2話:名前の付け方
昔、夢で見たことがあった。お前は統率者になるのだと。
この間の夢のように適当なものではなかった。真剣な声で、そして真剣な眼差しで俺を見つめて。
もう一度、───お前は統率者になるのだ───
言っている意味が理解できなかった。それもそうだ、小学5年生だったころの夢だ。
なのに今でも、はっきりと鮮明に残っている。
これはこれは不思議なことだ。しかし、統率と言われても何を統率するのか俺には分からなかった。
そして俺が非日常を受け入れられるのが最も理解できなかった。
それより前の話なのだが、今と同じことがあった気がする。気がするのだが、覚えていないので気がするという程度でおさまっているのだ。
性格のねじ曲がった天使とビビリの悪魔。こいつらと理解不能な日々をこれからすごさなければならないというのも、自然と受け入れられていた。
「アオミドロさん、起きてください。そして使用人のように私たちに朝ご飯を提供してください。私たちが餓死してしまいますよ?」
朝から抑揚のない声で平然と毒を吐き散らす天使に起こされた。
いや、すごく可愛いのだが性格が破綻しているので起こされても全然うれしくない。
「なんだアオミドロって……。そして訂正をしないお前が怖い」
「朝から色々と元気ですね。突っ込みとかその他も」
「さっさと部屋から出てけや! つか、まだ6時じゃねーかよ!」
「私は規則正しい生活を送らないと気が済まないんです。というわけで協力してください」
「とりあえずあと1時間は寝かせてもらうぞ。それまでお前も我慢してろ」
そう言って布団をかぶりなおす。
「…………」
とくに返事もなくなったのであいつも納得したのだろう。俺はそのまま眠りに────。
「うごおあ!」
腹部に思いっきり肘が入った。
「決まりました、じゃすとみーと」
キラリ、と目を輝かせて親指をぐっと立てるミユ。
「嫌でも目が覚めましたね、さぁ、朝ごはんを作ってください」
「て、……てめっ」
「……おなかが痛いのでしょうか? 」
「何普通に聞いてんだよ!? お前の仕業だろうが」
「記憶にございませんな、はっはっは」
「てめえ何キャラだよ!」
俺とのやり取りに満足したのか、俺の部屋を出ていくミユ。ついでに
「朝ごはん」
と呟いて出て行った。どんだけ腹減ってんだよ……。
リビングまで行くと、すでに制服に着替えたミユが椅子に背筋をピンと伸ばして座っていた。
そういえばスイの姿が見当たらない。まだ寝ているのだろうか。
そんな俺の気配を察してか、またも抑揚のない声でミユは言う。
「あの子はまだ寝ていますよ。たぶん遅刻ギリギリまで起きないと私は思います」
珍しく一切毒のない返しだった。
「わかったらさっさと飯作れ。………作ってくだ、作れ」
毒は盛ってあった。
「なんでいったん敬語に直そうとして途中で止めて命令文に落ち着くんだよっ!?」
「朝から陽助様は饒舌ですね。しかし目つきが怖いです」
知ってるわ。ほっとけ。
心の中でぶつぶつ言いながらも朝食の準備をする。いつもより一時間早い朝食作りである。
いつもの軽くすませるメニュー。もちろんトースト一枚とミルクティーという組み合わせである。トーストにはマーガリンしか塗らない派である。マーマレードとかジャムなどはどうも甘すぎて自分には合わないのだ。
チン、ガション。とトーストが焼きあがった。適当にマーガリンを塗りたくって皿に載せてテーブルに並べる。
「む、なんですかこのパン一枚は」
「文句言うな、俺がいつも食べている朝食だ」
「流石は下民。食事バランスが悪すぎて最早支えるどころの騒ぎではありませんね。万年横倒し状態ですね」
「マジでほっとけや! というか居候のくせに文句を言うな!」
「もぐもぐ………」
「あ、いや。もう聞いてすらいないのか。チッ、スイ起してくるわ」
「怖いです」
微塵も思っていない癖に平坦な声で囁くように言ってきた。
つ、突っ込んでられん………シカトだシカト。
ミユとスイ共同の部屋の前で立ち止まりノックする。一応念のためだ。
「スイ、寝てんのか?」
中からは声が聞こえない。寝ているのだろう、ドアノブに手をかけて中に入る。
床に敷かれた布団は一枚はきれいに片づけられていて(ミユのものだろう)もう一枚には黒い羽根をはやした少女が寝ていた。
「おい、ちょっと早いが朝食作ったから食え。それに今日から学校だろうが」
「うぅん………ふん。 んぁぁん、むにゃ」
「起きろっつーの!」
思いっきり布団を引っぺがす。そこに見たものは少女の下着姿だった。
は? はぁ? HA?
「てめぇはなんで下着なんだよ!?」
俺の大声に目が覚めたのか、パチとスイの目が開く。
自分で自分の体を見まわし、かあああああっと顔が赤くなる。そして俺の顔を見る。
「ひぅっ! 悪魔がいますぅ!」
俺から布団を奪い取って体を隠し、ざざざざざざっと部屋の隅まで後退する。
「ななななな、なんでここにいるですか!? 夜這い? いや朝だから朝這い!? そんな言葉ありましたっけーっ! 私頭悪いからわからないんですっ、とりあえずごめんなさい貞操だけはっ!」
「マジで突っ込みどころが多すぎで腹立つんだけどもとりあえず誤解は解いておこう! 俺は貴様を起こしに来ただけだぁ!」
「ひぅ、ごめんなさいー、怖いからすいませんー」
ギィ、とドアの隙間からこちらを見る目。
「ロリコン………」
ミユだった。
「てめぇはてめぇでなに不吉なこと言って去ろうとしてんだおい! 待てや!」
「いーやー、て・い・そ・うがー」
「だから無表情そういうこと言うのはやめろや!」
どったんばったんと朝から超騒がしかった。
「疲れた」
なんとか学校までたどり着いた俺は机に突っ伏していた。
朝から体力を使うことなんてはっきりいってまず俺の中ではありえないので、体がおかしくなりそうだ。今日の授業の大半は睡眠になりそうだ。
「どーしたの、朝浦君?朝からぐったりしてるね」
前の席から声がかかる。歌音だろう、俺は顔だけ向けて適当に返事をした。
「うわ、いつもより顔怖いよ?」
「ほっとけ………」
「そういえば今日転校生が来るんだってね! それも2人だよ~」
何がそんなにうれしいのか、歌音はいつもより笑顔である。
「とりあえず俺のクラスには来ないでほしい」
「あーっ、なんでそういうこと言うかなぁ。朝浦君、これは友達を作るチャンスなんだよ?」
「いや、………なんでもない」
いろいろ否定したい部分があったが、もうなんだか面倒くさかった。
それに転校生の正体わかってるからな。マジ面倒な奴らだよ。
「このクラスに転校してくるといいね」
「あー、ああ」
俺は適当に相槌を打って誤魔化した。もう面倒くせぇどうにでもなっちまえ、と。
でも、このクラスには来るなよ、と。
俺の願いは届いたのだろうか?
それは次に目が覚めてからのお楽しみだ。
さて、おやすみなさい………。
「朝浦君、朝浦君っ!」
歌音のはしゃぐ声で俺起こされた、時計を確認。30分程度しかたっていない。
「どうした、騒がしいぞ」
「優美さん、可愛いよ?このクラスに転校してきたんだよー!」
「優美?………ああ」
ミユ→ユミ→ゆみ→優美か。了解。
再び寝ようとする俺を止める歌音。
「んだよ」
「なんだよじゃないよぅ。あんなに可愛い子が転校してきたのに興味がないって男の子として駄目だよう。こういうのはガンガンいかないと」
「わりぃ、どうでもいいとかいうレベルじゃないんだ。寝かせてくれ」
「一目見るだけでいいからっっ!」
首を曲げられ俺の視線は生徒が集まる中心へ。そこにいたのは普段は黒い羽根を生やしているであろう少女がいた。………あ?
「っておかしいだろうが!」
「うわっ、びっくりした朝浦君。いきなりどうしちゃったの?」
俺は構わずスイのもとへ。
「お前はなんでそんなにめんどくせぇ名前にしてんだよ」
「なななな、なんでって……。ミユが」
「じゃあミユはなんて名乗ってんだよ。翠ちゃんか、ああ?」
「いえ、普通に美由ですけど……?」
「なんでだよっ! いきなり意味不明なことするんじゃねぇよ!」
「ひぅ」
周りからは非難の声。
朝浦が転校生を威嚇しているぞー。とか早速びびらせてるわー。とかかつあげ発生かー。とか。
「こらこら、朝浦君っ。優美ちゃん怖がらせ怖がらせたらだめだよぅ」
「べ、別にアタシは怖がってねーけどな」
体格に不釣り合いな言動。というか学校でもキャラつくんのか、長くは持たないだろうけどな。
「チッ、俺寝るから。邪魔すんなよ」
そう歌音に告げてから、俺は席に戻った。
その時また別の場所で出来てる人だかりの中からミユがこちらを眺めて笑っていた(ようにみえた)のはシカトするべきものだと脳が警告していた。
俺はもう学校ではあいつらに関わらんと決めた。
今みたいに超面倒なことになるからだ。今の騒ぎで俺はさらに不良のレッテルが張られたことだろう。転校生を脅す朝浦陽助、か……。マジ萎える。
俺はすぐに深い闇へと落ちて行った。




