふらつく足で自分の部屋へと戻る途中、切夜さんがちょうど隣の部屋から出てきたところだった。

「おっす、少……陽助。ん? 調子悪いのか、ふらふらだぞ?」

「い、いえ……。ただの立ちくらみです」

「そうか。気を付けるんだぞ、夏休み中だからってハメ外しすぎないようにな」

「はい………」

切夜さんとの会話もそこそこに俺は自分の部屋へと戻る。



陽助と別れた後の切夜は、少し困ったような顔をしていた。

「残念だ、折角人間界で一番最初・・・・・・・・・・に仲良くなれた人間だ・・・・・・・・・・ったのに・・・・死んじゃうのかね・・・・・・・

誰に言うでもなく。しかし、誰かと会話するかのような声量で切夜はそう言った。

彼の耳のピアスの髑髏はいつにも増して笑っているように見えた。

いや、最初からそうだったか。



玄関になだれ込むようにして俺は入った。

リビングまでの道のりはとても長く、険しいもののように感じられたし、実際途中で何度も転んだ。

何もないはずの平坦なフローリングの上で、だ。

明らかに平衡感覚がとれていないし、心なしか視界もぼやけている。

耳も遠くなってきて、ついには思考も追いつかなくなる。

これは、そう。

まるで異世界から空宮杏梨に連れられて戻ってきたあの時のような感覚だ。

口から化物を生産した時の感覚だ。

ゆえに。

それは『死』の感覚とも呼べるだろう。

「陽助様? ……陽助様? 何を」

ミユ達が駆け寄ってくるのが分かった。姿は見えない。足音は聞こえない。でも、分かった。

「ミユちゃん! これ、この文章!」

スイが俺の手の内にある握りつぶされた便箋を掴んでいた。

それを俺の手から取り上げ、まじまじと眺める。おそらく読んでいるのだろう。

その間にもミユは俺には聞き取れない何事かを呟きつつ、天使の羽を展開させていた。

身体が光に包まれる。ほんの少し、『死』から離れたような気がした。

耳も聞こえる、目もしっかりと映像を映している。

ただ、身体が鉛のように重く、言うことを聞いてくれない。

「─────────────」

声が、出なかった。

「陽助様、勝手に人の手紙を読むなんて感心しませんね」

余裕が出来てきたからなのか、少しずつミユはいつもの調子に戻ってきていた。

それに対してスイは、何やら蒼褪めた顔で便箋の内容に目を走らせていた。

「………とりあえず陽助様を部屋に運びましょうか。おそらく動けるような状態ではないですし、いつまでもこんなところに置いておくと邪魔ですからね」

そう言うとミユは羽を使って・・・・・俺を抱き上げた。

傍から見ればシュールな光景なのだろうが、そんな事を言っていられなかった。何よりも声が出ない。

スイを廊下に置き去りにしたままミユは俺を俺の部屋まで運んできた。

普段からは想像もつかないような優しさで俺をベットの上に転がし、薄い掛け布団を広げてくれた。

「声も出ないようですね。 これでなんでもし放題……ではなくて、静かになっていいことですね。少し休んだ方がいいでしょう。陽助さまは小さな呪いのようなものにかかっただけですので心配する必要はありません。大丈夫です」

そう言い残し部屋を去っていくミユ。

しかし俺は、そのいつもとは違う優しさから感じたものでもなければ、言葉の中から感じたのでもないような嫌な違和感をはかりとっていた。

それはニュアンス。

彼女の台詞の最後の『大丈夫です』という言葉の後に、まだ続きがあるのではないか。

そう、例えば。


この問題は私たちだけで解決します。 とか。






陽助を彼の部屋に寝かせた後、ミユとスイはリビングの机で向かい合わせに座り、欠員が出たままで会議を開始する。

議長が存在していないため、いつもよりは大人しめだが、今は問題が問題である。

「スイ、そこにはなんと?」

「………呪いだって」

「呪い、ですか」

「『人間に対してのみ有効な呪い。これにかかった者は例外なく死に至る。解除方法は一つ、我々と共に来ることである。言わずとも分かるであろう、望みは』……日本語にするならこんな感じかな」

スイのいつもと違った落ち着きのない口調。それは狙いが自分自身であるということに加えて陽助がある種の人質となっているからだろう。

ミユもまた、普段通りではなかった。表面上はそうは見えなくとも、そうだった。

いや、そうでなくてはおかしかった。

「またスイを狙っている者ですか。面倒ですね、さっさと消してしまえばいいのでは?」

「よ、陽助さんはどうするの? 」

「仕方が無いので死んでもらいましょう」

「酷いよミユちゃん!?」

「……冗談を言っている場合ではありませんね。 『呪い』というものは呪術者が死んで弱まるものと強まるものとの対極的な二つの性質がありますからね……安易に相手を抹殺することはできませんね」

「ミユちゃんちょっと怖いよ……?」

「そうですか?」

「……うん」

ミユは自分自身の心境がよく分かってはいなかった。

ただ、やるべきことは見つかっていた。しかし、あまり気乗りはしなかった。

疑いがまだ晴れているわけでもなく、あまり仲が良くもない。それに自分が頭を下げるのが気に食わない。

あの子が、私はあまり好きではない。

「そんなことも言っていられませんね」

「ミユちゃん?」

「今回は、私たちが助けないといけないのですからね」

「……?」

「スイ、私の知り合い……いえ、同属にこの問題の解決につながるかもしれない力を持った者がいます」

「誰、かなぁ?」

「そうすれば、あなたは意味の分からない連中の仲間になることも無く、また陽助様を心配することなくその者たちを排除できるのですが……」

「えっ、それいいじゃん! そんな方法があるんなら最初からやればよかったのに!」

スイは椅子から立ち上がって喜んでいる。

先ほどまでの緊張が少しは綻んだのではないかと思う。

しかし、私は先ほども言ったように。

「ですが、私はその者が嫌いです」

「ええっ!? 何言ってるのミユちゃん、こんなときに!」

目を丸くして驚くスイ。この子は本当に様々なリアクションを堂々と出来て、コロコロと表情が変わって見ていて面白い。そして、うらやましい。

「そうですよね。仕方ありませんよね」


だって、朝浦陽助の命がかかっているのだから。




ほんの少しの覚悟を決めたミユは、スイを連れて空宮杏梨がいるであろう場所へと飛び立った。

その場所とは学校─────ではなく、この街を一望できるデパートの屋上である。

駅の近くにあるそのデパートは2,3年前に出来た新しめのもので、一階から十階までのフロアごとに様々な商品を売っている。

そんなデパートの屋上はリラックススペースとなっており、買い物で疲れた客などが高い場所から街を眺めるなどするために存在している。

その場所からはうちのマンションも見えるし、学校だって見える。

監視者に徹している空宮杏梨であれば間違いなくそこに居ると考えての行動だった。

案の定、彼女はそこに居た。

「夏休み中に揃って天使と悪魔コンビがお出かけかしら」

空宮杏梨はこちらを一切見ずにそう言った。

幸い屋上にはこの暑い日に誰もおらず、会話にはうってつけだった。

先に屋上に降り立ったミユは、言葉を選んでいた。何をどう伝えれば明確にこの事態を把握してくれるのかと。協力を得るためにはどうしたらいいのかと。

遅れてスイが屋上に着地する。空宮杏梨がこちらを向くのを待ってからミユは。

「緊急の事態が発生しました」

「そう、でも私には関係ないわよね」

「朝浦様が死にそうです」

「…………」

「手を、貸してはいただけないでしょうか」

手を差し出す。

空宮杏梨はそれを無言で少しの間眺め続けて、ギリッと歯を噛みしめた。

強気の炎を灯している目の奥が、かすかに揺れて、でも炎はごうごうと燃えたぎっていて。

ミユはまるで彼女の意思が汲み取れなかった。それはミユ以外でもそうだったであろう。

「あなた方二人がいて、何故守りきれなかったのかしら。 最狂の悪魔がそばに居て、狙われていることも理解していたはずなのに、何故警戒を怠ったのかしら」

「それは、………」

「それに、私に頼むまでもなくあなたなら何とかできるのでは? あなたなら」

「私にはそんな事はできません。私はただの、天使ですし……。空宮杏梨、あなたは智天使なのでしょう。私より格段に力があるのではないのでしょうか」

「智天使、ね」

空宮杏梨は呟いた。

「そんな階位についたって、大切なものを失った私にはなんの足しにもならないわ。そうね、私は智天使よ。だから……た、朝浦陽助を助けられると? 確かにそうかもしれない。でもね、私が断るという可能性は考えなかったのかしら」

彼女の瞳の炎は光を弱めていく。冷静沈着な青に。彼女はとても冷めていた。

そんなとき、後方で黙っていたスイが声を上げた。

「ごっ、ごめんなさい!」

いきなりの謝罪だった。頭を一生懸命に下げ、肩を震わせて、スイは謝っていた。

「私が、私がこんなのだったばっかりに、陽助さんに危害を加えてしまったの。最初の事件で分かってたはずなのに、私は陽助さんに甘えてしまったの。陽助さんも、分かってたはずなのに、それでも私を受け入れてくれたの。でも、でも私は守れなかった。甘い考えで日々を過ごしていた。危険なんてどこにだって存在するはずなのに知らないフリしてたの! 責任は私にあるんです……、でも、悪魔の、私には……人をなおすなんて出来ないの……悪魔だから、そんな事は、出来ないの……だからっ、だからぁ……」

ぽつ、ぽつ、とスイの瞳からは水滴が落ちる。

地面に染みを作って、それでもスイは頭を下げたままで。

自分の壊すことしかできない力に憤りを感じて、その力の使いどころさえ失って。

悲しく、悔しく、辛いのだろう。

それでも自分には手段が存在していない。

「天使の、力を……貸してほしいんですっ……ぐすっ。 なんでも、しますからぁ……」

スイはようやく顔を上げて、そのくしゃくしゃになった顔で空宮杏梨を直視して。叫んだ。

「陽助さんを、助けてぇ!」

夏の太陽が三者を照らし続ける。

街は夏休みの喧噪に包まれていて、誰もが休日を堪能していて。

しかし、この三者だけは違う世界にいた。

人の生死がかかっている世界に、実際に立っていた。

そんな中、空宮杏梨は黙って目をつむっていた。

長い沈黙が訪れる。第三者から見れば、それほど長い時間ではなかっただろう。しかし、その場に居た者の体感時間は引き延ばされていた。

ややあって、ギリリッと誰かの歯を噛みしめるような音が聞こえた。

そして空宮杏梨は目を開いた。

「……分かったわ、悪魔のあなたに免じて朝浦陽助は助けてあげる。でも、私の出来る範囲でね。それと、これは貸しになるわ。覚えておきなさい」

空宮杏梨は四枚の羽を展開させ、その羽の先端で円を描き、ゲートを作り上げた。

紫色をした静電気が辺りを走り、ゲートはグバッ!と別の景色を映し出した。

それは見覚えのある、マンションの全貌の様子だった。

「どうしてあなたが朝浦様の家を知っているんですか?」

ミユの何気ない質問には、やはり何気ない回答が戻ってきた。

「この間カードを送ったわよね。その時にはもう知っていたわ」

ゲートにはいつの間にか朝浦陽助の部屋が映っていた。

どうやらここから直に行けるらしい。

「では、お願いします」

「……お願いします」

天使と悪魔の言葉に、特に空宮杏梨は何も答えなかった。



それは応える必要が無かったからなのか、それとも別の何かがあったのか。















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