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第七話:慰めて甘えさせて優しくして

 ぱたんっと扉を閉めて深く嘆息する。


 ―― ……今日はなんか凄ーく、疲れた。


 部屋に明かりを灯して一息吐く。

 この世界の明かりは柔らかい。電気はないから、その代わりに魔法石が使われている。今、一般的に流通しているのは人工的な魔法石ばかりだ。

 天然のものは私のせいで、価格が高騰しているし、希少価値が高く手が届かない。


 私は、左右で括っていた髪を解き手櫛で梳きながら、ふとベッドに目を留める。

 黒い塊……というか黒猫だ。

 人のベッドの上で丸くなってうつらうつらと舟を漕いでいる。


「ブラック」


 そっと歩み寄って手を伸ばしやわやわと頭を撫でると耳が左右に倒れる。


 ―― ……猫だねぇ。


 こうしてると。癒される。

 床に膝を着いてベッドに項垂れ掛かり黒猫を愛でる。寛いでいるその姿を見ていると、なんだか私まで眠くなってきた。


「なんだかお疲れですね?」


 ごしっと目を擦った私に合わせるように掛かった声。

 折角、アニマルセラピー中だったのに、その姿は可愛いとは程遠い美形男子だ。惜しいことに猫耳と尻尾は残ってるけど。


「お疲れです。折角癒されてたんだから、今日は猫で居てよ」

「嫌です。四足だとマシロを抱き締められないじゃないですか」


 ベッドに腰掛けたブラックは、そのまま私を抱き上げると膝に乗せて、ぎゅぅっと抱き締める。

 

 まあ、これはこれで嫌いじゃないけどね。


 それにしても、ブラックが休日前以外に来てるなんて、もしかしてマリル教会のことがバレたのかな。ここでもまたお説教かなぁ?


「マシロが義理立てするなら、私がギルド登録から抹消してきてあげましょうか?」

「いや、ギルド依頼は関係ないよ。今日は行ってないし」


 ……エミルとブラックの間で情報交換が行われるはずなかった。

 水と油だし、余ほどのことでもないと仲良くなんて有り得ない。つまり、ブラックはまだ知らないで居てくれてるんだよね。


 ―― ……良かった。


 ほんの少しそのことにほっとして、ブラックの背に腕を回すとぎゅっと力を込めた。


「会いたかった」


 ぽろっと零してしまった言葉にブラックが黙る。

 普通なら自分もだとか、いってくれても良いのに……と不満に思い顔を上げるとブラックが真っ赤になって私から視線を逸らした。


「な、何。もしかして照れてるの?」


 今更なんでそのくらいのことで……ブラックなんてもっと恥ずかしいことをぺらぺら並べ立てるのに。ブラックは私の指摘に、こほんっと小さく咳払いする。


「マシロそんなこと滅多に口にしないじゃないですか」

「あー……まぁ、あんたほどはね」


 ひしっと見詰めてくるブラックの視線から逃げるのは私の番だ。


「飢えてるんです。もっと口にしてください」

「う、うーん。ぼちぼちね……」

「では、態度で示してください」


 ちゅっと瞼に口付けが降って来て頬に鼻先、そして唇に注がれる。

 今日のブラックの口付けは優しくて甘い。お疲れの私を慈しみ慰めてくれているのだろう。


 つい、脳が熱を持ったようにぽわんっとしてきて口付けに応えそうになり、はたっと我に返る。


「ストーップ。寮では駄目だっていってるでしょ!」

「大丈夫ですよ、ここは防音効果大にしますから」


 そういう問題じゃないっ! モラルの問題でしょ!


「では屋敷に戻りましょう? 明日送りますから。今を逃したらまた数日会えないんですよ。寂しいです。マシロを抱きたいです」

「………っ! そ、いう、恥ずかしいこというなっていってるでしょっ!」


 反射的にぐぅパンチが出てしまった。

 痛いです。と、眉を寄せつつも避けたりはしない。下からだったから顎が少し赤くなってる。でもまあ直ぐ消える程度だし良いや。

 私は特に気にするでもなく、ひょいとブラックの膝から降りた。


「とりあえず、お風呂入るから」


 じゃあ、私も……と腰を上げたブラックを睨みつける。静々と座り直したのを見届けてから念を押すように口を開く。


「ここは家と違って狭いんだから二人なんて無理! ……あ、いや、家なら良いとかそういうわけじゃないよ。うん。違うけどね? って、ええっ?!」


 いい訳染みた台詞を続けた私の視界が真っ暗になった。

 ブラックに呼吸困難に陥りそうなほど、ぎゅうううっと抱き締められて、ギブギブ! とバシバシ背中を叩くが全く効果なし。


「種屋を家といってくれるんですね! マシロの帰る場所なんですね?」


 何を今更いっているのか……ああ、もう、駄目、意識が……今日は疲れてるんだってば……。


 ワザとらしく脱力した私にブラックは慌てて「大丈夫ですか?」と顔を覗き込んでくる。大丈夫だけど、ちょっとは加減して欲しい。

 瑣末なことで喜んでもらえるのは嬉しいけど、いまいちブラックのツボが分からない。




 いろんなことを急に詰め込んだ所為か、次の日もあまり疲れが取れているような気がしなかった。


 私は、日がな一日欠伸を噛み殺し、カナイにうつるからやめろと何度も小突かれた。

 あのあとエミルに怒られたかどうか聞いて見たけどカナイは首を振った。顔色が宜しくないのは気の所為だろうか?


 午後の昼下がり私はなんとなく外出を自粛して、バイトは控えた。


 エミルに午後の予定を聞かれてそのことを伝えるとエミルは丁度良かったと頷いて私たちは今、図書館管理の温室に居る。

 外は少し肌寒さも感じるのに、ここは外気温は関係ないし、緑が目に痛いくらいだ。

 緑以外の毒々しい色も多々あるけどね。図書館の温室は物凄く広い。庭園と呼ばれても遜色ないくらい手入れも行き届いているし、歩く場所はちゃんとレンガで舗装してある。


 温室管理をしているチルチル先生――私は心の中でミチル先生と呼んでいる。何となく――の許可証と採取予定の薬草名の一覧をエミルに渡されて受け取ると、エミルは換わりに入り口に積んであった籠を一つ抱えた。


「付き合わせてごめんね?」

「ううん、どうせ暇だったし、それに……」


 お目当ての薬草の根元に座り込んで籠の中へと採取しながら口にした私にエミルは、何? と、続きを待ってくれている。


「迷惑掛けた、よね……と、思って……」


 怒ってる? と続けた私にエミルは、くすくすと綺麗な笑みを零した。

 ガラス越しに降り注いでくる陽光にキラキラ輝いているようだ。


「怒ってないよ」


 私にとって予想通りともいえなくない答えだ。


「でも、普通なら……」

「マシロにとっての普通がどこにあるのか僕には分からないけど、仕方のないことだよ。偶発的な事象に捕らわれてても駄目だからね。出会ってしまったものは仕方ないし、出会ったことを悔やむよりもこれからの対応を考えるほうが先」


 直ぐに話してくれなかったのはちょっと寂しかったかな。と、付け加えられ私は肩身が狭い気がした。私の気遣いなんて役に立たないんだ。そう思うと益々申し訳ない気持ちになり心が暗くなる。


 そんな私の様子を察してか、エミルは「それにね」と話を続けてくれた。


「カナイに怒られたんじゃない?」


 楽しそうにそう口にしたエミルに、私は虚をつかれつつもこくこくと頷いた。エミルはやっぱりと微笑んで手元の葉を摘んでいく。


「それに、昨日シゼがマシロに話をしたといってたよね? だから、きっと凄ーくきついことをいわれてるだろうなぁと思ったんだよ」

「そ、んなこと、ないよ」


 在るといっているようなものだ。私は自分の嘘の吐けなさ加減に泣きたくなる。


「マシロは嘘を吐いていたわけじゃない。話さなかっただけだよ。だからそんなに気に病まないで、もし、僕が聞いてたらきっとちゃんと答えてくれたと思う。あー、良い子良い子してあげたいけど、今は手が薬草臭いから止めとくよ。凄く残念」


 ひらひらと振って見せてくれた綺麗な指先がうっすら緑に染まっている。


 諦めてくれて有難う。


 ぷっと思わず笑ってしまった私と同じようにエミルも笑ってくれた。私には手袋を渡してくれたのに自分では使ってないんだ。


「……そういえば、私、昨日ね。ブラックにもその話をしたの。皆に話したし自分だけが知らなかったってなるとブラック拗ねちゃうだろうし」


 ある程度摘んで、次の種類を確認する為にメモを開きながら話を続ける。


「ブラックも、エミルと同じようなこといってたし、それに……きっとエミルも怒ってないってだから心配なら聞いてみれば良いって」


 ふと昨夜のことを思い出した。


『―― …やっぱり、思慮が足りないって怒る?』

『怒る? 怒りませんよ。その程度のこと大したことではありませんし……もし、問題が生じればマリル教会ごと殲滅すれば良いだけですから』


 ……本気で実行しそうだった様子のブラックを思い出して私は眉を寄せる。


「何か分からない種類でもあった?」

「え? ああ、ううん。違うよ。ブラックが怖いこといってたの思い出しちゃっただけ」


 メモを折り畳んで、ポケットに仕舞うと次の種類を探す為に立ち上がる。「怖いこと?」と問い返しながらエミルも続く。


「問題があればマリル教会ごと殲滅するって、さらりと口にするんだよ。冗談に聞こえないよ」

「……冗談じゃないと思うよ」

「え?」


 ぽつと零したエミルを見上げて私は問い返した。エミルは、少しだけ真面目な顔をして天井を仰いでから繰り返した。


「冗談じゃないと思う。闇猫ならそのくらいのこと、何も感じずに成し遂げるよ。マシロは今のブラックしか知らないから冗談にも聞こえるかも知れないけど、僕らからしたら彼が躊躇なく実行する姿のほうがしっくり来る」


 ま、そのときは君の為に全力で止めるよ。と、微笑んでくれる。こちらも冗談か本気か良く分からない。私の周りは危険人物がいっぱいだ。



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