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白蒼月銀狼譚~二つ月の集った世界(種シリーズ②)  作者: 汐井サラサ
番外編:正しい月の追い掛け方
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前編

「―― ……で、最後かな?」


 よいしょっ! と、温室の一角に頼まれていた最後の一つのプランターを指定位置に据える。


「シゼ、他に手伝うことない?」

「ないです。お疲れ様でした。早々に帰寮してくださって結構です」


 あ、相変わらず可愛くないなー。


 私はいつもと本当に全く変わらない調子のシゼに苦笑しつつ、それじゃ失礼しようかなと腰を上げる。


「シゼはまだ何かあるの?」

「ここでの作業は終わりです。片付けたら、研究棟に戻りますよ」

「片付け手伝おうか?」

「僕の仕事なので結構です」


 にこりと声を掛けたのに、あんまりだ。ま、いつものことだけれど。私は、シゼにそれならと温室の片隅にある水場で手を洗って、温室を出ることにした。


「マシロさん」

「ん?」


 さて、戻りましょうかというときに声を掛けられて、やっぱり手伝って欲しいんじゃんと、心うちでほくそ笑んで振り返れば、シゼももう終わってしまったようで、手を洗っていた。


 …… ちっ


「今夜暇ですか?」

「え、うん。これから寮に戻って、いつも通りにカナイにちょっかい出して遊ぼうかと思ってただけだから、用事ないよ?」

「……とてつもなく、無駄な時間の過ごし方をするんですね」

「有意義といってよ」


 しらっとした、シゼの答えに私はキッパリと答えた。ラウ先生に掴って、午後中途半端な時間になってしまったのだから、あとすることといえばやっぱりそれくらいしかない。


「まあ、良いです。時間があるなら月が真上に来る頃、屋上庭園へ来ませんか?」

「シゼも来るの?」


 特に考えもせずに口にすれば、タオルで手を拭いながら、はぁと溜息を落とす。


「勿論、僕が声を掛けているのですから、僕も行きますよ」


 いったあとで、やや黙したシゼは「やはり」と口にして


「迎えに行きます」


 と、続けた。


「屋上庭園くらいなら迷子にならないよ」

「なれるようなら、なっていただいても構わないのですけど」

「すみませんでした」


 かくんっと頭を垂れて謝罪すれば、シゼはくすりと笑いを零した。なんとなく、シゼの笑顔はレアで、それを見ると、してやった感がある。


 今日はとても良い日だった。


 まだ終わってないけど。


「夜ですから、エミル様たちに無駄な心配と手間をかけては申し訳ないです。だから、行きます。ここに立ち寄るので予定より少し早く寄りますから、待っていてください」


 きびきびと何かの行事の案内をするように口にするシゼに、ついつい悪戯心の湧く私。シゼはカナイの次に弄ると楽しい。


「はい、先生。デートですか?」

「何かいいましたか?」

「……い、いえ、何も。部屋で大人しく待ってます」


 楽しいはずだったのに、最近空振りが多い。

 シゼも大人になったなぁ……。


 そんなことを考えながら私は部屋へ戻った。


 * * *


 そして、約束どおり日がとっぷり沈んだ頃、シゼが迎えに来てくれて私たちは連れ立って温室に向った。


「そういえば、エミル様たちも誘ったんですけど、揃って断られました。マシロさんだけは、余程暇なんですか?」

「……暇ですが、何か問題でも?」


 実際、私も誘ったのだけど、にっこりと断られた。

 今、忙しいんだって。

 シゼが一緒で館内に居るのなら、心配要らないだろうからといわれたんだけど、みんな何やってるんだろうな?


 シゼはラウ先生が管理している温室の鍵を開けて、私に待つようにいい中に入ってしまった。


 ラウ先生の温室は今日運び込んだのもそうだけれど、正直、天然記念物とか、猛毒性があるものとか……普段お目にかかれないようなものばかりだ。

 それも毒々しい色のものが多い。


 昼間ならまだしも、夜にここを見ると、樹海だ。


「お待たせしました」

「あ、それ知ってる梯子草だよね?」

「ええ、正解です。そろそろ咲く頃なので、月のある場所へ連れて行ってあげようと思ったんです」

「それ、花咲くの?」


 屋上庭園を目指しつつ。シゼの手の中にある植木鉢をちらりと見て告げる。育ちの悪いススキのような草だ。

 勉強不足だと怒られそうな話だけど、シゼは「咲きますよ」と簡単に答えてくれただけだった。


「ですが、これは咲くかどうか分かりません。僕が種から育てたんです。とても時間と手間がかかって……でもね、とても昔はこの草は割りとどこにでも群生していたんですよ。今は、あまり見かけないですけど……」


 そういって、手の中でそっと鉢を撫でるシゼは、それを大切にしてきたのだととても良く分かる。


「どうして、見かけなくなったか想像つきますか?」

「んー、開花条件に合わなくなったのかなぁ?」

「半分正解。梯子草の開花条件として一番重要なのは月光です。それゆえ、基本的に夜しか開花のタイミングがない。それなのに、それを奪うものが多い。建物は勿論ですが、大きくなりすぎた木々も邪魔になります。開けた場所でないと駄目。それなのに、大樹に寄り添いその根から養分をとるという特性もある……気難しいですよね」


 くすくすと笑うシゼは、ちょっと意外だ。

 シゼって、本当にここで学ぶことが好きなんだなと改めて実感した。


 彼は根っからの薬師だ。


 あ、開けてもらえますか? と声を掛けられて、私はわたわたと屋上庭園の扉を開いた。


「誰も居ないですよね? 庭園の使用許可は貰ってあるので、大丈夫だと思いますが、その辺ちょっと確認してきてください」

「え、ああ、うん。分かった」


 私はシゼに促されて、先に入り屋上庭園の外周をぐるりと一周した。

 もう遅い時間だから、人影はない。


「大丈夫だったよ」


 と戻れば、シゼは広いレジャーシートみたいなのを中央に広げてその上に鉢植えを置いたところだった。


「これ、蕾もないのに、花が咲くの? 不思議だね?」


 私はその傍にちょこんと腰掛けて、マジマジと観察するけれど、細い笹のような感じにも見えるだけだ。そんな私の疑問にシゼは笑うことなく、話を続けてくれる。


「茎にそっと触れてみてください」


 いわれたとおりに、親指と人差し指で挟んでそっと撫でる。


「しこりのようなものが、中にあるような気がしませんか?」

「ん……んぅ~……あるような、ないような」

「それが、蕾です」


 そうなんだ……と頷いて、空を仰ぐ。

 真っ暗な空にはいつもと変わらない二つ月。

 そして、満天の星。


 綺麗だなぁ、と思い、エミルたちも来れば良かったのにと素直に思う。あと、ブラックもね。


「マシロさん、寒くはないですか?」


 少し離れていようと、ベンチまで下がったらそこに置いてある大判の黒い布を指された。


「あとで使いますけど、今から被ってても良いですよ?」

「へーきだよ」


 にこりと告げて腰掛けると、シゼもその隣に腰掛けて、私たちはそのときを待った。


「もう直ぐだと思うんですけど……」


 座っているのももどかしそうにしているシゼに、苦笑して、膝をコツコツと弾いている手を掴んだ。


「大丈夫、ちゃんと咲くよ。きっと、シゼの思いに答えてくれる」

「わ、分かってますよ」


 びくりと肩を強張らせたシゼに告げれば、赤い顔をして答えてくれる。いつもの弄り甲斐のあるシゼだ。

 私がそう思ってほくそえむと、シゼは「あ」と声を漏らして、立ち上がる。


 キラリと根元が光ると、あとは、いっきにぽぽぽぽぽっと光の粒が夜空へと登っていく。


「すご……」


 茎なんて私の腰辺りまでしかなかったのに、それを完全に無視して、どこまでも高く高く光の粒は列をなし、月を目指す。


「梯子草の別名は月追草といいます。月を恋い、目指し、登ろうと駆け上がっていく。でも、決してそれが届くことはありません。人も植物も何一つ月には届くことはない」


 そういって夜空に上っていく梯子草を見上げるシゼの横顔は寂しそうだった。


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