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第八話:負け犬の遠吠え

 それから暫らくは大人しく過ごしていたものの。


 ―― ……物凄く退屈だ。


 あまりに退屈だから、極力近づかなかった王宮に出掛ける、というアルファにくっ付いて出掛けることにした。アルファは少し驚いたようだったけど、特に止める理由はないからと一緒してくれた。


「今日も騎士塔?」

「そうですよ。あまり気は進まないんですけど、一応騎士団に属しているんで使われるんですよね。他に暇してる人居ると思うんだけど」


 ぶつぶつといいつつも、アルファは公務をサボらない。

 図書館ではしょっちゅうサボっているのに、王宮でのエミルの評価を自分の行いで上下されるのは嫌なのだろう。


 久しぶりに来た騎士塔は、相変わらず歴史を感じる重厚さだ。巨大な二つの塔から成っていて、塔に挟まれる形で訓練場がある。私たちが到着すると、既に訓練は始まっていたようで、抜き身の剣が風を切る独特の音がしていた。


 直ぐに参加するアルファを見送って、私は前に来たときと同じように、隅っこに休憩の為か設けられているベンチに腰掛けてその様子を眺める。


 アルファは大剣が一番得意だといっていたけれど、こういうときは皆と同じ刃を潰した片手剣を使っているようだ。

 弾く音が少し鈍い。

 アルファより大きな生徒が殆どなのに、アルファを見ていると体格差なんて全くないようだ。それよりもずっとアルファの一振りの重さのほうが勝っているのは、ど素人の私にでも分かる。


 一人、二人と音を上げ始め、生徒の大半が地面に膝をついたところで休憩の声が掛かった。


 にこにこと歩み寄って来たアルファは――確かに暑くはないとはいえ――あれだけ動き回ったにも係わらず汗一つかいてない。

 きょとんっとその様子を見ていた私に、アルファは首を傾げたが、飲み物を持って来てくれた生徒から私の分も受け取って渡してくれる。


「あれ? あったかい」

「外は冷えるから、気を使ったんだと思うよ。ほら、僕のは冷たいです」


 ぴとりと私の頬に自分のカップを押し付けてくる。冷やりとした感触に私は肩を竦めた。


「マシロちゃんのも美味しそうだよね? 一口下さい」


 一息に飲み干してしまう姿をぼんやり眺めていたが、アルファに両手で暖を取っていたカップをすっと抜かれ我に返る。アルファは、私の了承など得ることもなく一口飲んで「あつっ!」と眉を寄せ「おいひぃです」と再度勧めてくれた。


 私はアルファの二の舞ならないように、ふーっふーっと念入りに冷ましてから口をつける。


 ―― ……ココア……かな?


 少し豆の香りがするから、何か入ってるのかもしれない。

 そのとき、はたっと気がついた。もしかして……アルファは、毒見のつもりで最初に飲んだのだろうか? そのことを聞いてみようと思ったら、アルファは生徒の一人に声を掛けられていた。


「えー……面倒だなぁ。用事があるなら自分から来るようにいってくれない?」

「いえ、しかし王宮騎士の方もいらしているようですし……その……」


 駄々を捏ねるアルファに困りきっている生徒が、ちらりと私を見た。ココアも美味しかったし、私はアルファの袖を引き「行ってあげたら?」と進言する。アルファは、まだ面倒臭そうではあったが私がいうならと腰を上げてくれた。


「マシロちゃんはここで待ってて……一緒に連れて行ってあげたいんだけど、上の人たちって石頭ばかりだし部外者を嫌うんです。マシロちゃんが嫌な思いしたら可哀想だから」


 本当に申し訳なさそうにそういってくれるアルファに苦笑しつつ頷いた。それでも懸念があったのか、呼びに来てくれた人に案内されながらも何度か私のほうを振り返る。


 私は勝手についてきただけだから、そんなに気にしなくて良いのに、いつの間にか凄い心配性になってしまっているアルファを微笑ましく思う。そして、手持ち無沙汰にぱらぱらと自主的に訓練を再開した人たちを眺めていた。


「見ているだけじゃ退屈じゃないですか?」


 突然掛けられた声に驚いて声の主を見上げると、はい。と、みんなが使っているのと同じ剣を膝の上に落とされた。

 ずしりと重く冷たい感じが酷く恐ろしいような気がする。


「大丈夫です。刃は削ってありますから唯の玩具ですよ」

「で、でも、私、素人ですから」

「普通に騎士塔に入って来られるんですから、部外者ともいい切れないですよね。ちょっとですよ。軽く振ってみていけそうなら、オレの剣を少しだけ受けてみてくださいよ」


 駄目だ、とか、無理だ、とか、繰り返したのに、この人は全然聞く気がないようで完全に無視され腕を引かれた。

 多くの剣胼胝けんだこで、ごつごつとした手の平が私の知っているどの人とも違って少し怖かったけど、仕方ない。

 私は、諦めて剣の柄を握った。私がずぶの素人だと分かれば、それ以上を求めてくることもないだろう。そんな軽い気持ちもあった。


 ずしりと重くて片手では到底支えられない。


「両手でしっかり握って、腰を据えて構えるんです。足は片方少し前に出して」


 かつんっと足を弾かれて、慌てて体勢を整える。

 何とか真っ直ぐ立つことには成功したけど、こんなもの振り回すのは、私にはやっぱり無理。

 私が立ったことに興味を示し始めた他の人たちの視線が集まるのも感じる。早くやめてくれれば良いのに、と思うのに相手は全くそのつもりはないらしく


「それじゃ、そのまま構えててくださいね」


 といい残し、私から間合いを取ると自分も軽く片手で剣を構え、驚いて動けない私の剣先に振り下ろした。


 ―― ……ガシンッ


 とても重く厚い音がして、剣から伝わる振動が体中に響き痺れる。

 やめとけよー、とか、頑張れよー、とか、外野の声が聞こえてくる気がするが、私に剣を渡した相手はにこにこと気にする素振りもなく、何度も私に剣を振り下ろす。


「次は上……次、左……」


 下ろす先は、伝えてくれるものの、一撃一撃が重くて腕も足もじんじんと悲鳴を上げている。


「も……無理」


 ―― ……カシャン……


 震える腕では剣を支えられず取り落とし、それどころかまともに立っていられなくて、地面に膝をついた。剣を落としたというのに、耳慣れてしまった音がする。

 驚いて顔を上げると、彼はそのまま剣を振り下ろす。


「……っ!」


 私は声にならない悲鳴を上げ両目を堅く閉じる。

 死なない程度でも痛そうだ。痛みに身構えたのに、その痛みは一向に襲ってくることはなく、代わりにガランっと私が剣を取り落としたときと同じような音がした。


 そろそろと双眸を開くと隣には戻ってきてくれたアルファが立っていた。


 対峙していた彼の握った剣は柄しか残っていない。

 地面には、折れた刃しか落ちてない。


 私が落とした剣は、アルファの手の中だ。刃のない剣で弾いた衝撃で相手の剣は折れた。


「どういうことかな? 刃はなくても当たれば怪我をする。当たり所が悪ければ死ぬことだってある。知らなかったんだ?」


 アルファは、きっと私と同じように、剣戟に痺れた腕に耐えかねて膝をついたのだろう相手に剣先を突きつけた。


「教えて、あげようか?」


 怒ってる。本気で……。


 辺りの空気が全て凍るような冷たい声。

 ひぅっと息を呑んだ相手は反射的に「ごめんなさい」「すみません」を繰り返していたが、アルファには届かないようだ。


「君は知らないようだから。これは玩具の剣なんだよね? それでも僕が揮えば君の首くらい簡単に飛ぶよ。あの折れた剣みたいにね。やってみよう、使い方次第だと皆にも分かるように……」

「っ! すみません、ほんの冗談で、軽い気持ちで」

「軽い気持ちで打ち込むんだ? 素人相手に。しかも女の子相手に。こんなもの握ったこともない相手に」

「手加減しました」

「ふーん。じゃあ、僕も手加減してあげる。半殺しくらいで済むんじゃない? 手加減するから」


 私もだけど誰一人間に入れなかったのに、一人が勇気を出してアルファに声を掛けた。


「その辺で、許してやってくれませんか? 俺も一緒に謝ります。止めなかった俺らも悪いから」


 アルファの殺気に立ち上がることすら出来なくなっている人の隣に立ち頭を下げる。その様子にアルファは顔色一つ変えることなく「良いよ、君も一緒で」と加えた。


「君のいう通りだ。ここに居た全員連帯責任で良いよ。僕にとって君たちの命なんて微塵も惜しくない。死に急ぐなら死ねば良い。嫌なら、全力で掛かってくれば良い。力の差ってものを教えてあげる。大体そんなくだらないことよりも彼女に掠り傷一つでも付くほうが問題だ。彼女は君たちとは違う。身を持って知れ」


 ひゅっとアルファが剣を振り上げ、慌てて止めようと声を張ろうとしたのとほぼ同時だ。


「それまでっ!!」


 同時過ぎて自分が一瞬男声になったのかと錯覚した。


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