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後編

 それにしても、耳や尻尾、いろんなところの形状が変わっても、瞳だけは黒い。

 真っ黒。

 真っ黒な瞳に、私の姿が映る。

 黒い瞳って、映りこみやすい気がする。


「―― ……戻って良いよ」

「何に、ですか?」

「ブラックに、だよ、早く」


 急かした私に、ブラックは不思議そうに頷いて、ぱさぱさっと羽をはばたかせ芝生の上に足をつけるのと同時に元の姿に戻る。

 すらりと長い手足に、うそ臭い尻尾。

 うそ臭い尻尾は今、不安そうにゆらりゆらりと揺れている。


「鳥、嫌いでしたか?」

「何でも好き、何でも平気。きっと、カエルとかトカゲや、蛇になっても好き」


 だから、いつも通りで良いよ。とブラックのほうを見ることもなく続けた私に、ブラックは言葉の意味が分からないというように、迷っている。


 どうして良いのか分からないのだろう。

 ごめん、私も分からない。


 自分で振っておきながら。ただ、今は顔がなんか熱いからあんまり見て欲しくないんだよね。

 かさっと芝生が踏まれる音がした。


「マシロ」

「え、ちょ、ブラック?」


 自分の席に戻るのかと思ったら、私の傍に膝をついて私の顔を覗き込んでくる。


「何か嫌なことありました?」

「な、ないよ。ないに決まってる、当たり前じゃない、私たちは今お茶してただけだよ。ほ、ほら、ブラックも立って、膝汚れちゃうし、珈琲、は、もう冷めてるかもしれないけど、でも、残ってるし、ね?」

「でも、マシロが私を見てくれません」


 そっと私の手を取って、頬を擦り寄せると、捨て猫みたいに見上げてくる。


「見てる見てるっ! 見てるに決まってる。ほら、座ってってば」


 また、ブラックの瞳に私が映る。普段全然気にならないのに、急に意識してしまったら、それは妙に恥ずかしい。


 恥ずかし過ぎて、心臓五月蝿い。

 今更な馬鹿騒ぎに、もっとずっと恥ずかしくなる。


 慌てて顔を逸らした私に、ブラックは首を傾げる。視界の隅に、しょぼんっと芝生の上に落ちてしまっている尻尾が目に入る。か、悲しんでる?


「ご、ごめん、別に怒ったとか、嫌なことがあったとか本当にそうじゃないよ? 大体理由が無いじゃない、話だってええと、嗜好品の話と猫以外になれるのかって話しかしてないし」


 だから、ね? と重ねてもブラックは納得しない。


 ―― ……ぺろり


「え?」


 突然ブラックは舐めた。私の指先を、そしてそのまま舌を這わせて指の付け根を舐める。


「ちょ、ちょちょちょちょっと! ぶ、ブラックっ! 何してるの?」

「香味や刺激を得ているんです」

「だから、私は食べ物じゃないって」

「食べ物ですよ」


 いって、ぺろりとまた舐める。舐められるのが初めてというわけではないが、くすぐったい以上に、ぞくぞくとする。まだ日は高いし、庭だし本当にやめて欲しい。


「甘くて美味しいから仕方ない。それに、私だけが味見出来るんですから、尚特別です」

「だ、だったら今じゃなくても良いでしょ!」

「いつ? いつだったら良いんです?」


 いつ? と重ねて息を吐く。手のひらに当たる暖かな吐息に、私の背筋が痺れた。


「ゃだ……って、ヤダっていってるでしょっ!」


 ―― ……がつんっ!


 久しぶりに拳骨を落とした。

 恋人関係になってからなかなかそういう機会はなかったが、それが今急に来た。ブラックもすっかり気を許していたのか、いつものことだからか、素直に殴られて私の膝の上につぶれた。


「マシロが食べたかったのに……」

「突然発情しないでっ!」

「えー、だって、マシロもそうだったんでしょう? 顔赤かったですよ? マシロ、そういうときあまり私の顔を見てくれなくなりますし……」

「~~~~~……っ!!」


 言葉を失くす。顔といわず身体中熱い。


「違うのなら、どうして、逃げたんです?」

「え、ちょ、引っ張らないで」


 ぐぃっと、ブラックは私の腕を強く引き椅子ごと押し倒した。椅子は微かな音を立てて芝生の上に転がり倒れる。

 もちろん倒された私も、痛くはないけど驚いた。


「ねえ、どうして? どうして、逃げたんです? 触れたくなったからじゃないんですよね? なら。嫌いになったからですか? え、嫌い? まさか、嫌いなんて……傷付きました」


 暴走してる。

 人を押し倒して組み敷いて、猫が暴走を始めた。


 いや、妄想? お日様はまだ高い、青い空に、薄っすらと二つ月の影が見える。そういえば、あの月、満ち欠けが無いな……。

 どうでも良いことを考える。考えてないと、この擦り寄ってくる猫に負ける。確実に。庭は駄目だろ。うん。駄目だ。外だ。でも、正直に話さないと離してはくれないだろうな。


「ねぇ、ブラック、私を見て?」


 首筋に擦り寄ってきていた頭に手を差し入れて、そっと梳く。ブラックは擦り擦りと私に纏わりついてから頭を上げた。

 綺麗な瞳に困ったような私が映っている。


「黒い瞳って色んなものがハッキリ映るのかな? じっと、覗き込んだら、みんなの目にも私は映りこむけど、ブラックの瞳が一番濃く映りこむ、恥ずかしいくらい、はっきりと……」


 ブラックは不思議そうに瞳を瞬かせ「―― ……確かに黒い瞳は珍しいですが……絶対にないわけでも……」といったあと、不機嫌そうに眉をひそめて


「それより、相手の瞳に自分の姿が確認できるほど、私以外と見詰め合わないでください」


 不貞腐れた。

 その様子に、うん……と素直に納得して、ごめんと謝罪する。


 私が髪に触れていた指先で、ブラックの頬を撫でれば、すぐに眉間の皺は取れてしまい、心地良さそうにうっとりと瞳を細める。その従順な姿に胸の奥がきゅぅと締め付けられる。それはとても心地良い感覚で、愛しいという気持ちがこれなのだと実感する。


「良く映るのは、私が一番マシロを見ているからですよ……。それに、マシロの瞳にも私は鮮明に映りこんでいます。同じ色を持っている」


 ああ、そうだ、私とブラックは別々の世界だけど、少しだけの共通点がある。


「……私にとってシル・メシアって、きっと、エミルとかカナイとか……みんなが見ている世界とは違って見えていると思う。元の世界と違いすぎるから……ブラックは、私に近いのかな? 私と同じように、みんなとは違う目で世界が見えるのかな……」


 自分でも何をいってるんだか? という話になってしまった。笑われたって仕方ないし、不思議がられても仕方ないのに、こういうときブラックは決して笑わないし、茶化したりはしない。


 今も、そうだ。


 ブラックは、もう映りこむ姿が確認出来ないくらい近くに降りてきて、そっと、私の眉間に唇を落とす。

 反射的に、瞼を落とせば、優しく瞼を食み、囁くように口にする。


「マシロと同じかどうかは分かりませんが、他の住民と私は明らかに見ている世界は違うと思います。私にとってこの世界は全て無意味。色のない世界も同然でしたから……」


 静かに瞼を持ち上げれば、視線が絡み、微笑まれる。


「―― ……でした?」

「ええ、もちろん……マシロが居れば私にも欲しいものが出来る。欲しいものが、必要なものがあれば、生きるのは無意味ではないです」


 意味あるものなんですよ。と優しく締め括って、柔らかく唇が重ねられる。珍しくも感じてしまうくらいの、長く触れるだけのキス。唇から伝わってくる熱が、じんわりと身体を熱くしてどきどきと鼓動を早くする。


「同じがあって、嬉しい……」


 いえば、もう一度唇が重なって、今度は触れるだけには留まらなかった。


 まだ、お日様は高いのに、なぁ……と頭の片隅で考え、それでもこの猫が好きな私は瞼を落としてしまった。


 だって、嗜好品は口にしないと、苛々するし、ね……。

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