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13話:家族

すこし遅れてしまいました。すいません!

瞬間、だった。

いや刹那と言うべきだろうか、俺は空にいた。比喩でもなんでもなく、本当に空にいた。

「いきなり失礼な方ですね、粉々になるところでした」

いつも通りの無表情でミユは言う。彼女は今、俺のシャツの首もとを掴んでいた。

「ぐ、苦しい……。ミユ…俺死ぬ」

「またまたご冗談を、陽助様がそんなことで死ぬはずがないでしょう?」

「無理無理っ!息がっ……」

「では、手を離しましょうか?窒息死なら身体は綺麗に残りますが、転落死は……悲惨ですよ?」

どっちにしても殺されるのか…っ

というか、今はこんなことをしている場合ではないのではないだろうか。

スイが大変な目に合っているはずなのだ。

そんな俺の考えを察してか、ミユはいつもより平淡な声で呟いた。

「心配するべきは……私たちがスイに巻き込まれないか、と言うことだと私は考えます。陽助様、見ておいた方が良いと思います。あれが、スイの抱えているものです」

ミユのそんな言葉の後に、断末魔と呼ばれる叫び声が廃墟内にこだましたのが分かった。

それは、スイのものではなく先ほど俺たちに向かって攻撃を放った男のものだった。

空気を裂くような音、おそらく俺は生まれて初めてそんな音を聞いたであろう。

一人の少女が血溜まりの中に座り込んでいるのが見えた。スイだ。

彼女は肩を震わせ、散ったミユの羽根に目が引き付けられている。

「降りましょうか」

ミユはただそう言って、俺のシャツの首もとを掴んだまま下降を始めた。

地面まで残り何メートルというところでスイがこちらに気付き、少し顔を輝かせる。しかし、すぐにその笑顔は失われていって、どこか苦しそうな顔になっていった。

何が言いたくて、何を言いたくないのか。今の心の中はどうなっているのか、その複雑な気持ちは俺には理解できるとは思わなかった。想像することは簡単だ。だが、本質までは見えはしない。それにもしかしたらスイ自身、自分がどう思っているのかが分かっていないような気もしたからだ。

無事に着陸し、ミユも俺の横に立つ。

スイは顔を伏せたまま拳を握りしめている。肩を震わせている。

「えーと、何だ。その………うん…」

何を言っていいのか、分からなかった。

「わ、私は………、こんな、こんな……」

嗚咽を漏らしながらスイは呟く。自分の力に対しての、言葉を。

「私は、こんな化物です……。自分で制御できないほどの力を持て余した、弱い悪魔です……」

つぅっ、と一筋の光がスイの瞳から零れる。彼女はそれを拭うが、手に残るのはただの赤だった。

それを見てまた彼女は続ける。

「私が人間界に来たのは、……精神の強さ、心の強さを高めるためでした……。だから、強く在ろうとしました。一般の悪魔のように、なろうとしました。でも、でも、駄目でした。自分の力は抑えきれなくて。頭に血が上ると、もう何も考えられなくなって……。さっきだってそうです。ミユが、あの程度の攻撃を避けられないわけないのに、なのに、私は、勝手に………」

ぴちゃ、ぴちゃ、と赤が跳ねる。

彼女の綺麗な黒髪は返ったモノを受け、酷く固まっていた。

「暴走、してしまったんです………。私は自分の力さえも扱うことが出来ないんです。そんな、欠陥品なんです」

「………。帰って風呂入らないと、髪酷いことになってんぞ」

「帰れません………、人間界に来たばっかりなのに。こんな、ことして……」

「今日の風呂掃除当番は、変わってやるからさ………」

「駄目です。こんな、危険な欠陥悪魔……そばに居たら駄目です」

「時間帯的に学校は遅刻だな、朝飯も食ってねぇし」

「学校になんて行けません……。無理なんですよ。やっぱり私なんかが、修行したって無理なんですよ」

「うるせぇよ」

「え………?」

スイの話を聞いていて、彼女は何を考えていたのか。そんなことが少しずつ読みとれてきた。

だから俺は、かける言葉を見つけられた。かなり、強引なものだが。

「お前は何を言ってんだ。修行なんていつしたよ、お前のあのキャラづくりがそうだって言うんなら全くの問題外だよ」

「そういうことじゃ、無いんですよ。陽助さんは怖くないんですか? 簡単に人を、悪魔を殺すことのできる力が近くにあるんですよ? しかもそれは制御が効かなくって、危険なんですよ!?」

「怖くないね、誰がスイなんかを怖がんだよ。それにさ、今まで一緒に暮らしてきて……つってもまだ一ヵ月も立ってないけどさ、危険なことなんてあったか? そんなに危険だったか? お前はビクビクしながら暮らしてたのか?」

「そ、それは……違うけど…」

「じゃあ、問題無いだろ。それに俺はまぁ、矛盾しちまうけどさ。怖くないわけではないよ、でもスイを信じてるから」

「え………?」

そこでやっとスイは、こちらに顔を向けてくれた。

頭からペンキを被ったかのように赤色に塗れた彼女は小動物のように身体を震わせていた。

「スイは本当は強い子なんだろ、そんなことぐらい分かる。克服しようとわざわざ人間界に来たんだろ。あきらめずに、だ。そんなスイは絶対弱くないと俺は思うんだよ。力とかそういうことじゃなくてな」

「でもっ……私は……」

「でもじゃ──────────」

「でもじゃないですね。まったく長々と説教(笑)を垂れ流す陽助様のせいで遅刻は確定ですね」

「ちょ、おい。このタイミングで何を……」

「とりあえず黙っていてください」

いきなり話に割って入ってきたミユは、当たり前のように俺に毒を浴びせつつスイに近寄っていく。

「陽助様も言っていたように、私も信じています。それにいざというときは私も力を使います。それでどうにかなるわけでもありませんが、なんとか抵抗します。その間にあなたは自分で力を抑えてくれればいいんですよ。そう、信じているからこその作戦です」

ミユが今までにない優しさで、そう、まるで天使のような包容力のある声色でスイを諭す。

そして彼女に触れ、汚れることもかまわずに抱きしめる。

「私たちは『家族』というものらしいですよ。一緒の家に住んで、助けあっていく集団のことを指すそうです。明確にはそうでないかもしれませんが、そんなことはいいんです。私たちは家族。だから、迷惑かけたっていいんです」

「う、ぅ………ミユちゃぁぁぁぁぁん!」

ついにスイが決壊した。ミユに抱きつき、大声で泣く。泣く。

ミユはそれをいつもの無表情に一般人には見分けのつかないだろう少しの笑みを混ぜて受け止めていた。

そして俺はと言うと、美味しいところを持って行かれたと言うことに今気付くのであった。





「天界に連絡を入れておきました。この場は何とかしてくれるでしょう、私たちは一度自宅に戻りましょう」

一通りスイが泣きおわった後、ミユが唐突にそう言った。

心なしかいつもより表情が固く、それでいてどこか焦っているようにも感じられた。

が、それも一瞬のことで瞬きをするとミユはいつもの表情に戻っていた。

普段から無表情なミユの顔は些細な変化を見出すことがとても難しい。だから俺は何かの勘違いだと思うことにした。

スイのことが片付いて、余計なことを考えたくなかったからかもしれない。

「そうか、じゃあ戻るか。………と言いたいところだけど、スイはどーすんだその格好」

スイはペンキを頭から被ったかのように全身が赤塗れである。それに先ほどまでは気にしていていなかったが、臭いが酷い。かろうじて吐き気をとどめている現状だ。

「うっっぷ………。なんか体調がおかしくなってきた」

「そうですね。この状態だと不審に思われますよね。では」

そういうとミユは手をスイに向かってかざした。するとスイを中心に円が描かれ、円筒状に光の柱が出現する。その光に吞まれたスイは慌てふためいている。

「ふぇぇぇっ! 何なんですかこれ!?」

「じっとしていてください。余計なモノを落としている最中です」

光が完全に消えたころ、その中心には綺麗さっぱりと赤を落としたスイがとんび座りで目をまたたいていた。

「す、すごいです! 洗濯機みたいです!」

「その表現はどうかと思いますが……。まぁこれで帰れますね。さ、私たち素早く帰りましょう」

そのミユの物言いに俺は何故か悪寒が走った。そして徐々に嫌な予感と言うものが膨れ上がってくる。

私たち、は?

「では、陽助様。地を這ってお帰り下さい。今日中にたどり着ければいいですね」

「え、おい? ミユ、何を言っているんだ?」

ミユは羽を広げ、スイの手を掴んで上昇する。

え、あれ、これって……。

「おいおい、冗談キツイぜ……。うそでしょ?」

「(ニヤリ)」

「ちょちょ、おかしいって。何の装備もなしで山下れるかぁっ!」

男がスイを転移魔法とやらで飛ばしたのは山の中の廃虚だった。それゆえに自宅からこっちに来る時にはミユに運んでもらったのだ。

もちろん、コンクリートの道なんて存在していない。道なき道という表現がぴったりとそのまま当てはまるかのような山道が目の前には広がっている。

俺の絶望を知ってか知らずか、ミユの姿はだんだんと小さくなっていく。

「え、えぇー………」

冗談ではないらしい。




「み、ミユちゃん。陽助さんかわいそうだよ……」

「いえ、いいんです。ここに来るときに足手まといにはならないようにと言っておきましたから」

「でもそれって、ここに来るまでの話じゃないの?………、ミユちゃん。なんか怒ってる?」

「いいえ。別に」


ミユの一言は風に流され消えていった。














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