―1―
今日もシル・メシア王都は快晴。
本当に、悪天候とは無縁の場所だ。ほんの少し寒さが増してきたとはいえ、息が白くなるにはまだまだ掛かる。
「今日は何かないかな?」
「あるよー」
「あるあるー」
私は午後、暇を持て余して、ギルド事務所を訪ねていた。いつものようにギルド管理者をしているテラとテトに笑顔で迎え入れられる。嬉しいけど、ちょっと、正直……なんというか、耳に痛い。二人同時に声を発してもらうと酔いそうだ。
苦い笑いを零して「どんなやつ?」とカウンターに歩み寄った。
* * *
ぽちゃんと天井から水滴が落ちて、私はぴくりと肩を跳ね上げた。
「エミル、エミルってさ、常に冷静だよね、物事に動じないよね」
「んー? そうかな」
「だって、この状況で焦ってないんでしょう?」
眉を寄せ思わず嘆息してしまう私とは対照的に、エミルはのんびりと岩肌を撫でて、周りを物珍しそうに観察していた。
ここは、紛うことなき洞窟だ。それ以外に表現する方法はないくらい、はっきりと洞窟だ。白骨とか転がっていそうなイメージではない。どちらかといえば湿った空気が立ち込めていてひんやり。そして、爬虫類とか低温動物が好みそうだ。
因みに入り口は崩れた。
落盤した。
つまり出口もついでに塞がれてしまったわけで、私は普通に焦っている。
私の掛けた台詞にも、エミルは「焦る?」とのんびり首を少しだけ傾けてきっぱりと答える。
「大丈夫だよ」
その泉の如く湧いてくる自信が、どこからなのか是非とも聞きたい。
「で、でも、頼みの綱のカフスだって落としちゃったっていってたでしょ? ブラックも今日明日は連絡が取れないっていってたんだよ?」
凄く珍しいことではあるけれど、時々ある。海を渡った先へブラックは出張中なのだ。
落盤の衝撃で、少し被ってしまった土ぼこりをエミルが丁寧に拭ってくれる。でも、私は子どもではないので、そのくらい出来る……と、力説しても、結局私が折れるのは目に見えている。だから最初から、エミルの好きに、やって貰いながらぼんやりと思い出す。
* * *
「え? 珍しいね?」
「ええ、本当は物凄く嫌なんです。本当は貴方の傍を離れたくはないんです。ですが、マシロには、きっとそうしたほうが好かれると思うので、我慢します」
ブラックの意味不明な台詞に首を傾げれば、説明を加えてくれる。
「離島で、大聖堂が大きな魔術実験を行ったんですよ。どうやらそれが大きな失敗をしたらしくて」
あっさりと口にするけれど、ブラックが動くのだ。人が沢山消えてしまったのかもしれない。
「地形も少し変わってしまっていますし……その確認と、種の回収。なんですけど」
ごにょごにょと続けるブラックに苦笑する。別に私はブラックの仕事に今更否定的な気持ちはない。何か後ろめたく感じる必要もないのに。
「以前なら種だけ回収して戻るのですが」
いって、ブラックは嘆息する。大体、大聖堂も自分たちの失敗くらい、自分たちで尻拭いをするべきなんです。とぶつぶついいながらも、諦めも入っているのだろう。強くはいわない。ただ、本当に私のことだけを、気に掛けていて迷っている。
「やっぱり、そうして帰りましょうか。マシロのことも心配だし、やっぱり嫌だな……」
「平気だよ? そんな何日もあけているわけじゃないんでしょ? 私だって子どもじゃないんだから……それに、平日だし、普通に授業受けて、普通に簡単なギルド依頼受けてあとは寮に居るだけだし、変わらないよ?」
「……それは、私が居なくても良いという意味ですか」
あ。ブラックが不貞腐れた。
不機嫌そうに寄せられた眉とは対照的に、耳がしょんぼりと垂れている。
「違うよ。心配しなくても良いよっていってるだけ」
「本当に?」
可愛らしく重ねられると、噴出してしまいそうだ。
どうして、美形で綺麗系なのにこんなに可愛いんだろう? 笑える。
「でも回収以外に何? 地形でも直すって?」
私の頭では良く分からないけれど、有り得ないことでもやってのけてしまうのが、ブラックだし、何をいっても今更驚かない。
「違います。その……現地で、白化も済ませて帰ろうと思っていて……」
ごにょごにょといいつつ、やっぱりやめようか。と、迷っている。
その姿がとても愛しい。
そこまで説明してくれれば、それが私のためだと直ぐに分かる。ブラックは、私のためにしかそんなこと考えないだろう。
そう思うととても嬉しい。
「ありがとう。ちゃんと、残ってる方に返してあげてね」
「……私のこと、もっと好きになります?」
見下ろされているのに、見上げられている気分だ。
どうしてこの猫は、本当にこんなに可愛いんだろう。ぞくぞくする。警戒し様子を窺うように揺れる尻尾が視界に入る。
「なるよ。沢山、好きだよ、大好き」
にこりと答えれば雲が晴れた空のように、ぱぁっと表情が明るくなる。
「ちゃっちゃと終わらせて直ぐに戻りますから、危ないことしないでくださいね?」
「しないよ、約束する」
* * *
―― ……約束、したのになぁ……。
「僕ってそんなに頼りないかなぁ?」
ぼんやりと物思いに耽っていた私に、エミルは寂しそうに零した。慌てて、そんなことないよっ! ととりなしたのに……
「まぁ、何も出来ないけど……」
あっさり口にされる。
何か出来るのかと僅かに期待した私の予想を簡単に裏切って、にっこりと微笑み肩を竦める。