21話:欠落した結果と要因
なんとか今日中に投稿できました。
あと、応援ありがとうございます。元気になっております。
もう少しで更新率の方も上がると思いますので、よろしくお願いします。
最後に、前回(20話)でちょいちょい出てきている『黒』という単語。
アレは何を表しているか、皆さんは分かりましたか?
(ものすごくしょーもないことですが;)
目が覚めたとき、俺は全く見覚えのない天井の部屋に寝かされていた。
体調に問題は無く、先ほどまでの脱力感や痛みはさっぱりとなくなっていた。アレは一体何だったのか。
俺の口。いや、体内から生まれた得体のしれない化物。
そして、どうしてあんなにも空宮は冷静だったのか。
そこで俺は気がついた。いや、記憶が無いこと気がついた。
あの後、口から化物を吐き出した後の記憶が全くないのだ。倒れたのは覚えている、化物と目が合ったのは覚えている。
しかし、その後の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。何か、とても驚くべき出来事があった気がするのだが。もしかしたら本当に気絶していただけで、その先の映像というものは無くて当然なのかもしれない。
そんなことよりも、生きていてよかった。
そう安堵すると、向こうに見える白いドア。その向こうから騒がしい声が聞こえてきた。
『陽助さん大丈夫なの!? 本当に? 何事もないの?』
『大丈夫ですよ。あの人がそう簡単に死ぬわけがありません。ゴキブリ並みにしぶとい人ですから』
『ミユちゃん……。でもさ、朝浦君は大丈夫だよね』
『そ、そうだ! 弱ってもらっては困るんだ、朝浦陽助にはお礼をまだし終わっていない!』
おそらくいつものみんな、そこで俺はここが病院だと気がつく。
白く清潔感のある部屋、シーツやベットからは病院独特の匂いがする。
カーテンがはためき、窓からは夏の風が吹き込んでくる。今日はそんなに暑くなく、過ごしやすそうな日だった。
バァン! とドアが開かれてわらわらと四人が部屋に入ってくる。
「お、おう………」
なんだか今の自分の立場が恥ずかしく、そんな曖昧な返事をしてしまっていた。
「何ですか、以外に元気そうですね」
「陽助さん! 大丈夫!?………、じゃなくて大丈夫かおらぁ!」
「朝浦君! もう大丈夫なの?」
「朝浦陽助! あの……その……」
四人が一斉に話し出し、俺は誰から返事をしていいのかが分からなかった。
でも、なんだかいつも通りで騒がしく、俺は安心した。
「何をニヤニヤしているんですか気味が悪い」
「俺は病人だぞ!? それにニヤニヤはしていない!」
「そうですか? 美少女四人に囲まれて王様気分になっていたのでは?」
「そ、そんなことはない!」
ずずいっ! とミユがその顔を近づけてくる。
俺は反射的に顔を引こうとしたが、壁に頭を打ち付けてしまう。
「いでっ……な、何だよ」
「……空宮杏梨に会いました。どうやら異界に行ったようですね」
ヒュゥッ、と身体に悪寒が走る。あの空間を思い出すと、氷漬けにされたような、そんな感覚に陥る。
異界、とやらに居たあの堕天使。もしかしたらミユなら何か知っているのかもしれない。
堕天使に空宮杏梨、謎が頭の中を支配する。
「ちょっと、天崎さん! か、顔が近いわよ!?」
芹川が我に返ったようにそう叫び、俺とミユを引き剥がす。
ミユは無表情そのまま離れていき、対して芹川は何故か顔が赤くなっている。
それのせいでなんだか俺は拍子抜けしてしまい、心の氷がすっかり溶けてしまっていた。
「あ、朝浦陽助! また女子を誑かして! 」
「今のはどう見たってミユから迫ってきただろ!?」
「迫ってきただなんてそんなー。恥ずかしいですー」
「何度も言うがその棒読み止めろや!」
「と、とにかく!」
一度仕切り直すように芹川が横道にそれていった話を元に戻す。
そして目を伏せがちにし、ポニーテールとしてまとめた髪を弄りつつ。
「私があんな暑い日に水やりの代行を頼んだのが悪かった。 熱射病だって下手すれば命にかかわるからな………。で、でも、無事でよかった……」
そう言った。確かに、一字一句間違いはないのだろう。しかしそれは芹川の中で、だ。
俺の心のどこかでは力が働いて、一般人には何らかの都合のいい情報に操作されているのだろうと思っていた。
だが、実際それを目の当たりにすると、驚きに加えて何だか騙しているような申し訳なさというものがこみ上げてきた。
別にだましているわけではないのだ。知られるわけにはいかないから黙っている。
こうした小さな一般人との記憶の齟齬、それが俺にはたまらなくもどかしいものだった。
「朝浦陽助………? どうした、やはりどこか調子が悪いのでは……」
「い、いや、問題は無いよ。もう歩いてもいいレベル、だと思う」
先ほどのミユと同じように顔を近づけてきた芹川。心なしか少し顔が赤いのだが、口調はいつも通りだった。日焼けでもしたのだろうか。
「そ、そうか。それなら良いんだが……」
そう言いつつ元の場所にずりずりと戻っていく芹川。一体何なのだろうか。
何故かミユがいつかのように冷たい目で俺のことを射抜いていた。なんか怖い。
少し沈黙が流れたところで、歌音が唐突に言い出した。
「あっ、そうだ! 私、花持ってきたんだよー。 飾ろうか!」
そういうと窓際にお約束のように置いてある空の花瓶を手に取る。
そして花を抱えて……ものすごくバランスが悪そうだ。今にも花瓶を落として割りそうな勢いである。
「ちょっと、美里。手伝うよ」
すかさず芹川が花瓶を持ちあげる。
「えへへー、ごめんね。じゃ、ちょっと水汲んでくるよ」
そういうと歌音と芹川は病室を出ていく。
バタン、とドアが閉まったと同時にミユはまたも近寄ってくる。
「陽助様、先ほどは訊けませんでしたが……唐突に言います。空宮杏梨に何かされませんでしたか?」
いつものようには毒舌を交えず、真剣な目でそう訊いてくるミユ。視界の端の方ではスイがこちらをじっと見ている。
ミユは無表情でその質問の真意が読み取れず、俺はしばしの間困惑した。
「なんで、そんなことを?」
「いえ、特に意味はありませんが……。吐いた化物のことが気にかかりましてね」
「………」
「あの心臓を喰らう化物に取りつかれる原因として、挙げられるのは一部の天使が使える術式にかかることなのです。アレは神罰を下すために使われる術式で、普通の天使には使うことができません。燐天使かそれ以上の階級でなければ使えないのです。 ですから、私以外の天使に接触したことがあるのは空宮杏梨だけでしたので訊いてみたということです」
神罰、燐天使などと言った俺には理解できないあろう言葉が出てきてとまどったが、要するに俺は何者かの術式とやらを受けたということなのだろう。
しかし、俺は空宮が何かしたという風には考えられないのだ。
何よりも、あの異空間から助け出してくれたのは空宮なのだ。わざわざ助け出して術式をかける意味があるのか俺には分からない。おそらく、ないだろう。
それに俺は直感らしきもので彼女はいい奴だと思っている。言動こそ冷たいように感じられるが、どこか瞳の奥には優しさのようなものが垣間見えた気がするのだ。
「多分、空宮は関係が無いと思う。勝手な直感だけど」
「そうですか。………あてのない勘を前面に押し出す辺り頭の悪さが露呈されていますがまぁそれはいいでしょう」
「なんだなんだ、綺麗に毒を盛ってきたぞ?」
どこかミユは遠い目をして、俺のことを眺めるのであった。
しばらくすると話すことも無くなってきて、みんな帰っていってしまった。
まぁ、俺としてはそんなに長々といてもらっても対応に困るというか慣れないことだから羞恥心というものが大きく膨らんできたのだ。だって病院着だし。
一応今日まで入院ということで、明日には退院できるそうだ。 そのことを親に連絡したのだが、特に反応はなかった。普通、息子が入院したら駆けつけてきそうな気はするんだがな……。
それにしても、よくあの状態で死ななかったと思う。 おそらくは、……いや、多分だが空宮が何とかしてくれたのだとは思っている。しかし、ミユは少々空宮のことを疑っているかのようなことを言っていた。
俺を参らせた術式は天使専用である、と。
俺が引っかかったのは天罰、というところである。
誰もが思うだろうが、天罰というものは何か悪い行いをした者へのペナルティのようなものだ。
それが俺にかかったということは、俺は悪いことをしたのだろうか。
それとも、天罰という俺の認識がおかしいだけで、本当は誰にでも適用される一種の技のようなものなのか。
いくら考えようとも答えは出ない。
なので俺は違和感のある唇に指で触れ、それから目を閉じる。
違和感のある唇を何度もなぞりながら。