23話:海へ向かうそのさなか
なんとか投稿できました。
一週間に一回ペースでも行けるかも……?
病院から退院して一週間は経ったであろう日のことだった。
これまでの毎日はだらだらとテレビを見たり、ゲームをしたりして過ごしてきた。もちろん、課題は一つも片付いておらず、やろうやろうとは思うのだが、行動できていないのが現状。
これは、後~日もあるじゃないか、という自分の中での勝手な安心感のせいである。
踏ん切りをつける一歩目というのは何事に対しても大変なことだ。
そんな事は分かっている。いや、分かった振りをしているのではないか?
これは課題を片付けるといったことのほかにも言えることである。
それでも俺は決心を付けられていない、一番難易度の低い選択であるにも関わらず。
今に始まったことじゃないんだけどな……。
と、そんな自分の脳内感情を垂れ流していると、携帯電話が震えた。
ディスプレイには歌音美里、と表示されており、俺は何のためらいもなく電話を取った。
「もしもし?」
『もしもーし! おはよう朝浦君、今日はすごくいい天気だよねっ! こういう日って海行きたくなるよね、というか一学期最後の日に行こうって約束したよね! ということで今日行こうね、ってかそれも決めたよね! だから駅前集合だからね! ミユちゃんとスイちゃんにも言っておいてね! じゃね!』
一気にまくしたてるように言いたいことを全部吐き出した歌音は俺の返事などろくに聞かずに電話を切ってしまっていた。もちろん俺は棒立ちのまま頭が真っ白になっていた。
無呼吸であんなにもはしゃいで話す歌音は初めてだった。というか何が楽しくてそんなにはしゃいでいるのだろうか。……いや、みんなと遊ぶのが待ちきれないのだろう。
そんな純粋な歌音の心に苦笑を浮かべつつ、部屋から出る。
リビングには美しい姿勢で椅子に座っているミユがいた。 どうやらニュースを見ているようだった。
俺の登場に気がつくと、クルリと振り向いてじっと俺を見つめる。
朝からすでに着替えて私服のミユが俺の家に居るということに何故か違和感を感じる。
これはその、同棲と、そう言いかえられる何かを感じさせるようなシチュエーションだった。
視線をそらさずにじっと見つめてくるミユ。前にも言ったかもしれないが、ミユは毒を吐くことと性格を除けばこれ以上ない美少女だと思う。
現に、クラスの男子の視線や好意を集めているわけだし、先輩方にも一目置かれているらしい。
これは歌音情報だ。
「な、なんだよ……」
俺は思わず上ずった声を出してしまっていた。
これじゃあ何か、俺は何か緊張しているみたいじゃないか。そんなことはない、目の前に居るのは毒を吐き散らす天使だ。
「いえ、先ほどニュースで見たコンビニ強盗の似顔絵とそっくりでしたので」
「のでなんだよ!? 何か、お前は俺が犯人だとでも思っているのか、っていうかそれ以前に犯罪者面だって言いたいのか!?」
「両方です」
「なんでだよっ! 前者は違うだろ!」
「後者を否定しないところに私は感動を覚えました」
「畜生! なんで朝から罵られなけりゃならないんだ!」
「朝からうるさいですね」
「お前のせいだよっ!」
ミユが来てからというものの、朝は大体こんな感じだった。
人が増えて賑やかになった、というよりかは騒がしくなった、と表現する方が正しいだろう。
幸いにも俺の部屋の左隣には人は住んでいないし、右隣の人は朝早くから仕事に出ているので迷惑はかかっていないと思う。ミユはそれすらをも計算してやっているようでなんだか怖い。
だから、どれだけ騒ごうと朝のうちは迷惑はかからないのだ。
「ふぁぁ……おはよ」
寝ぼけ眼を擦りながらリビングに現れたのはスイだった。
何故かいつものようにパジャマは着崩れ、ズボンはきわどいところまでパンツと一緒に下がっていた。
見た目はまんま休日の小学生、というレベルだ。しかしこいつは、れっきとした悪魔なのだ。
「おいお前……。ちゃんと着替えてから部屋を出るようにっていつも言ってるだろ」
「ひぅっ! なんでそんなに怖い顔するんですかぁ。……見てる、私のことをみてますぅ!」
まるで凶悪犯罪者が獲物に忍び寄るかのような構図。俺は全く悪くないというのに。
「やはりあなたが例のコンビニの……」
「違うっつうの! そんな事よりお前ら、歌音から誘いの電話があったぞ」
強引に話を捻じ曲げて、これ以上被害を拡大させないようにする。
いつまでもこんなことを続けていたらおそらく日が暮れてしまうだろう。
「海の件ですか?」
「そうだ。……んで、お前ら水着とか大丈夫なのか?」
ミユ達がこの夏休み中に買い物に行ったということは聞いていない。
もしかしたら、俺が入院していた間に買っていたのかもしれないが、一応聞いておく。
「変態ですね」
「何故だっ! 俺はただ水着の用意は出来ているかと聞いただけだぞ!?」
「いえ、分かってはいたのですが。……やはりその顔で仰られると」
「すげぇ貶しかた!? 俺はもうライフゼロですが!?」
「あ、あわわわっ。 ミユちゃん! だから何度も言うけど陽助さんはカッコイイよっ!?」
デジャビュ。時が止まった。
「えっ?」
「え?」
「あっ」
なんかこの展開は前にも見たことがある気がする。
「とっ、とりあえず、各自準備して来い。後でまたリビングに集合な」
俺のこの言葉に反対する者はいなかった。
海に行く用意を終えてみんなが集まったころにはすでに太陽は容赦ない日差しを降り注がせていた。
それをカーテン越しに感じながらも俺は今日の海を少し楽しみにしていたりした。
「さて、戸締りもしたことだし。 ……行くか」
そう二人に呼び掛けて、玄関をでた。
むわり、と夏特有の熱気が身体を取り囲み、熱中症へと誘ってくる。
そんな暑さに顔をしかめながらも、とりあえずエントランスまで降りて最寄りのバス停まで歩く。
歌音と芹川はおそらくバスの中で合流できるはずだった。
バス停にたどり着き、時刻表を確認すると後5分ほどで到着するらしかった。それまでの間暇なので、天使と悪魔を観察することにしてみた。
ミユは白いワンピースに身を包み、足元にはお洒落なビーチサンダルをすでにつっかけていた。
肩には橙色をしたトートバックをかけていた。おそらく荷物はその中なのだろう。
その姿はまさに夏の美少女。表情に変化が無いのは少し惜しいが、それでも美少女である。
「何を見ているんですか、警察に通報しますよ? 間違いなく捕まりますね(笑)」
毒を吐かなければ。
対してスイは黒の半袖Tシャツにショートデニムを合わせ、こちらも可愛らしいサンダルを履いている。
肩にはプールセットを担ぎ、それはまるで学校のプールに遊びに行くお子様のような格好だった。
「なっ、何見てんだ! ぶ、ぶぶ……ぶっ殺すぞ!?」
今日もまたキャラづくりに励んでいるらしい。
俺はあまり巻き込まれないようにとスイから視線を外し、真夏の太陽を見上げる。
眩しい。あまりにも輝きすぎていて、しかしそれでいて綺麗なブルーの空とはしっかりと調和している。
太陽と空。これほどまでに互いを引き立てている組み合わせがあるだろうか───────────。
「っ!?」
ズキン、と頭の奥が痺れた感覚がして、立ちくらみを起こす。かろうじてバス停に手をかけるが、足が震えていて立てない。
「陽助様? どうかされたのですか」
俺の異変に気がついたミユが、近寄ってくる。 トートバックから水筒を取り出している。
痛みは一瞬だった。先ほどまでの足の震えも収まり、今の出来事が嘘だったかのように俺の体調は元通りになっていた。
「いや、……大丈夫。 なんだ、今の」
自分でも理解できない出来事に困惑していた。また何か呪いのようなものにかけられたのだろうか。
それにしては唐突だったし、痛みはもうない。
そんな事を考えていると、向こう側からバスがやってきていた。
「今日は止めておきますか?」
ミユがそんなようなことを言ってきたので俺は首を横に振った。
「や、ただの立ちくらみだったから大丈夫だ」
そういうことにしておく。
バスのドアが開き、乗客が次々と降りていく。その中に見知った顔、というより見たことのある顔の者がいた。
前に道を聞かれたあのおかしな青年である。
「おっ」
「あっ」
目が合ってしまい、そんな声を出してしまう。 対して知り合いでもない仲なのだが、彼はにひーと笑って。
「久しぶりだな少年。 美少女二人も連れてお出かけか?」
どこかからかうような声色で俺のことを見据えつつ言ってきた。
初対面に近いはずのこの人はなかなかに失礼ではなかろうか。しかし、そんな事は顔には出さない。
「いえ、………まぁ」
「そうかそうか! 少年は青春を謳歌しな、では」
シュタッと敬礼まがいのモノマネをして青年は去っていった。向かっていくのは俺達が来た方向だった。
そんな彼を目で追っていると、バスの窓から聞き覚えのある声が聞こえた。
「おーい、朝浦君。ミユちゃん、スイちゃん! こんにちわ~」
歌音だった。頭には水中ゴーグルをすでに付けているという徹底ぶり。どれだけ海に行きたいんだあいつは。
そんな歌音の姿に苦笑しながらも、俺はバスに乗り込む。 後ろからミユが付いてきて、スイは遅れて階段を上がろうとし、脛をぶつけていた。
「あ、朝浦陽助……。おはよう」
「こんにちわ、だけどな。芹川」
何故か超絶小声で話しかけてくる芹川に突っ込みを入れ、俺は席に座る。
アレ?
「なんで芹川こっちに席移ってきてんの?」
俺のとなりにいつの間にか芹川が座っていた。さっきまで歌音の席の隣に居たはずだ。
チラ、とミユとスイがこちらの動向を窺っている。なんだこれ。
「いや、これは、その、アレだ。 そう、アレだ」
ほとんど代名詞で構築された台詞に俺はうん? と適当に相槌を打つことしかできなかった。
と、そこに。
リクライニングシートが全力で俺に向かって倒れてきた。
「うぼぉぁっ!」
自分の席と前の席に挟まれて苦悶する。なんだこれ、なんだこれ!?
顔を傾けるとミユがリクライニングシートに寝そべっていた。というかこれ、そんなに倒れるもんだったか……!?
「あら、朝浦様。 大変苦しそうですね」
「おま、おまっ……」
ギッ、とリクライニングシートを元に戻したかと思うとぐるりっと席を回した。
二人掛けの席が二つ向き合うようになり、電車で見るようなパーティー座り(勝手に命名)になった。
バスにこんな機能が付いていることは俺は知らない。どう考えてもおかしい。
「お前ら何を……。おう!」
ズビシッ! といつの間にか現れていたスイが俺に指を突きつけながら言う。
「そうはいかせねーぜ! ハッハッハ!」
高笑い。幸いにもバスの中には俺たち以外は誰も乗っていなかったので、迷惑がかかることはなかった。
だがしかし、俺にはミユとスイの行動の意味が理解できなかった。もちろん、俺の席の後ろで笑いを漏らしている歌音のことはなおさらだった。