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白蒼月銀狼譚~二つ月の集った世界(種シリーズ②)  作者: 汐井サラサ
第一回キャラ人気投票一位獲得記念番外編:君と二人で……
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離島にて……

※君と二人で……展開時のブラック※

 面倒臭い。


 何故、白化は一つずつしか出来ないのか。

 昨日今日そうなったわけではない、遥か昔からそうだった。いつの時代の種屋もこの作業を面倒だと感じていたけれど、やめることはルール違反。


 ただ、時間も場所も制限はされていないから、常に片手間に行ってきたことだ。


 そうだというのに、今は時間にも場所にも縛られている。

 奇跡的に被害から間逃れて多く逃れてきたものが居る、小さな村の一角に種屋が居ることを流し、種を持ち寄らせる。

 もちろん、現場から持ち帰ったものもあったから、それらの持ち主と思われるものも寄るようにと広めた。


 人がこんな面白くも何もないものを、欲しがるなどとはこれまで微塵も考えたことはなかった。


 白化後の球体は、ただのゴミでしかない。

 種から剥ぎ取る不必要なものだ。

 放っておけば勝手に消える程度の取るに足らないものだ。


 延々と同じ作業を繰り返していると、日が傾いてきた。

 マシロの気配を感じられる場所に戻りたい。海を隔てると、いくらマシロが特別でもその存在一つを探るのは容易ではない。種屋でも無理だ。一応やってみた。


「あらぁ? 種屋さん、こんなところで何をやっていますの?」


 はあ、と溜息を吐いたところで、一度聞いたら忘れないだろうと思われる声、容貌の持ち主に声を掛けられる。顔を見なくても分かる。大聖堂の現在の学長だ。


「事後処理をしています。貴方もさっさと跡始末を急いだほうが良い。貴方の指示か生徒の勝っ手か知りませんけどね」


 こんなところに、私が珍しいと思えるような種はない。

 持ち帰る価値もないといいたいようなものばかりだ。


 面倒臭い。

 適当にけりをつけて帰ろうか……。

 マシロに会いたい。


 続ければ続けるほど不愉快だ。マシロが大丈夫でも、私が大丈夫ではない。どんどん気分が下降し萎えてくる。


「あたくしは、そうねぇ、んふ、問題ありませんわ。優秀な助っ人を呼びましたから」

「そうですか」


 興味ない。

 彼女が傍によると、蠱惑的という言葉をそのまま香りにしたような、匂いがする。魔術的なものであるし、それによって人を惹きつけてやまないものだ。常に、そんなものを纏っている彼女の気が知れない。


「それにしても、種屋さん? 事後処理など、こんな場所でやらなくても良いのではなくて?」

「やっても問題ないでしょう?」

「それは、そうですけれど……」


 そこで、意味ありげに台詞を切った彼女に、眉間の皺がよる。また一つ抜き出したものを、持ち寄ったものに渡す。

 一々品定め――が必要なほどのものもないが――するのも、面倒臭いので全て均等に金も渡す。


 種を受け取れば、代金を支払うのもルールだ。

 金額に異議を述べるものが居れば、答えるのが面倒臭いので、種を増やした。


 本当に、早く帰りたいんです。私は。


 もう一度、溜息を零して、やっと顔を上げれば手入れの行き届いた長い爪を、赤い唇に添えて首を傾げていた。


「あたくし、貴方が会話の出来る方だと思いませんでしたわ?」

「はい?」

「掛け合うということとは無縁な方だと……あたくしのお喋りに付き合っても、なんの利益もないでしょう?」


 本当に何もない。


「分かっているのなら、一々、話し掛けてこないでください。大体、話を聞かないタイプというのなら、貴方が筆頭でしょう」


 不機嫌に告げても、傍に居る彼女は「あら」と少女のような――とてもそんな年齢ではないはずだ――愛らしい声を出し、妖艶に微笑んだ。


「それが女の特権ですわ。あたくしは、話をする側の人間ですの。殿方はあたくしの美声に酔いしれ、所作に恍惚とする。当然ですわ」


 大聖堂の生徒は大変だと、今始めて思い、僅かな同情すらしそうになる。

 まあ、大抵のものは誘い込まれ、落とされていることに気がつくことはないだろうけれど。脳内常春とは良いことだ。


「貴方、恋をしていますのね!」

「―― ……だったらなんです」


 突然の思いつきのような台詞に、否定する理由もなく無愛想に返せば「まぁまぁまぁ!」と甲高い声が繰り返される。一々反応が大きい。


「素晴らしいですわ! 種屋さんが恋。愛……、ああ、先代、先々代にもあれば宜しかったのに」

「それは無理でしょう。彼らは美しいときを欲するような弱さはなかった」


 というか、先代、先々代の種屋の存在を記憶している学長……彼女は本当にいくつのなのだろう……問いたい気もするが、マシロなら女性に年齢を聞くなんて! と膨れるだろうし、私自身ただの興味で、彼女がいくつであっても関係はない。


「あら、愛は弱さを生むものではありませんわよ」


 にこにこと、花でもまき散らすように笑みを零した彼女に首を傾げたが、あっさり無視された。本当に、彼女の方が会話をする気のない人だと思う。


「でも、種屋さんを虜にしてしまうなんて、どちらの姫君かしら。とても興味がありますわ」

「貴方のような人ではないことは確かです」


 マシロの美しさは彼女のように華美なものではない。夜空に浮かぶ白月の様に、穏やかで優しく慎ましいものだ。


「あら、冷たい。女性は女性をないがしろにする殿方を嫌うものですのよ?」

「……っ!」

「あら、あらあらあら、本当に心を寄せていらっしゃいますのね? 愛する方にどう思われるのかが気になるなんて、可愛らしい仔猫ちゃ……」


 ―― ……ガウンッガウンッ!


 手を伸ばす彼女に、間髪居れず発砲した。


「私に触れないでください。さっさと仕事に戻っては如何ですか?」

「うふふ、まあ、恐い」


 当てるつもりはなかったが、至近距離での発砲をにこやかに交わし、弾を地面に叩き落してしまうような魔女にいわれたくはない。


「ですが、今夜はとても面白いものを見せていただきましたわ。美しいとき……そうですわね。美しいときを望むのは、こうやって見上げているもののみですわ……青い月には見えぬもの。で、あったでしょうね」


 空を仰いで、そういったあと、私へと視線を戻して、ふ……と、微笑んだ彼女はようやく姿を消した。

 本当に何をしにわざわざ出てきたのか……意味が分からない。意味が分からないけれど、すっかり陽も落ちてしまった。


 人も途絶えたけれど、時間が勿体無い。


 回収した行く宛てのないものを片付けよう。


 早く帰りたい。


 そんな風に思う場所が出来るなんて、それだけでも、歴代には有り得ないことだった。これまでがどうであったかなんて、私にもどうすることも出来ない。

 その必要もないだろう。それが、この世界のあり方だった。


 ただ、今だけは、私の代だけは、少しだけ違うという、それだけのことだ。


 ふ、と彼女と同じように空を仰ぐ。

 二つ月が今日も変わることなく並んでいる。マシロもこの月を見上げているものだと、そう思っていたのに、まさか、月の見えないところにいるとは思わなかった…… ――。




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