11話:対策と傾向、油断
今日は珍しく俺、歌音、ミユ、スイの四人で帰路についていた。
夕焼け色に染まる住宅街はいつもとは違った一面を見せ、風景画として成り立つほどの神秘さを兼ね備えていた。
そこに仲良く並んで歩く四人の姿。
歌音は四人そろって帰るのがそんなにもうれしいのかご機嫌で、ミユは俺の踵を踏むという地味な悪戯を実行中、スイは腹が減ったと目を棒線のようにして空を仰いでいた。
そんな何気ない下校途中に、不審な影が物陰から現れた。
いや、現れたという表現はこの際どうなのだろうか。何もなかった空間から突如現れた、そう思わせるほどに奇怪な登場だった。
「ねぇ、君たち。ん~、正確に言うとそこの黒髪ロングの少女が目当てかな?」
並んで歩く俺達の前に男が立ちはだかったのだった。
その男はスイの特徴を挙げ、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべていた。
黒いコートに身を包み、サングラスを着用。髪は黒のオールバックで、乱れは見当たらなかった。
年齢は俺達より確実に年上。ただ、青年ともいえるが、雰囲気がまるで違う。
良くないオーラというか、雰囲気というかそんなものがヒシヒシと伝わってくる。
「な、なんだよっ。アタシになんか用なのか!?」
指差されたスイも驚いた様子だった。ただのナンパにしては手口が少々雑な気がする。
「もしかしてロリコンの方ですか? 良かったですね、朝浦さん。仲間が増えましたよ?」
「俺はロリコンじゃねぇわ!」
「ちょ、ちょっと朝浦君、あの人なんかおかしいよ」
いつも通りのミユとスイに対して歌音は少し怯えていた。俺だってそうだった。
こんなわけのわからないことに巻き込まれるなんてことは小学校の時以来だったからだ。
まぁ、その時は目つきがどうこうとかで上級生に絡まれただけだったが。
「とりあえずさぁ、後の人はいらないからさ、どこか行ってくれない?」
「お前、意味分かんないこと言ってんなよ。俺たちは今から帰るとこだ。邪魔すんな」
小学校の時に切り抜けた技術。自分の欠点を最大限に生かした脅し。
とりあえずは乱暴な言葉遣いでそして目つきで相手を退かせるものなのだが。
「人のソレじゃあ何とも感じないよ。もっとこう、暴力的にね? まぁ、言っても分かんないか」
その時、ミユの顔つきが少し変わったのが俺には分かった。
それと同時にミユは俺に指示を飛ばした。
「朝浦さん。歌音さんを連れてとりあえずは離れてください。何も質問せずに速やかに言うことを聞かないと爪を全部剥ぎます」
そんな切羽詰まったミユの言葉に対し、男が放った言葉は別の回答だった。
「いやいや、ここでは何もする気はないよ? 一般人の目があるからね。いざとなれば勝手にそっちが記憶操作してくれるとは思うけど……面倒だしね。その内また会いにくるよ。スイ=ティシフォネ」
その後に男はスイのことをもう一度指差し、そのまま背を向けて行ってしまった。
俺には突発的すぎて、何が起こったのかが理解できなかった。
それから家に帰るまで暗い雰囲気が四人を取り囲み、歌音は頑張って盛り上げようとしてくれたのだが、スイはずっと俯いていて、ミユはどこか遠くを眺めていて全くと言っていいほど効果が無かった。
途中で歌音とは別れ、俺たちは帰路についていたがそこでミユが突然口を開いた。
「先ほどのあの男、人間ではありませんね」
それは俺に放った言葉ではなく、スイに対してのものだった。
「そう……だね。あの人は……違うね」
スイの返事はいつものようなハキハキとした活発さが無かった。
テンションもいつもより三段階ほどダウンしているし、一体何事だったのだろうか。
俺には何が起きているのかよくわからないので、あまり口を挟まないようにしているのだが、すごく気になる。
「あの人は、私とおんなじ悪魔だよ。階級は私より上、大きな力が感じられたもん」
ぼそ、ぼそ、と言葉を吐き出していくスイ。 ミユはそれを黙って聞いていた。
「スイ=ティシフォネっていうのは、私の真名。えっと、真名っていうのは本当の名前って意味だよ」
「ティシフォネ……なるほど。 そういうことでしたか。 では、狙いがあなたと言うことは」
「そう、あの大戦で負けた悪魔族の意思を継いだ人だと思う……」
話が転々としている中、俺の頭の中はごちゃごちゃになっていた。
仕方なく今日の夕飯を何にしようかなどと考えていると、ミユがこちらを振り返ってきた。
「何を現実逃避しようとしているのですか、生ゴ……陽助様。 あなたにとっても無関係な話ではありませんよ?」
「もう注意しても治らんだろうな……って待て、なんで俺にも関係あるんだよ!?」
「それはそうでしょう? あなたは私たちを神様から任された存在なんですよ? どうして無関係なのですか? そこのところを詳しく説明できるのならお願いします。まぁ、朝浦様程度の知能では小学生相手にも論破できるかどうか怪しいところですけどね、ふっ」
「こいつ笑いやがったよ! 無表情で人を小馬鹿にして笑いやがったよ!」
「ちょ、ちょっとぉ……二人とも喧嘩は駄目だよぅ……うう」
キャラを作ることすら忘れて俺たちをなだめるスイ。これは重傷だと悟らざるを得なかった。
ミユは無表情でスイの横顔をただ眺めていた。
「と、とりあえず、家に帰って作戦会議だ! よし、帰るぞ。走って帰るぞ!」
言われてしまっては仕方がない。それに、スイの困ったような顔をいつまでも見ていたくはなかった。
俺が走りだすと、続いてミユがついてきた。
「あわわっ。ま、待ってよぅ!」
スイも混乱はしていたが、一応ついてきてくれた。このままマンションのエントランスまで走り抜こう。
嫌なことを今は忘れてさっぱり出来るように。
何か大切なことを考えるときは、一度頭を空っぽにした方がいいのだ。
だから、家に帰って落ち付いてからもう一度考え直そう。これからの対策を。
正直何が起こっているのかミユとスイが何について話していたのかは分からない。
でも、俺にだってできることはあるはずだった。
何かと問われても答えることはできないけど、何かがあるはずだった。
だって俺は、神に天使と悪魔の世話を任されたんだろう?
「陽助様はいつも頭が空っぽですけどね」
「人の心の中を読むな!?」
夕飯が終わり、皆が机に再びついたころを見計らって俺から本題を切り出した。
「えっと、今、何が起きてんのか詳しく教えてくれないか?」
ミユに言うと何か言われそうなので、スイの方を見てそう訊いてみた。
「……多分。多分だけど、あの人は私のことを狙ってる。 地獄に連れて帰って何かしらの行動を起こすと思う…」
「狙ってる? スイってそんなにすごい奴だったのか?」
地獄の、しかもスイより階級が高いらしい悪魔がスイのことを重宝しているかのような口ぶりに俺は驚いた。
しかし、スイは。
「ううん。私はすごくないよ」
「……? どういう意味だ?」
「………」
そこでスイは黙ってしまった。
リビングには沈黙が訪れる。ミユも全く口をはさんでこなかったし、これはいよいよ切羽詰まってきたのかもしれない。
「さて、今日のお風呂当番は誰でしたでしょうか?」
幾つか時が流れた後、ミユが突然そんな事を言い出した。
「ちょっ、おまっ、……空気読めよ」
「空気を読むのはKY陽助様の方です。今ここで何を考えようと事態は変わりません。分かったことをまとめて理解しておく、それで十分です。後は普段通りに過ごしましょう、それが一番だとは思いませんか?」
確かに、ミユの言うとおりかもしれない。
今ここで不安な気持ちを増大させようと、何が起こるかは分からないし、現状は変わらない。ならばいっそ逆に受け止めてしまえばいいのだ。
何が起きるかもしれないのか、という予想を立てていればいい。
それこそ不測の事態に備えて。
「それに、いざとなったら陽助様がいます。………………………超頼りないですけどね」
「何だそれは!?」
「冗談です。スイ、心配しなくても私たちがいます。何が起ころうと、心配はいりませんよ」
「ミユちゃん………陽助さん………」
スイは少し安心したのか、目を潤ませて俺たちのことを見上げていた。
なんだかんだで俺が出来ることはなさそうだが、がんばってみよう。
「それにしてもミユ。お前も気のきいたことが言えるんだな」
「何を言っているのですか? 私はいつも気配りしていますが、陽助様以外限定で」
「何故俺は差別されているっ!?」
「差別ではありません、区別です。……というのも決まり文句になってきたのであえて言いましょう、差別です」
「だからなんでだっ!?」
「ふふふっ、あはははははっ………」
気が付くと、スイが先ほどまでの辛気臭い顔とは一転して、笑っていた。
やはり、いつも通りである方がいいのか。
流石ミユだな。きっとこの芝居もスイのことを気遣って………。
「私は嘘など吐きませんので」
どうゆうことなの………。