表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白蒼月銀狼譚~二つ月の集った世界(種シリーズ②)  作者: 汐井サラサ
第一回キャラ人気投票一位獲得記念番外編:君と二人で……
90/141

―6―

 * * *


 次に目を覚ましたときには見慣れた部屋の中だった。

 私が馬鹿になって居なければ、ここは寮の私の部屋だ。ぼーっともやの掛かったような頭の片隅で、記憶の整理をしたいけれど、出来ない。


 私、何やってたんだっけ?


 重たい身体を起こしたところで、気遣わしげなノックが聞こえた。私の返答を待たずに、扉は開かれて、起きていた私に少しだけ驚いた顔をされた。


「やっと、目が覚めたんですか?」

「―― ……ただいま」

「おかえりなさい。こちら、解毒剤になりますから、起きたのなら飲んでください」


 ベッドまで歩み寄ってきたシゼは、お盆に載せてきていたマグを私に握らせた。

 甘い臭いがする……。

 反射的に眉を寄せると「苦くないですよ?」と可愛らしい声が掛かった。薬は苦すぎても嫌だけど、甘すぎても駄目だと、どうして、誰もシゼに教えてあげないんだろう。

 そんな私も、いえずに居る一人だ。


「あの、エミルは?」

「エミル様でしたら、ギルド事務所に依頼完遂の報告に上がっています」

「私、は、何してるの?」

「寝ていたのでしょう?」


 ……どうやって問い掛ければ、私はシゼから欲しい情報が聞きだせるのだろう?


 困惑した私に気がついたのか、シゼは、兎に角手の中の薬を飲むように告げて話を続けてくれた。


「昨夜遅く、カナイさんとアルファさんが、戻らないお二人を迎えにいったんですよ。そして、マシロさんは光虫の胞子の毒に当てられて、ぐったりと……。エミル様が、なるべく吸い込まないようにしてくださっていたということだったのですけれど、ゼロではなかったのでしょう?」


 確かにヒカリゴケ種は、胞子に微量の毒素を含んでいるものもある。

 あの中では、視界の確保があまり出来なくて、細かな種類の特定までは至らなかった。エミルが平然としていたように思えたから、そんなこと頭からすっかり消えてしまっていた……。


 私は、ちびりとマグに口をつけて、やっぱり甘いことを確認し、勢いをつけて一気に煽った。チビチビなんて飲んでたら途中で吐く。甘すぎて吐く。

 うーっと唸った私の手から、シゼは空のカップを抜き取って「少し休んだら直ぐいつも通りに戻りますよ」と締め括った。

 では、忙しいので。と、それ以上の説明もなく、シゼは部屋を出て行ってしまった。


 それと入れ替わるようにエミルが戻ってきた。

 普通に元気そうだ。にっこりと、いつもの穏やかな笑顔で「大丈夫?」と傍に寄る。


「私は、平気だけど……エミルは平気なの? 毒って……」

「僕? 僕は大丈夫だよ。ほら、僕は王族だから」


 ……意味が分からない。

 余程、私が不思議そうな顔をしていたのだろう、エミルは説明を続けた。


「ある程度の毒には耐性があるんだよ。だから、自然界で浮遊している程度の毒性では僕は影響受けない。マシロは、辛かったかな? 大丈夫?」


 心配そうにそう続けて、ベッドの脇に腰掛けたエミルは私の頬にそっと触れる。


「だい、大丈夫っ! 大丈夫だよっ!」


 急にハッキリと思い出してしまった。

 私、エミルにキスされて……。


 いや、いやいや、夢かもしれない。

 ふわぁっと顔が熱くなるのを隠すことも出来ずに、僅かな希望を込めて問い掛ける。


「え、えぇぇっと、私、エミルとキス、とか、して、ないよね?」

「したよ?」


 ―― ……したんだー、やっぱり。あれだけ都合の良い夢じゃないんだー……。


 私は、あの人を責めることは出来ない。私ってば、私ってば、私……。うう。どうして、あのときなんとも思わなかったんだろう? いくら私がエミルに気を許していたとしても、凄い恥ずかしかったはずだし、避けなければならない事態でもあったはずだ。

 なのに、私、私……ぼーっとって、何? 有り得ない。 毒? 毒のせいか? 毒のせいだよね。ということはつまり……


「き、緊急避難的な?」

「ううん。したかったから」


 あ、あぁぁぁぁぁぁ……。頭を抱えた私にエミルは楽しそうに笑う。


「良いよ。緊急避難的な感じで」


 ふわふわと頭を撫でながら「マシロがマシロを許せなさそうだから」と続けられ、私は益々沈んだ。


「本当に、平気だからなかったことにして良いよ」


 静かに続けられた言葉に、私は顔を上げエミルを見た。エミルの深い水の底の色をした瞳が、私を優しく見つめている。


「マシロが楽なように……」


 続けて私の頭を抱え込むように腕を回すと、そのまま引き寄せて髪の毛に口付けた。


「……エミル、私に甘すぎるよ」

「好きな子に甘くなるのは当然」


 もう一度だけ、頭にキスを重ねて、エミルは立ち上がる。

 情けなく、ありがとうと零した私にエミルは普段と変わらない調子で「シゼの薬ほどじゃないよ?」と続けた。


「あれ、何とかするように進言してよエミル」

「無理、無理だよ。あれはシゼの優しさだから」


 多分……と、続け机の上の瓶に「報酬だよ」とじゃらじゃらと私に止める隙もなく銀貨を投下した。明らかに全額だ。


「それに、シゼの薬が無駄に甘いのはマシロの分だけだよ」


 もしかして愛されちゃってるのかな? と冗談なのか本気なのか分からない調子で口にしたエミルに私はがっくりと項垂れた。


「ねぇ、僕考えたんだけど」

「ん?」


 そんな私に気がつくこともなく、机の端に体重を預けて、私に向き合い、にこにこといつもと全く変わらない調子で話を続けてくれるエミルに私は首を傾げた。


「王族は、一夫多妻制みたいな感じなんだけど、逆でも良いと思わない?」

「ぎゃ、逆って?」

「多夫一妻制とか」


 エミルの冗談はいつも本気なのか嘘なのか分からない。カナイ曰く常に本気だそうだ。

 ということは、これも本気……本気でそんなことを考えているメリットが意味不明だ。一夫多妻制には理由がある。あるのだろうと思う。一人の女性が繋ぐ命の数は限られている。その観点からどうしても多く必要なことだってあるだろう。私はそこに含まれたくないけど、決して。


「メ、メリットは?」


 恐る恐る問い掛ければエミルは「メリット?」と繰り返し、んーっと唸る。唸ったあと、ぽんっと手でも打ちそうな閃き顔で


「心の平穏」


 と人差し指をぴんっと立てて、にっこり告げてきた。

 告げられてもっ! いや、いやいや、待て、まだもしかしてが残っている。


「ハーレム作ろうって奥さんは、た、大変だね?」

「え、マシロ大変?」


 やっぱり私かっ! 流れ的にそうじゃないかと思ったんだけど、あまりの有り得なさに全否定したかった。


「そっか、大変。大変だよね……うん。みんなマシロが大好きだから……」


 その折っている指は誰を数えているんですか?! 折り返してきたんですけど……勘弁して下さい。みんなからの愛。重すぎます…… ――


 赤くなったり青くなったりしているだろう私に、エミルは歩み寄って来て、ぽすっと頭に手を乗せてそっと撫で、顔を覗き込んでくる。


「薬効いてきたみたいだね。良かった……」

「え?」

「ううん。なんでもないよ。今日はゆっくり休んでいてね」


 外出禁止。と可愛らしく付け足して「また、誘ってね」と重ねたエミルに、うんと頷けば、とても幸せそうな顔をされてしまった。

 ほんわりと私の頬まで熱くなる。



 * * *



「なんだ? 思ってたより直ぐ回復するんだな?」


 エミルが出て行って暫らくすると、カナイとアルファがどやどやと押し掛けてきた。私が平気だといって、二人にお茶を準備していると、持ってきた多分私へのお見舞いと思われる品をアルファが、開封……試食しているのを横目で見ながら、カナイが告げる。


「うん。そんなに毒性の強いものじゃなかったみたいだし。心配してくれた? ありがとう」


 と気楽に声を掛けて、お茶を出す。

 二人はそんな私の台詞に、顔を見合わせてから私を見た。なんだろう?


「そうなのか?」

「え、」

「だって、マシロちゃん、真っ青だったんですよ。僕、駄目だったのかなーと思いました」


 ……アルファ、あんたはもっと気を遣え。


「あのねぇ、ヒカリゴケ種の胞子には毒性を含むものも多いけれど、直ぐに生死にかかわるような猛毒種はないっていわれてるんだよ?」


 私でも知っていることだ。

 眠気が襲ってきたり、吐き気があったり……軽い幻覚症状を起こしたり、そんな程度のものだったと思う。


「それに、何よりエミルさんが、見つけたときは元気そう、というか、どうしてだか、機嫌良さそうだったんですけど……」

「―― ……」


 それに関してはノーコメントです。知りません。私は何も。


「マシロちゃんの様子が確認出来るようになって、思ったより多く胞子を吸っちゃってたみたいで……エミルさんとたんに真っ青になって……」


 あんなに動じてるエミルさんはじめてみました。と、感慨深げにアルファは頷いて、机上のロールケーキを頬張る。フォーク出すから、丸ままかじりつこうとするのやめて……。もう遅いけど……。


「自分自身に変化がなくて、気がつくのが少し遅かったんだと……。それで、スゲー責任感じてたみたいだぞ? 甘かったって、凄い悔やんでた。だから、俺も結構やばいのかと思ってた」

「まさか! シゼだって大丈夫だっていってくれたでしょう?」


 私の台詞に、カナイとアルファはもう一度顔を見合わせて「それはそうだけど」と前置いて「なー?」「ねー?」と可愛らしく頷きあう。

 そういえば、この二人は薬師素養がないから細かいことまで覚え切れないんだよね……。


 でも、エミルは、この二人とは違う。ちゃんと分かっていたはずだ。顔色を変えてしまうほど悔やむことも気にすることもない。

 それに、さっきは、そんな風には見えなかった。冗談としか思えないことも口走ってたくらいだ。逆にいえば、いつもよりテンションは高かったと思う……。でも、この二人が私にそんな嘘をつく理由はない。


 私、まだまだ、エミルのこと理解出来てないな…… ――




※ ご愛読ありがとうございました。

 予定より更新が遅れてしまい申し訳ありません。そのお詫びも込めまして、次回配信予定のメルマガにて、このお話のエミルサイドを配信させてもらう予定です。良かったら、そちらの方もお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ