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白蒼月銀狼譚~二つ月の集った世界(種シリーズ②)  作者: 汐井サラサ
番外編:正しい月の追い掛け方
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後編

「そろそろ諦めるかな?」


 シゼが自嘲的な笑みを零したとき、ただ真っ直ぐに登っていた光の花は、ぐんっとたわみ弓なりになる。


 風に揺れるその様は、流水のような軌跡を残し夜空に幾つもの放物線を描く。


 本当に幻想的な景色だと思う。

 強い光に、夜空の星も霞んで見える。


 これが、群生し、全てが月を目指したら、それはとてもつもなく圧倒的な情景だろう。


 時間を忘れて、首が痛くなるまで私は空を仰いでいた。どうして、今これが消えてしまったのか、やっぱり不思議だ。


 ―― ……ばふっ


「ひっ!」

「もう散りますから、少し我慢してください」


 我慢してくださいって、シゼ……。


 ぼんやりと呆けていた私の頭の上から、乱暴にさっきの黒布を大きく広げて掛けた。

 その中に、シゼも身を寄せて「肌が出ないようにして置いてくださいね」と念を押す。


 私の顔は、どうして? と、問い掛けていたのだろう。

 シゼは、僅かな隙間から、梯子草を仰いで瞳を細める。


「これからアレが降ってきます。光が残っている間。あれは、人体に有害です。皮膚組織を腐蝕させます」

「ええっ!」


 素直に驚いた私に、シゼは、ふふっと微笑んで「大丈夫ですよ」と付け加える。


「大抵の場合、地上に落ちるまでに光は失われます。そうして、地面に、降り落ちたものは地に根を張り新たな月追草となる。それまでに、その種を回収したものが月の欠片と呼ばれることもあります」

「あ、それ、聞いたことある。とても強い精神安定効果をもたらせるんだよね」


 いった私をちらと見てシゼは「正解です」と微笑む。

 私が、シゼの話に夢中になっている間に、梯子草の飛散は始まっていて、キラキラと夜空の星が降っているようで綺麗だった。


 自分で、大丈夫だといいながら、私の肌が外に出ないようにシゼは強く引き寄せて、布を手繰り寄せる。

 こんなとき、ついこの間まで、シゼは私より小さかったのにと、いつも思う。


「なんか悔しい」

「はい?」

「この間まで、シゼはこんなに小さかったのに」


 身動きとりにくい状態のまま、このくらいと手を振ると、シゼがすかさず「そんなに小さくないです」とぼやく。


「兎に角、私が守ってあげなくちゃと思ってたのに、すっかり逆転」

「最初から僕はマシロさんに守ってもらうようなところありませんけど」

「そんなことないよ! 少なくとも私は有事の際はシゼを背に庇うつもりだったよ。もう、ちっとも隠れないけど」


 今では背に隠れるような大きさではないし、現に今だって私の方がすっぽり納まってしまう。


 本当、残念。


「それでもきっと、マシロさんは僕を背に庇うでしょうね……」

「え?」

「いえ、別に、マシロさんはきちんと自己評価出来ない駄目な人だといったんですよ」

「……ああ、そうですか」


 眉を寄せれば、くすくすと楽しそうに人の真横で笑う。

 笑ったあと、少しだけ回した両腕に力を入れた。僅かな間、抱き締められる。まだ何かあるのかと、私は動かずにじっとされるままだ。


「このまま……」

「え?」


 何事か呟いたシゼの唇が肩に当たって、温かくくすぐったい。問い返せば、シゼの腕は緩んで「なんでもありません」とふわりと布を取り去った。


「もう、終わりましたよ」


 これ、お願いします。と、布を私に手渡して、シゼは鉢植えの傍に歩み寄っていく。


「たった、これだけ、たったこれだけの時間人々は耐えることが出来なくて、月追草を追いやったんです」

「え?」

「無知は愚かです。知らないことに怯えることも愚かです。月追草が危険なのは、このたった数分なのに、知識を持ち得ない人々の暴挙によって、月追草は月を追うことが出来なくなった」


 シゼは、枯れてしまったように萎れてしまっている鉢植えを片手に、私の傍に歩み寄りながら続ける。


「月追草が今ない理由。もう半分の正解は人的被害です。月の欠片の有効性は認めるけれど、それは他に代替が利く、もっと安全でもっと害のないものが……人が、刈り取り燃やしてしまった……とても昔の話です、けどね……今では、これを大量に育てることも禁止されています」


 いいつつ、私に手を出したシゼに釣られるように私も片手を差し出した。シゼはその上にころんっと二粒、降ってきた欠片、種を乗せる。


「一つは、エミル様に差し上げてください。もう一つはマシロさんにどうぞ。今夜付き合ってくれたお礼です。もっと、必要なら拾ってください」

「ありがと……」

「いえ、僕らは薬師でしょう? 薬が良いものであるばかりだなどと思わない。必ずついてくる副作用についても、ちゃんと理解している」


 ことんっと鉢植えをベンチの上において、シゼは後片付けを進める。私も受け取ったものをポケットに押し込んで、手早く布を畳んでベンチに乗せたらその傍に寄った。


「法術だって、万能ではないんですよ? 僕、時々カナイさんとそのことについて情報交換するときがあるんですけど」


 本当に、真面目ですね。お二人とも。

 私、課題をこなすとき以外に、エミルやカナイの頭を借りてそんな話することないよ……。


「そのときに聞いたんですけど、法術による治癒っていうのは、体の健康な部位を削って、治癒に宛てるんだそうです。だから、完全ではない。薬とあまり違わない……」


 人は万能を求めすぎますよねぇ……しんみりと口にしたシゼに答えたのは


「それはつまり、私のことですか?」


 もちろん、私じゃない。


「ブラック」

「こんばんは、珍しいものが見えたので、立ち寄りました。こんなことをするのは貴方たちだと思いましたよ」


 にっこりと告げて、私に歩み寄ってきたブラックは、ふわりと私の頬に顔を寄せてから、すっとポケットの中にあった欠片を一つ摘み上げる。


「月追草は、青い月を吊り上げたみたいですね」

「上手いこといいますね?」


 苦々しく口にしたシゼの台詞を気にとめることもなく、にこりと交わしてブラックは月に欠片を翳す。

 まだ中心が、ほんのりとした光を放っていた。


「いくつか貰いましょう」

「ええ、しっかり買い取ってくださいね。研究費にあてますから」


 ……商売してるし……。


 私はそんな二人を眺めてぼやんとしていると、ブラックがふとこちらに振り返って、マシロ、と声掛けてくる。


「ん?」


 と首を傾げれば、そっと私の傍で腰を折り耳打ちする。

 私はそれに頷いて、扉に歩み寄ると、いってた通り転がっていた結界石を取り除いた。


「っ! う、うわっ!」

「え、アルファ?」


 取り除いた途端、アルファが流れ込んできた。


「ほら、私よりずっと癖の悪い出歯亀がいるでしょう?」


 楽しそうに私の隣に歩み寄って微笑んだブラックに力なく頷く。


「もう、みんな、何やってるの? 誘ったときに断ったくせにー」


 私がぶーたれたら、みんな曖昧な笑みを浮かべて、気まずそうだ。その騒ぎに気がついたシゼが声を跳ね上げた。


「エ、エミル様まで何をされているんですかっ!」

「あ、ええと、うん。ごめん……ちょっと、気になって」

「結界石で庭園は封鎖するっていったじゃないですか、その石だってカナイさんに造ってもらったのに……」

「え、ええっと『シゼの初恋を楽しもう』企画っ!」

「ばっ、馬鹿アルファっ! 違う、こっそり応援しよう企画だ」

「ちょ、もう、二人とも声大きい」


 ―― ……こいつら……。


 全く……と、落とした溜息がシゼと被って顔を見合わせるとお互いに苦笑した。


「白月に手が届くのは、寄り添っている青月だけですよ」


 ぽつりと零して、夜空を仰いだシゼにつられて、みんなで静まり返って、夜空を仰いだ。決して届くことのない光の梯子は、人が登ることは叶わないこと、本当にそう、なのかな?


 ―― ……このまま時間が止まれば良いのに……


 私にはそう聞こえていた。

 もし、時が止まったなら登ることも叶うかもしれない、そう思ったのか、それとほほかに意味があったのか、私はシゼではないから分からないけれど、でも……みんなで見上げる月はとても綺麗で……また、こんな時間が持てると良いなとは私も思った。


 とりあえず、今日はやっぱり良い一日でした。……と。


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