エミルサイド―2―
ここが、行き止まり……行き止まりということは、待機場所になる。そんなに閉所感はない。天井も高いし。マシロが暗所恐怖症とかでなければきっと大丈夫だろう。
まあ、今更、暗いところが怖いということはないと思うけど……心細さ、くらいはあるかな。
少しでも休める場所を、確保するため乾いた場所を探しながら、ここまでの道のりをおっかなびっくり歩いていた姿を思い出しこっそり笑いを零す。
割と平らな岩を発見。
そう苔むしている感じもないから、ここなら大丈夫かな?
不安そうにこちらの様子を窺っていたマシロを振り返り、おいでと手を伸ばした瞬間、ほんの少しだけマシロが逡巡したのが分かった。僕に対する迷いか、それとも、今この場に居ない誰かに対しての迷いか。そのどちらにしても胸苦しい。
* * *
僕が考えていたよりは、早く、二人とも迎えに来てくれた。出入り口付近の瓦礫を破壊したのだろう。
僅かな空気震動が奥まで届いた。
そのあと、ばたばたと足音が聞こえてくる。あの軽さはアルファかな?
腕の中のマシロは、静かに眠ったままだ。ヒカリゴケの胞子に当てられたのだと思う。ヒカリゴケ種の毒は、それほど強いものはないし、マシロの様子から眠りを誘う程度のものだと判断した。
ただ、眠っているだけ。それだけだと分かっていても、少し不安だった。もう一度だけ、ぎゅっと抱いた腕に力を込めて頬を擦り寄せる。
名残惜しい。
永遠に二人だったらどんなに良かっただろう。
たとえ、まだその心が僕のものでなかったとしても、他に誰も居なければじっくりと時間をかけることも出来る。
マシロも、僕も、ただのシル・メシア国民で、王都かそれより離れた場所でのんびり暮らしていたとしたら……。
「あ、カナイさん! 二人とも居ましたよ。大丈夫ですか? エミルさん」
跳ねるようにかけてきたアルファが、にこにこと僕に向って手を振ってくる。急な魔法灯の明るさが目に染みた。
それに先に気がついたカナイが、アルファの頭を小突いて明かりを僕らから逸らした。
「大丈夫か? マシロ、どうかしたのか?」
いつもより数倍心配そうな声でカナイが歩み寄ってくるのが可笑しい。アルファも「マシロちゃん怪我でもしたんですか?」と少し焦っているのが可笑しい。
これでは、到底、二人だけ、なんて妄想でも無理だ。
―― ……ん?
そっと、マシロを抱き上げて立ち上がり、僅かな明かりでその表情が確認出来た。
「カナイ、明かりこっち! マシロが見えるようにして!」
「え、あ、ああ」
僕の焦りに同調するように、少し慌ててカナイが洞窟内を明るく照らしてくれた。やんわりとした光に包まれていた薄暗い鍾乳洞は、その神秘さを失ってただの穴になる。
「真っ青ですね? 死んじゃっ……」
―― ……バキッ!
「っ! いった! イタイじゃないですか! 今、何で殴ったんですかっ!」
景気良くアルファの頭を叩いたのはカナイだ。僕じゃない。
「……結構吸ったみたいだな……あ、っと、アルファは、このあたりのコケを採取しておいて……どれをとっても光虫に違いないだろうから、適当で構わない。カナイ、僕らを図書館に送って、早く」
「へ? あ、ああ」
思わずカナイを急かして、アルファを忘れて帰ってしまった。でもアルファは最初の予定通り、僕らが乗って出た馬も連れて、特に機嫌を害することなく戻ってきた。
「え、ええと、エミル様?」
真っ青な顔をしたまま眠っているマシロを見ていられなくて、シゼの研究室をうろうろした。
「何? いつマシロの目が覚めるか逆算できた?」
「あ、いえ、はっきりとは……ですが、ご存知だとは思いますが、ヒカリゴケ種の毒は……」
「分かってる。分かってるよ……でも、僕のミスだ。もっと早く気づいて、もっと早く対処してあげるべきだった。たとえ症状が軽いものだったとしても、吸い込まないに越したことはないのに……」
出てくるのは後悔ばかり。
珍しい形での二人きりが嬉しくて、マシロが眠ってしまうのが惜しくて、沢山話しかけてしまった。嫌なことまで思い出させて、話をさせてしまった。
「エミル様。まずは、ご自身が薬を飲んでください。マシロさんと同じように、症状に関係なく、吸い込まないことに越したことはありません」
いって、当然というように薬湯を差し出される。薬を睨みつけたって、マシロが眼を覚ますわけではない。
薬を受け取って、一息に煽る。ラウ博士が、ふらふら出歩いて研究棟にいないものだから、シゼに負担が掛かった。
「明日の昼ごろには目が覚めるのではないかと思います……それからマシロさんには、薬を服用してもらったので問題ないと思います。先ほどアルファさんが持ち帰ったものをサンプルに、少し頂きましたが、血の流れが少し悪くなり体温が下がって、強い眠気を呼ぶ程度です。少し貧血は起こすかもしれません
が、後に引くようなものは残らないと考えられます」
「……そう、分かった」
分かった、というか、分かっていた。が正解。杓子定規の回答なら、僕にも直ぐ導き出せる。
ここに居てはシゼにまで当たりそうだ。そんな自分に苛々して、薬の精製だけ念を押してから部屋を出た。
ここまで、自分に苛々したのは久しぶりだ。
王宮に居た頃はそれが常だったけれど、出てからはそうでもなかった。心だけは平穏で在れたと思う。
だから、変われたつもりで居た。
何も変わらないのに。
好きな子一人守れない。
僕は何も守れない…… ――
うろうろしてても仕方ないし、自分の責任には向き合わないと……。そう、思いなおして、マシロの部屋に戻った。室内ではカナイとアルファが着いてくれていた。
「エミルさん、大丈夫でしたかー?」
「うん、僕は平気」
頷いて、ちらとマシロを見る。
まだ青白い顔をして目を閉じている。
「大丈夫、平気って顔してないけどな? お前こそ休んだらどうなんだ?」
「無理。僕はマシロの傍に居る。居なきゃだめだ……二人とも休んで……というか、席を外して」
自分でも珍しいと感じるくらいだ。二人はもっと珍しいと感じただろう。僕の命令染みた台詞に顔を見合わせたあと、互いに苦笑する。
見透かされているようで、居心地が悪い。
「りょーかい。一応、俺、起きてると思うから、何かあったら声掛けろな?」
「じゃあ、僕、本当に寝ちゃいますね」
カナイは寝たほうが良い。
そういっても、きっとカナイのことだ深い眠りは得られないだろう。それが分かるから、僕も、分かったよ。と頷くにとどめた。
―― ……ぱたん……
静かに閉まった扉から完全に音が消えると、僕は、ベッドの傍に椅子を引き寄せて腰掛けた。
悪い夢は、見ていないようで良かった。
「……ごめんね」
そっと額に掛かった髪を流しても、ぴくりとも反応しない。深い深い眠り。




