22話:出来るウェイトレスと副産物
少し早めの投稿となりました。
忙しさも抑え気味となってきたので、がんばっています。
一週間に一回の投稿ペースにできるかも……?
次の日、無事に退院した俺は真っ先に学校へと向かっていた。
家に帰るよりも先にこちらに足が向いてしまっていたのである。理由は分からない。
ただ、学校へもう一度行けば何か分かるかもしれないといった直感のようなものを感じたからである。
あくまで直観である。勘違いである可能性は大いにある。
それでも俺は、進まずにはいられなかった。
何か、引っかかることがあったから。
学校の校門をくぐると、蝉の鳴き声が一層大きくなる。 うちの学校の校内にはたくさんの木が植えられている。おそらくそれらの木々にとまっている蝉が大合唱を始めたのだろう。
一昨日のようにグラウンドへ向かう。どうやら今日はサッカー部が練習をしているらしかった。
特におかしな点は見当たらない。
空を見上げても見えるのは少々の雲と太陽のみ。
内容が見えない直感はどうやら外れていたようだった。 内容が分からないのだから、何が直感の結果となりうるのかさえ分からないのに、俺は外れた。と感じていた。
俺はもしかして空宮杏梨を探していたのかもしれない。 ただ、空宮に会ったとして何を話すのか。
助けてくれてありがとう? 俺に術式をかけたのはお前か? 何者なのか?
質問、疑問、そんなものしか湧いてこなかった。 多分俺は、空宮のことが気になっている。
廊下で目が合った時、一定の距離をもってして彼女と対面した時。何故か彼女は微笑んでいた。瞳の奥の光は柔らかく優しかった。
しかし、異界とやらで会った時、学校の屋上まで運んでくれた時。彼女の声や瞳は冷たかった。
その違いは何なのか。釈然としない。
まともに会話をしていないから、いつだって一方通行だったから。だから俺は彼女が何なのかを知らない。
ゆえに、気になっている。
これは恋とか愛とかそんな感情ではないと、そう考えている。
歩みを進め、校舎の裏に回って花壇がある場所へと俺は向かっていた。
今日も変わらず向日葵は太陽に向かって背を伸ばし続けていた。
「あっ、朝浦陽助!?」
水撒き用のホースを取り落し、素っ頓狂な声をあげたのは制服姿の芹川結穂だった。
ざばざばとその間にもホースからは水が流れている。
「よう、今日も水やりか」
「そうだ、というかなんでここに居る!?」
「そんなに驚くことかそれ? 俺はただ………、なんだろう。暇だったから」
「暇だったから会いに来てくれたのか……?」
芹川は何事かを小さな声で呟いていた。もちろん蝉の鳴き声に遮られて俺には聞こえない。
「何? なんか言ったか?」
「な、なんでもない! それより、出歩いて大丈夫なのか? 退院したばかりではないか」
「いや、体調に問題はないよ。 ああ、そういえばお見舞いありがとうな」
「べ、別に私は何もしてない。それに美里が行こうというからついて行っただけで本当なら私は委員会の仕事で忙しくて行く暇などなかったのだがやはりこれは私が頼んだことによる作用で朝浦陽助は入院してしまったのだと考えると仕方なく本当に仕方なく美里について行った、それだけだからな!」
「はは………、とりあえずありがとう」
芹川ははぁはぁと肩で息をすると、後ろを向いて固まってしまった。
もちろんホースは拾われずに乾いた地面に水をまき散らしているままだった。
「おい、水出っぱなしだぞ。 というかホース拾わないと……」
俺はホースを掴み、向日葵の方へと向ける。
花に水をやるときは花本体に水をかけがちだが、本当はそれではだめなのだ。
いや、普通に考えれば分かる話なのだが、根元に向けて水をやらなければならないのだ。しかし、ここにもちょっとした注意点があって、土を抉らない程度に水を霧状にしてかけてやるのがいいのだ。
でもまぁ、このホースでは少し無理がある。
なのでホースの先を指で潰して微調整をして水を何とか霧状にしないといけないのだ、これがまた難しい。
「ん……んん? 難しいな」
思考錯誤しているうちに芹川は金縛りが解けたのか、赤い顔をしてこちらに向かってきた。
ん? 赤い顔?
「あ、朝浦陽助……あのな。 えっと、その」
「大丈夫か? なんか顔が赤いぞ。もしかして日光にやられたか? それなら日陰で休んだ方が」
「ち、違う! だから、朝浦陽助が体調を崩して入院してしまったのは私のせいでもあるわけで……」
「芹川?」
「なので、その……。お詫びと兼ねて花壇の水やりのお礼がしたいのだ!」
芹川は胸の前で両手を握りこぶしにし、ボクサーの構え……とはちょっと違うポーズで叫んだ。
もちろん、顔は赤いままで。
俺が芹川につれてこられたのは駅近くの少しお洒落なカフェのような場所だった。
窓際の席に二人座り、注文が来るのを待っていた。
その間、何故か会話は一つもなかった。
「…………」
「…………」
静かな店内と同様に無言になってしまい、店内のBGMであるオルゴールだけが何度もループしていた。
芹川が何故か異様に緊張している面持ちだったので、自然と俺も口数が少なくなってしまったのだった。
これは………何だ。
しばらくして注文したアイスコーヒー二人分が机の上に並ぶ。 それに加えて何故か小さなパンケーキが二人分並べられた。確か俺たちはこんなものを注文していなかったはずだ。
それを見た芹川は顔を上げ、ウェイトレスに顔を合わせる。
「それはサービスです、ウチの店では男女のカップルに無料で店長手作りのパンケーキをお渡ししています。どうぞ召し上がってください」
にっこりとほほ笑むウェイトレスに対して芹川はボボバボンと顔を赤くし、立ち上がる。
「べっべべべっ別にカップルじゃないですよ!?」
「あら、でもお二人さんの初々しい感じは成り立てのカップルに見えましたよ?」
「でもちがうんです!」
「では、将来そうなるよう願いを込めまして、これを二人で頂いて下さい」
そういうとウェイトレスはお辞儀をして俺達の席から離れていってしまった。
あのウェイトレスさん……できるっ!?
そんな感想を抱いて考えまいとしていた俺に芹川は質問を投げかけてきた。
「わ、私たちがカップルに見えるそうだ……。朝浦陽助はどう思う……?」
語尾がだんだんと萎んでいっているのが分かった。
アイスコーヒーのストローをカラカラと回し、芹川は上目づかいで俺を見る。
「どう思うって……。特には」
「そ、そうか………、はぁ」
見るからにテンションの下がった芹川。こいつはさっきからどうしてしまったのだろう。
「というか、芹川は迷惑じゃなかったか? 俺何かと恋人扱いされて」
「こっ……恋人ぉっ、……わ、私は……っに」
「ほらさ、俺の方は構わないんだけど。 芹川は……」
「か、っ構わないのか!?」
「な、何だよいきなり……。 芹川には好きな人がいるかもしれないから迷惑じゃなかったかって話で」
「そうか、構わないのか………」
「あれ、聞いてます? 芹川さーん?」
「ふふふふ……」
多少壊れてしまった芹川を横目に俺はパンケーキを一口食べてアイスコーヒーを飲んだ。
なかなか美味い。
「それじゃ、またな」
そう言って芹川と別れたのは、一時間後のことだった。
日はすでに傾きつつあり、まさに夕方と言った感じだった。 駅近くの建物は全て茜色に染まっており、帰宅途中と思われる学生やサラリーマンなどが闊歩していた。
そう言えば、と思いだす。今日は何しに学校へ寄ったのだったか。
空宮杏梨を探すためではなかったのか。しかし、彼女はどこにもいなかった。当たり前だ、夏休みなのだから。
そうすると、学校が始まるまでの残りの夏休みの間、その長い間ずっとお預けを食らうのだろう。
何に対してのお預けなのかが俺には少し覚えが無かったが、なんだかモヤモヤする。
そんな事を考えながら自宅へと向かう道を歩いていたら、見知らぬ青年に声をかけられた。
黒の半袖シャツに、これまた黒っぽい色のジーンズを履いた男である。耳には銀の髑髏が光っており、それでいて髪の色は普通に黒だった。
「ちょっとすんません、この辺の住所って教えてもらえるか?」
疲れているのか、少しぶっきらぼうな言い方で俺に訊いてくる。
旅人や旅行者には見えなかった。荷物を何一つ持っていないし、見えているのはジーンズからはみ出している長財布だけだった。
「いや、違うなぁ。 ここの場所、そうこの場所を教えてほしいんだけど」
カサカサに乾いた紙のようなものに地図が記されていた。しかし、それに記されていたのは日本語でもなく英語でもなく、もっと他の何か。読み取れそうで読み取れないような、文字であることは理解できるのだが、点字のようにも見えなくはない何かだった。
「えっと……、外人さんですか?」
「え?」
「いや、だって。これ、外国語、ですよね?」
「へ? ………あっ。 少年! 俺は今、急に用事を思い出した。丁寧に答えてくれて感謝、では! 」
何を思ったのか、ぐしゃりと紙を握りつぶしてから青年は額に冷汗を浮かべ、駅の方向へと走っていってしまった。
道の真ん中に立ちつくす俺はただ、口を開けてぼんやりとしているしかなかった。
なんだ、なんなんだ?
「用事って……道に迷ってたんじゃないのか?」
そんな陽助の独り言は町の雑踏の中に消えていくのであった。