30話:引き出されたモノ
明日は勉強(笑)をしたいので今日のうちに投稿です(-Д-川)
ついに30話目になりました。しかし終わりはまだまだ見えてきません!
書きたいことはたくさんあるのですが、拙い文章力とあまり時間の取れない生活で少し厳しい状況です。
時間がかかっても完結させますので、これからもよろしくお願いしますm(_ _)m
「ミユッ!」
何が起きたのかが理解できなくて、何が起きたのかを理解したくなくて俺は咄嗟にミユに駆け寄っていた。傍らに立つ目つきの悪い天使はそれを制することも無く、ただ俺達の行動を眺めていた。
「ミユ! おい、なんだよこれ!」
白髪の天使を睨みつける。彼女はただそこに居るだけで、何も言わない。
俺のことを哀れな人間を見るような目でそこに居る。
「み………ゆ、ちゃん」
ゾワッ、と今の自分の怒りを吹き飛ばすほどの悪寒が背中に走った。
この感覚は知っている。後ろを振り返ると、瞳孔を開いてこちらを見ているスイがいた。
あのスイッチが入ってしまったのかもしれない。いや、間違いなくそうだろう。
今まで俺は怒っていたはずなのに、いつの間にかその感情が恐怖に変わっている。
身の危険を知らせる警報が頭の中でやかましいおとをたてて鳴り響いている。
「スイ! スイ! 落ち付け、とりあえず病院に───────────」
「あの、何をしていらっしゃるんですか?」
「え?」
今の今まで目を閉じていたミユが、普段通りのトーンで口を開いていた。
「は?」
「いえ、ですから。何故朝浦様は私を抱きかかえているのですか? セクハラですか?」
白い槍を胸に突き立てられている状態のまま立ち上がり、目つきの悪い白髪天使にミユは再び向かい合う。
「と、そろそろよろしいですか?」
ミユがそう訊くと天使は何事も無かったかのように。
『ああ、大丈夫だろう』
そう返した。
ミユが立ちあがってしまい行き場の失った俺の腕は宙を掻く。
乱心状態だったスイは混乱してその場に座り込む。
『人間、悪魔。どうした、何をそんなに疲れた顔をしている』
「どうした、じゃねーだろ! いきなり何してんだこっちはすげぇ驚いたんだからな! それにスイだってヤバい状態だったぞ、あのままいってたらこの部屋がどこかの殺人現場よろしく血だらけになってたんだぞ! いや、それ以前に何してたんだあんたら!」
『やかましいな。ミユ、こいつは何をそんなに怒っているのだ』
「いえ、ちょっと分かりませんね」
コントのようなやり取りに俺は完全に意気消沈していた。それはスイもまたしかりだった。
『この白い槍は記憶を取り出す槍なのだ。 対象の心臓に突き刺すことで記憶を取り出すことが可能となる、もちろん殺傷能力は一切ない』
「ちなみに倒れる必要性は一切ありませんでした」
「お前の無駄なアドリブ!?」
ミユが淡々とそう言ってくれるので俺はもう本当に疲れていた。
目つきの悪い白髪天使によると、今回うちに来たのはこの間の事件、つまりスイの誘拐事件の内容が知りたかったからということだった。そのためのデータとして、一部始終を見ていたミユの記憶を渡してもらったというわけだったらしい。
あの誘拐事件の犯人はスイが予想していた通りの、天界を魔族が征服するとかそういう類のことを目的としたグループの一員だったらしい。
只今目下捜索中、らしい。
「そして俺はいまだにお前が倒れるアドリブを入れた意味が分からん」
「おそらく、朝浦様には理解できる内容ではないので私の労力の消耗を抑えるために話しません」
「これは怒っていいよな。よし、スイ、怒っていいらしい」
「ふぇぇぇぇっ。本当によかったよぉ……」
まだ泣いていた。
先ほど説明を終えた時にスイが突然泣き出したのだが、その涙はまだ収まっていなかったらしい。
「まだ泣いてんのか……」
「だって、だって。し、死んじゃったのかと思ったんだもぅん……すんっ」
俺は机の上のティッシュを数枚とって、スイに渡しながら。
「ところで、あんた名前は?」
話題の中心の天使にそう訊いた。
『我が名はラン。神の威光を知らしめるため、様々な働きを担う主天使ランだ』
「ラン、か。 俺は朝浦陽助だ」
『自己紹介は結構。人間と深く関わる気はない』
「んなっ! 可愛げがない奴だな!」
『人間の感性など知らん。それより、情報は揃った。我はそろそろ天界に戻る』
ザッ、と背を向けて玄関へ戻ると思いきや、その場で何もない空間に向けてランは手を翳した。
再び空間を裂く。それは人間一人が楽にくぐれるくらいの亀裂だった。
裂け目の向こう側からは白い光が差し込んできていて、おそらく天界だろう、景色が全く見えない。
『人間、もう会うことはないだろう。もちろん、貴様が問題を起こさなければな。我が名は忘却してもらって構わない』
「人間、じゃない。朝浦陽助だ」
『ふん、さらばだ』
一歩一歩と距離は離れていく。ランが空間の裂け目に差し掛かった時、一瞬こちらを見た気がした。
気がしただけだ。俺はそんなに観察眼に優れているわけでもない、だから完全に気のせいだ。
アレは一体何だったのか。
天界へと戻る道の途中、ランは思考を張り巡らせざるを得ない状況に置かれていた。
記憶ノ白槍でミユのあの事件に対する記憶をとりだした時だ。
その事件とは全く関係のないアレ。おそらくミユ本人の過去の記憶だろう。
それが何故一番最初に、最優先的に流れ込んできたのか。我が考えるに、消したくても消せない過去だったから、いっそのこと奪ってくれという深層心理。それに記憶ノ白槍自身が反応したのだろう。
しかし、内容が不可解すぎる。
否、抱えながら生きながらえるほど軽いものではない。
違う、あんなものを目の当たりに──────違う、あんなことを出来るほどの力を持っていることこそが理解できない。
実際彼女の前に立って感じたモノ、さほど強い力は感じなかった。まだ後ろに居た悪魔の方が危険だった。
それだというのに、あの記憶は何なのだ。
アノキオクハナンナンダ。
気が付けば無意識的に拳を握りしめていた。額からも冷汗すら流れてくる。
恐怖。
まさにそれ。その言葉以外に当てはまるものは存在しない。
『危険だ。危険すぎる、なんなのだ。 ミユ、貴様は一体なんだのだ』
分からない。その前に神はこのことを知っていて人間界にミユを送ったのか。
「お嬢さん、何をそんなに難しい顔をしておられるのかな?」
『黙れ──────』
一度に全方向からの激槍。謎の男、いや性別すら分からない不明な存在の命が消えた。
我が今歩いているこの道は我専用の天界へと続くルート。他者の介入はまずあり得ない。
あるとすれば、無理矢理の進入。それなりの準備が必要となる行動。
そんな無駄なことをする人物と言えば。
あの事件の記憶情報を持った帰り道の強襲とすれば。
『務め御苦労。しかし、我は大事なものを抱えて帰る途中だ。邪魔はしないでいただきたい』
すでに息のしていない謎の人物に向かって声をかける。
当たり前だ、我が殺したのだから。
しかし、それを目の当たりにしながらも頭の中からは全くあの記憶が消えそうにない。
ミユの黒の記憶とでも名付けようか。それはすでに我が記憶の一部になってしまっている。
こんなものを背負って生きていく精神力が今はうらやましい。
いや、本人の中ではそれほどの記憶でもないのかもしれない。
何故なら我が見たのは一風景、ワンカット、静止画。
だが。
精神を腐食されるのには十分すぎる惨劇だった。
「取りつく島のないような奴だったな……」
ランが空間の裂け目を通り抜けていったあと、俺は小さく溜息をつきながらそう言った。
「そうですね」
「……お前が俺の意見に賛同するとはな」
「いえ、多分これが最初で最後ですので気にしなくてもいいと思いますよ?」
「こんな小さなことで同意!?」
台風が過ぎ去ったあとのような雰囲気になってしまったリビング。
流石にスイはもう泣きやんでいて、流れているのはニュースの音声だけだった。
「主天使、か。そんな言葉始めて聞いたぜ」
「天使には階級があるんですよ」
「そうなのか。ちなみにミユ、お前は……?」
「私はただの天使です。それゆえに人間界に修行しに来ているのです」
毒は飛んでこなかった。心なしかミユの元気が無いことにも気が付けた。
「どうしたミユ。なんか、いつもと調子が違うと思うんだが」
「……陽助様程度に見破られるようじゃあいけませんね」
「それはどういう意味なんだ……?」
実際のところ、俺は見破ったわけではなかった。ミユの毒舌の割合が少ないからという理由で言ってみただけだった。ミユは普段から無表情に近い表情でなかなか気分や調子が読み取れない。
逆にスイのように機嫌を全て表情に出すのもどうかとは思うのだが。
「いえ、何か。大事な記憶を心の奥から引き出してしまったような気がして」
「大事な、モノ?」
ミユはそれ以上何も言わなかった。でも、歯を食いしばっていることだけは流石の俺にも分かった。