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白蒼月銀狼譚~二つ月の集った世界(種シリーズ②)  作者: 汐井サラサ
番外編:バレンタインパニック
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(2)

「マシロも一緒に食べてしまうのは、予想外でしたけど……八時間くらいしか効き目はないので問題ないですね」

「にゃーっ!(問題大有りだっていうのっ!)」

「だってー、マシロが鼻歌交じりで、すごーく楽しそうにエミルたちに作ってるの見てたら、苛っとしたので……仕方ないですよね?」


 にっこりしたって、どの辺が仕方ないかさっぱり分からないからねっ。


 やきもち? やっぱりやきもち妬いてたの?


 それがこの結果って……巻き込んでしまった申し訳なさに、しょぼんっとして、二人を見下ろして「ごめんね」と零す。


『良いよ、別に。マシロが悪いわけじゃないし、それに戻る時間も決まってるなら、問題ないし』

『問題大有りですよ、エミルさん。とりあえず、待機場所を変えますよ』

『え?』


 事情が分かれば、問題ないとしたエミルに対しアルファは項垂れていた体を起こし、うろうろとしている。綺麗な金の毛並みが午後の陽光に煌いて美しい。

 ブラックは、私を抱いたまま二人の前にしゃがむと、こつんこつんっと二匹の額を弾いた。


「大丈夫ですよ。二匹の世話は、外で挙動不審だったカナイに頼んでおいたので、存分に可愛がってもらってください」


 そして、にっこりと告げた台詞は殆ど呪いだった。体毛に覆われた状態では少々分かり辛いものの、二人ともさぁっと青ざめた気がする。ブラックが立ち上がるのとほぼ同時に部屋の扉が開き、ブラックが出て行くのと入れ替わりでカナイが戻ってきた。


「お、ソマリとロシアンブルーの仔猫じゃん。なんでこんな毛色の良いのが飼われてねーの?」


 喜色を含んだカナイの声とは裏腹に、エミルとアルファの悲鳴が聞こえた気がした……。


 ほんっとーに、ごめんなさい。二人とも……。


「仕事の途中だったので、家に戻りましょうか?」


 ふーっと諦めて、ブラックの腕の中で丸くなるとそう声が降ってくる。


『まだ、家に戻ってないの?』

「ええ、マシロを送ったあとは外回りしていたので、まだ家には戻ってません」

『じゃあ、書斎にもいってないんだ』

「……? ええ、まだですけど」

『ふーん……ていうか、会話通じてるよね』

「あ……」


 もう、何も突っ込む気にならない。人の料理に薬盛りやがって……私の信頼は地に落ちたようなものだ。折角みんなに美味しく食べてもらいたかったのに……ああ、もう、なんか泣きそうだ。





 ―― ……とっ


 家に戻って私は、書斎の応接セットのソファに飛び乗った。ブラックはそのあとを着いてはいると、ふと机上に目を留める。


 可愛らしいピンクのリボンの掛かった箱とそれより一回り小さな箱が置いてある。


 もちろん。

 私が今朝置いたものだ。一つはガトーショコラ。もう一つはカフスボタンだ。昨日買い物に出たときにとても綺麗なのを見つけたから、直ぐにブラックにと思った。


「……え、っと……物凄く居た堪れない感があるのですが」


 おずおずと口にしたブラックから私は顔を逸らして、ソファに丸くなった。私がブラックの分を用意しないわけないし、エミルたちに渡すものと同じわけないのに。一応、本命チョコなのだから気合の入り方が違う。


 私は不機嫌を隠すことなく、更に体を丸くした。ああ、なんだか、自らのふわふわ毛皮も心地良いかもしれない。

 ていうか、あれ……みんな食べないで居てくれれば良いのだけど、丁度お茶の時間に合わせて配ったから多分……図書館は猫で溢れているだろう……。


 ああ、もう、なんていって謝ってまわれば良いのか今から頭が痛い。


「ええと、マシロ? バレンタインってなんですか?」

『知らない』

「マシロー……」


 物凄い情けない声を出す。


 ―― ……コンコン


 ソファまで歩み寄って、私の前にしゃがんだブラックがしょぼーんっとしているところへ、お客さんだ。静かに開いた扉に、ブラックは苛々と立ち上がる。


「邪魔しないでください」

「にゃーっ!!」

「あ、痛っ」


 立ち上がると同時に今忙しいのです。と銃口を扉に向けたブラックの手を慌てて引っ掻いた。こんなことくらいで客を消そうとするなっ! 客人は慌てて、扉を乱

暴に閉めると、すみません。ごめんなさいと走って逃げた。

 ああ、多分戻ってはこないだろう。足音はどこまでも遠ざかっていく。


『今、撃とうとしたよね?』

「してないですよ。ちょっと、威嚇を……あー、まぁ、少しは邪魔になれば……」


 即邪魔にしようとしてたくせにっ。ブラックは私がつけてしまった引っ掻き傷を、軽く擦って苦笑する。しまった。今は猫だし、仔猫だから割と鋭利な爪をしている。赤くなってしまっている手の甲をちらりと見て、申し訳ない気持ちになった。

 ブラックはその視線に気がついたのか「平気ですよ?」と微笑んで、ぎゅっと反対の手で握り締めると、次に手を離したときには綺麗に痕が消えてしまっていた。ほらね? というような笑みに胸を撫で下ろす。怒っていたのは私なのに変な気持ちだ。


『もう良いよ』


 はぁと嘆息して私は素直にブラックの腕に抱かれた。ちらりと、時計を見て確認。真夜中近くで元に戻るならそれまでのんびりしているしか私に残された道はないだろう。

 ブラックはほんの少し、申し訳なさそうな顔をしてそっと私の頭を撫でてから机に戻った。椅子に深々と腰掛けたブラックの膝の上に丸くなれば、ブラックの大きな手が優しく体を撫でてくれる。


 ああ、なんか心地良いなと思ってしまうということは感覚まで猫? ブラックも普段こんな気持ちになってるのかな?


「私にカナイのような小動物を愛でる趣味はないですけど、マシロだと愛らしいですね」


 ああ、カナイ……愛でてるんだろうなぁ。アルファ、嫌がってるんだろうなぁ。


 そして、ブラックはそのまま仕事を始めたので、私もうとうととしていたら本当に眠ってしまっていた。


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