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辿り着いた先は広い空洞になっていた。鍾乳洞だ。洞の奥半分くらいが水場になっていて、天井からと地面から無数の鍾乳石が突き出している。
その皇かな岩肌には、発光系のコケでも付着しているんだろう。光源の少ないこの場所で僅かに光を帯びている。ここまで通ってきた、横道に比べればずっと明るい。ぼんやりとしたものではあるけれど……。
とても幻想的で、神秘的なところだ。空気だけなら、聖域のものと酷似していると思う。
「曲がったつもりはないけど、海が近いのかな?」
エミルが、あたりを観察しながらぽつと述べる。
「このあたりまでくれば急に落盤したりしないだろうから、少し休もうか?」
落盤?……あ、そっか、そうだよね。
出入り口はそれで塞がっちゃったんだし、その付近でじっとしているのは安全とは考え辛い。だから、エミルは探検なんていい出したんだ。
「凄い綺麗だね……なんか泳いでる……」
おそるおそる、水辺によって水面に目を凝らすと、小さな黒影が、すぃーっと泳いでいくのが見えた。
「気をつけて、あまり水辺には寄らないで」
ぐっと腕を引かれて、私はよろりとエミルの腕の中へ納まる。エミルは、私ではなく水の奥へと瞳を細めて、水面を睨んでいたが、ふぅと肩を落として、とりあえず離れようと促した。
「とても静かだから、ここに直接の危険はないと思うけれど、何が生息しているかわからないから、水場には寄らないほうが良いよ。もし、引き込まれでもしたら、助ける方法が極端に少ない」
きっぱりと口にしたエミルに、私は胸がきゅっと苦しくなり、暗い水面をちらりとみてから、顔をそむけた。確かに底が見えるところもあるけれど、深いところもあるかもしれない。そこに何がいるかなんて私には分からない。
エミルは私が納得したのに頬を緩めると、少し休もう。と、壁際の岩に腰を降ろした。そして手招きして自分の膝を叩く。
多分。
いや、絶対そこへ来いということだと思うけど……
「と、隣で良いです」
「駄目だよ。濡れちゃうかもしれないし、それに出来るだけ傍に居て。僕、念のために一つだけ結界石を持ってるんだ」
いってエミルはポケットから、もうこちらで見慣れてしまっていた緩く赤い色を放つ石を取り出して私に見せた。
「効果がある範囲も限られているし、離れているのは得策じゃないよ」
「で、でも、膝は、その、私軽くないし」
「重くもないよ。それに、僕、カナイやアルファと違って役に立たないよ? ほら、何か出るかもしれないし?」
にこにこと告げるエミルの笑顔に、私は思わず後ろを振り返った。
何もない。
怖いくらいの静寂があるだけだ。
ぼーっと暗闇に浮き立つ鍾乳石もおぼろげで恐怖心を煽る。
「おいで」
私が心を震わせるのを肌で感じたように、良いタイミングでエミルは重ねる。私は、伸ばされたエミルの手を取って、足の間に入り片方の膝をお借りした。
物凄く近いけど……肌寒さはなくなったし、少しだけほっとした。
エミルに触れられるのは陽だまりに抱かれているようだ。それなのに
「身体が冷えてるよ?」
大丈夫? と、重ねられて緩く抱き留められると、いつも傍にある香りだけど、いつもなら落ち着く香りのはずだけど、私はぱぁっと全身が急に熱持ったような気がした。
「ブ、ブラック!」
湧いてくる熱を振り払うように、急に声をあげた私にエミルは驚いたと思うけど、そんなに変わらない調子で、くすくす笑うと「うん、ブラックが何?」と問い返してくれた。私は特にそのことで話題があったわけではないから、わたわた、ぐるぐるとしつつ何とか話を繋ぐ。
「獣族って、優秀なんだよね?」
別に自分の恋人が優秀だという話をしているわけではない。切り口がブラックからだったからそう思われても可笑しくはないんだけど……。
「うん。そうだね……重職。というよりは貴重な職かな? に就くものには獣族が多いよ」
エミルは特にブラックに限った話ではないというように取ってくれたようで、ほっとした。
「ブラックもそうなんだけど、テラやテトだって、良くしてくれてるし、そんな風に感じたことなかったんだけど……やっぱり他の人とは溝があるんだよ、ね?」
私に対してみんな良い人だ。ブラックは勿論だけど、テラやテト、ティンだって良くしてくれる。でも、彼らは人間を良くはいわない。悪くもいわないけれど無関心だし平行線。下に見ている節もある。
「溝、かどうかは分からないけれど、やっぱり人間と獣族は違うかな? 彼らは僕らよりずっと優秀だ。器の大きさが違うんだよ、だから自ずと備わる素養も変わってくる。だから、彼らが僕らのような人間と同じように肩を並べているという考えを持たないのも、分からなくもない」
「……そう、なのかなぁ?」
「マシロは特別だから。だからきっとこの差を感じないで居られるんだよ。彼らの存在は人の劣等感を刺激する。世界にとって必要だからお互いに排斥されるようなこともないけれど、今以上の歩みよりもない……」
エミルは、どこかぼんやりとそう口にしながら前に流れてきていた私の髪を指に絡めとり、肩に回していた腕を私の頭に添えて自分の胸に引き寄せた。規則正しい鼓動が耳に届く距離だ。
「それが、普通?」
「それが普通」
エミルの答えは少しサミシイ。
けれど、世界が抱いている価値観を私一人が、変えるなんて無理な話だ。だから、私は、それ以上の問い掛けをしないことくらいしか出来なかった。




