【小さきもの】
小さくて、ふにゃふにゃ。
本当にこのふにゃふにゃコロコロの生き物は自分がいなければ生きてはいられない、そんな頼りない生き物だ。
「メダカが赤子の頃、必死に生きておる姿に感心しておったが、我が子も変わらぬものだな」
我が子を腕に抱いた父親は、穴が開かんほどにそよ小さな生き物を見つめた。
側にいる、幼い母親はそんな父親を眉をひそめて見返した。
「しょ…松太朗さま」
「ん?」
母親の物言いたげな瞳の意味にも気づかず、父親は爽やかな表情で小首を傾げた。
ふぁぁぁ
「おっ、おい!泣き出したぞ、何だと言うのだ!?」
慌てる父親をよそ目に、母親は落ち着いたものだ。呑気にあらあら、などと言いながら、父親の腕から幼い乳飲み子を引き取る。
「松太朗さまは、あっちに行っていて下さいませ。この子、お腹をすかせているのです。お乳の時間なのですから」
うっすら頬を染めた母親は、恥ずかしげにそうに伝えた。
「何も今さら授乳ごときに照れる必要もなかろう」
平然といいのける父親に、母親は何やら嫌な予感を覚えた。そんな母親の感覚など気づきもしない父親は、構わず続けた。
「我が子より先に、妻の乳房を間近く見たわ」
「―――っ!」
相変わらずの、堂々たるセクハラである。
結局、腹をたてた母親に「松太朗さまのバカ!織りはもう知りません!」とそっぽうを向かれてしまった父親は部屋を追い出されてしまった。
しかし、ずいぶん時間がたつと言うのに、出てくる気配がない。
父親は、そっと部屋の障子を開けた。
「織り?」
声をかけてみるが返事がない。
後ろ姿の妻は、まだ乳をやっているようだった。
返事がないので、そっと彼女の正面に回り込んでみた。
「うむ…」
母子ともに穏やかな寝顔である。
子どもが産まれてはじめてきづいたのだが、育児をする上で、父親とはむりょくなそんざいである。
あんなに頼りなく、幼く、無鉄砲で世間知らずだった妻が、腹が大きくなるにつれ、徐々に母親の顔つきになっていき、産まれてしまえば、かんぜんに胆が座ってしまったように、少々のことでは動じなくなった。
夜中、ごそごそと布団を出るケハイガ幾度となくしている。
赤子は昼も夜も、構わず母に甘えているのだ。
自分が代わっても、赤子は泣くばかり。そして、母に抱かれてすやすやと眠るのだ。
「こんなになるとはなぁ」
父親は眠りこけている母の頭をそっと撫でる。
愛しい我が子。こんなにも愛しく、無二の存在になるとは思いもよらなかった。
そして、妻に対する思いも、日に日に大きくなっていった。
守るものが増えるというのは、嬉しい反面、不安にもかられるものである。
人間らしく生きている。
二人の存在は、父親に生きる喜びと実感さえ持たせていた。
妻のを背中から抱き締める。
起きる気配はない。我が子も、また然り。
妻の肩越しに我が子を見る。
妻と同じ目線で、我が子を見ているのだ。
ふにゃふにゃコロコロ。
本当に頼りない存在である。
年若い妻も、また然り。
「あたたかい…」
そう呟きながら、父親は乳の香りに包まれゆっくり目を閉じた。
夢のなかで、家族3人がただただ微笑んでいた。




