(4)
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翌朝、一番に、アリシアに掴った。
「もう、あたし貴方がどんな田舎から出てきたのか知らないけれど、そんな風習があったなんて知らなかったわっ! 来年はあたしが仕掛けるから覚悟しなさいね」
とよく分からない宣言をされた。困惑気味に頷いたものの、アリシアはにこりと愛らしい笑みを浮かべて、なかなか楽しかったわ。と締め括って、踵を返した。
その足音が遠ざかってから、隣の部屋の扉が開き、エミルが「おかえりー」と顔を出した。
「あーごめんね。バレンタイン……だっけ? 事態収拾のために、悪戯しても良い日に摩り替えちゃった。みんな笑って許してくれたから大丈夫だよ?」
ほんの少し、申し訳なさそうにそういったエミルに私は胸を撫で下ろした。
「そっか……ありがとう。大変だった?」
「いやぁ、僕は貴重な体験が出来たと思わなくもないけど……カナイはちょっとトラウマになってるみたい。不屈の精神を持ってるからそのうち元に戻ると思うけど」
そんな説明を受けつつ、恐る恐る向かいの部屋をノックする。だーれーと不機嫌そうなアルファの声がしたので、名を告げると「はいはーい」と機嫌良く扉は開かれた。
「マシロちゃーんっ! 聞いてくださいよっ! カナイさんが!」
ああ、なんか一杯話したいことがあるらしい。部屋に入りつつ、ちらりとカナイを探したらベッドで丸くなってた「猫怖い猫怖い」とかぶつぶつ聞こえる……カナイ。ごめん。
「それでね……」
と話し始めようとしたら、アルファが足元に擦り寄ってきた白猫――耳と尻尾が薄灰色――を発見。アルファは、短く嘆息して、その仔を抱き上げると、猫の片手を取って
「マシロちゃんです。はじめまして~」
と振って見せた。そうかその仔が、カナイがこっそり飼っていたマシロちゃんか……。私はどう反応すれば良いのだろう?
「なんかね、アルファ。凄い猫にモテてね。マシロちゃん、帰らなくなっちゃったんだよね?」
エミルが訳知り顔でくすくすと笑いながらそう告げる。それに合わせたように、カナイのぶつぶつが「あんなに可愛がってやったのに」に変わった。本当にすみ
ませんねっ! 私に非はないと思うけど、カナイって小動物ラブ過ぎて小動物に警戒される残念なタイプなんだろうなと理解出来た。
「あー、ちょっと気になったんだけど、二人とも戻ったときどうだったの?」
私の素朴疑問に、二人、いや、三人は、うっと息を詰めた。
「カナイさんってば、僕らを抱いて寝ようとするんですよぉ……」
うわぁ、最悪予感が当たってるぅ。
「因みに、マシロちゃんと一緒にシゼも連れてこられてたんだよね。研究棟の裏に新入りが居たって……」
「ベッド見事に折れましたねー……真っ二つに」
「それはアルファが暴れるからだろ」
「暴れますよっ! 暴れますよねっ?! リアルに鼻先にカナイさんの顔があるんですよっ! キスしそうなくらい近くにっ!! 僕、トラウマになりそうです」
俺もだよ。とベッドからの嘆きも聞こえたけど、無視されるよね。
「あれ、ラウ先生は?」
「ラウ博士? あの人は食べなかったよ。というか、シゼに毒見させたね。あれは……」
しみじみとそういったエミルに、ああと妙に納得してしまった。らしいよね。はぁ、きっとこのあとシゼに謝りにいったら、益々嫌われるんだろうなー。怒ってるんだろうなー。
「と、とりあえず、みんなごめんね? えっと、その、日頃の感謝を伝えたかっただけなの……そのきっかけに丁度良いかなと思いついただけで、まさかこんな騒ぎに……」
ちらと、もう一度カナイを確認。悲惨な状況に慰める言葉も浮かばない。面白いとか思ってはいけない。
私はそこまで鬼じゃない。
笑わない。
「良いよ、僕はそれなりに楽しかったから」
いいこいいこといつもように頭を撫でてくれたエミルに胸を撫で下ろす。そしていつの間にか隣に来ていたアルファが、つんつんっと人の脇腹を突く。
「ぷっ! く、はは」
やめてっ。我慢してたんだからっ
「笑いたかったら笑ったほうが良いですよぉ。カナイさん暫らくあの状態で蓑虫になってますよ。ああそうだ、これからカナイさんのことは蓑虫と」
「呼ぶなっ!」
がばりっと血相変えて飛び起きたカナイに我慢の限界。
ぷっ、く、駄目。ごめんっ。
あっはははは……と笑い始めるとみんな同じように笑いだしてしまった。これもきっと私たちらしいのだろう。
やっぱり私はこの場所が好きだ …… ――
その後シル・メシアのバレンタインは、悪戯騒ぎが横行することになったのは、私の知るところではない、よ?