24話:水着披露で疲労困憊
遅くなりました!
バスに揺られること数時間。中心街から離れて郊外までやってきた俺達の目の前には青い海が広がっていた。
俺達の住む町は内陸に向かって発達しており、沿岸部は田舎……という表現もおかしいのだが、あまり人が住んでいないのである。観光客用のホテルもなければ、コンビニだって数キロ歩いたところにしかない。移動手段はバス以外にはない。
だから俺達が目的としていた海は静かで綺麗で、最高のロケーションなのだ。
言い換えるなら穴場とでもいうべきなのかもしれない。 しかし、海の家は存在していない。そこだけが少し不満なところであった。
代わりに簡易更衣室のようなものが存在している。ロッカーが無いという意味のわからない構造をしているのだが、着替え場所があるだけまだましな気がする。
「海だーっ!」
目を輝かせた歌音はいつになく元気なスイと共に砂浜へ走りだしていってしまった。
後ろではやれやれと芹川が肩をすくめ、ミユは眼前の海をぼーっと眺めていた。
流石夏休み中というべきか、自分たちの他にも海水浴に来ている人は多かった。
家族連れ、カップル、友達大勢と……たくさんの人が集まっていて、賑わっていた。
「とりあえずこの歌音が持ってきたパラソルを立てようか」
「そうですね。 位置的には海から近すぎず遠すぎずと言った場所がいいと思われるのですが……。そんな場所はほとんどなさそうですね」
ミユが隣に立ち、場所取りにちょうど良い場所を探してくれたのだが、やはり人が多くそんな場所は無かった。
「後ろの方で妥協しましょう。 朝浦様、行きますよ」
歌音たちが放りだしていった鞄やら何やらをミユは回収し、俺の前を歩いて行く。
はて、ミユはこんなキャラだっただろうか。人が忘れた荷物などは燃やしてしまうような性格の持ち主ではなかっただろうか。いや、冷静になって考えてみると、俺以外には普通かそれ以上の態度で接している。差別というか区別されていた。
嫌な新発見に苦笑いしつつもパラソルを砂浜に突き刺すだけの簡単なお仕事を請け負った。
はしゃいでいた歌音とスイが一度戻ってきて、水着に着替えてから最集合ということになった。
パラソルを置き去りにすることに少し抵抗を覚えたが、パラソル単体を盗む奴などいないだろうという歌音の発現に渋々了承し、俺も簡易男子更衣室へと向かった。
というか、歌音は早く遊びたかっただけなのではないだろうか。
簡易男子更衣室のなかは薄暗く、光を発するはずの蛍光灯3本のうち1本がこと切れていた。
外装のボロさはともかく、中も結構大変なことになっていた。ロッカーは存在しないのでそれなりに空間はあるのだが、なんといったらいいのかただの小屋のような感じだ。
そして床はプールサイドでよくみられる水を弾くような素材のアレ。詳しい名称の方は俺は知らない。
なんとか着替えると、等身大の鏡があったので自分の姿を確認してみた。
顔……は見る必要が無いので、身体の方を見てみる。
やっぱり全然鍛えていないからか、よく分からい体型になっていた。痩せ過ぎでもなく太ってもいなく、筋肉が付いているわけでもない。中途半端な身体だった。
改めて日々の堕落した様子を直視させられるているような感覚だった。
砂浜に出て、一度歌音のパラソルの元へと戻る。 少しして、向こう側から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「朝浦くーん! お待たせぃ!」
「あー、……おうっ!?」
元気よく走ってきたのは歌音だった。 タンクトップビキニ、略してタンキニと呼ばれるであろう水着を着用していた。上はキャミソールのようになっており、下にはショートパンツを履いていた。
いかにも歌音らしい水着だった。
「………」
歌音に続いて赤い顔をして手を組んだりそれを解いたりと忙しなく動いていたのは芹川だった。
彼女は少し大胆な黒のビキニで、周りの海水浴に来た人たちの注目を集めていた。
それは芹川の隣に居るミユにも言えることで、ミユは白いパレオとよばれている者を腰に巻いていて見る人が見れば、お嬢様のようにも見えるくらいだった。
そして、俺の視界の端でちょろちょろと動いている悪魔の子は……。
「おい」
「なっ、なんだこのやろー! 私に見惚れたかっ!」
少し照れたような様子でそんな事を言ってみせるスイ。もちろん、可愛いは可愛いのだが。
ベクトルが違う。何か違う。全くの反対方向を突っ走っているのか、それともその選択は正しかったのか、スイはお決まりのパターンのようにスクール水着を着ていた。
「お前は……また。なんてモノを」
「ええっ!? だってミユちゃんが『これが似合いますよ』って!」
いや、間違ってはないんだ。似合っているんだが、それは可愛いとかいうよりも見た目の年相応に似合っているということなんだ。その前になにかがおかしいとスイには気がついてほしかった。
というより、勉強をしっかりとしてほしかった。
「ミユ……」
「朝浦様が思っている通りの結果がこれです」
「もう何も言うまい」
呆れて溜息しか出ない俺に対して、歌音は何故か興奮気味にスイのことを褒め称えていた。
「流石スイちゃん! 変化球で攻めてくるねっ。 確かにそういうのが好きな人もいるもんね!」
何か不吉なことを言っているような気もするが、俺は巻き込まれないように距離を取っておく。
軽く準備運動をしてから、俺はあることに気がついた。
「そう言えば、荷物とかはどうしようか。 誰かが見張り番するわけか?」
そうなったら一人がここに残ってしまうこととなり、みんなでは遊べなくなってしまう。
他の海水浴客は乱雑に放置しているところもあったが、俺は少し心配だった。
「そうだねー。どうしようか……」
歌音もそこまでは考えてはいなかったらしく、色々と模索していた。
しかし、そこにミユが。
「いえ、私が少し細工しておきますので、大丈夫です。 みなさんは気遣うことはないですよ」
明らかに何か意図を込めた言い方でそんな返答を返してきた。
あぁ、まぁそんな事だろうとは思っていたけどね。
歌音と芹川をとりあえず先に行かせ、俺はミユに近づく。
「お前、」
「ちょっとだけ卑怯なことをしますが、構いませんよね?」
「……駄目っていってもやるだろお前」
ブゥゥン……とミユの手から藍色の光が放たれると、俺達の荷物を包みこんだ。天使の術を使ったのだろう。
だが、ここでまた問題を見つけて俺はミユに聞く。
「ところで質問なんだが……今やったこの術があるだろ? ……誰かが盗もうと触れたらどうなるんだ」
恐る恐るミユの横顔を見る。いつもと変わらない無表情がそこにはあった。しかし。
「腕が半ば吹き飛びます」
「危なすぎるだろそれ!?」
そんな恐ろしいことを言っていた。こんな海水浴場で腕が引き千切れるような悲惨な事故があってたまるかっ!
「嘘です。 私たち以外の者が触れた時に感知できるようにしただけですので」
「だ、だよな。 天使はそんな怖いことしないもんな?」
そんな俺の何気ない発言に対してミユは。
「……時には厳しい罰も下しますけどね」
そんな事を言っていた。俺は聞かなかったことにした。
久しぶりの海は新鮮さが満ち溢れていて、若干開放的な気分になりながらも楽しんでいた。
俺はあまり泳ぎが得意なほうではないが、それなりには泳げるのでまったくもって無理だとかカナヅチだとかではない。しかし、それでも普通よりは劣るのだ。
ザバザバザバと縦横無尽に泳ぎ回る歌音を見てそう思ったのだ。いや、アイツは普通ではなかった。
運動もできて勉強もそれなりに出来る。歌音はそういう奴だった。
ぐぽっ、と歌音が水面から姿を現した。俺の目の前で。
「どーかしたの、朝浦君?」
「お前……現れ方が心臓に悪い」
ゴーグルを付けたままきょとんとした顔を向けられる。いつもの小さなツインテールは下ろしていて、普段とは違った印象を受ける。
「い、いや……なんでも、ないけど」
「んー?」
歌音にドギマギしてしまっている俺がいた。やはり普段と違う姿を見せられると、調子が狂うものだ。
そう言えば、さっきから周りの人の視線を感じる。
バッと振り返ってみる。 サッと視線を逸らされる。
遠巻きにこちらを見ている人が大勢いた。 それはそうだ、ここには黙っていれば美少女が揃っているのだから。その中で俺が浮いているということは言うまでもない。
『アレヤバいよな、可愛い。……でも、あの男超怖ぇ』
『一夫多妻制ってヤツ?』
『一国を築き上げてるよねー』
周りから漏れる声。いや、聞こえてるんですけど。
というか、分かってはいたのだけれどテンションが下がらないわけが無かった。
「どうかしましたか、朝浦様」
俺の不自然さを察してか、ミユが声をかけてきた。
「どうもこうも、周りの視線が痛い」
「いえいえ、朝浦様の視線の方が痛……じゃなくて厳しいものがありますよ?」
「あのな、それは全然言い換えになっていないと思うんだ」
「私の清廉潔白な心の声が聞こえるのです。どんなに苦しんでいる方がいても、嘘はついてはいけないのだと」
「じゃあ黙ってればいいだろ!?」
「それだと面白くないじゃないですか。あ、間違えました」
「わざとだろ? そうなんだろ、っていうかそれ以外の選択肢が見当たらねぇ!」
俺の咆哮に対し、周りの人がすごい勢いで遠ざかって行くのを感じだ。
「良かったですね。これで視線は減りましたよ?」
「………」
俺は天使にいじめられているらしかった。